都立松沢病院を受診する 前半
ついに、東京都の松沢病院に通院する日となった。
高速を新東名の岡崎東ICからいつものように飛ばして、
厚木から首都圏中央連絡自動車道という有料道路を通って、
都立松沢病院に直行した。木曜日であった。
食事はどうしたかなどは覚えていない。
この日を無事迎えるため、googleマップなどで十分に、
ショミレーションをしたかいがあり、余裕をもって診察に望めた。
妻の父が、齋藤院長に手紙を出したのも、
たぶんよい方向にすすむだろうと思った。
手紙の返事はみていないが好感触であったようだ。
その道を極めた人は違う道でも相通じるものがあるのだろう。
さて、担当医師は大澤達哉医師で当時おそらく若手NO1の部長である。
コネ?がなければ、部長クラスの医師に担当がならなかったかもしれない。
事実、妻の友人で神奈川県在住の秀忠と年が近い男性の患者は、
東京在住でないことで、受診を断れたと聞いた。
その子はひろき君といって、長年東大病院に通っていて、
今は川崎の武田病院に通院している。
彼は統合失調症で、NHK学園を卒業し、今は就労支援を受けている、
時々精神的に不安定になり、就労支援をさぼるそうだ。
それでも秀忠よりずっとよい経過である。
一度、友達と妻、ひろき君と一緒にカラオケを、
武蔵小杉のコートダジュール(料金が高い)でしたことがあるが、
ひろき君と秀忠の親睦は残念ながら深まらず、これきりとなった。
その子の母親、中ちゃんというが、は東大病院の家族会にも顔をよく出し、
とても子供のために勉強している。
うちと違い一人っ子で全員が順に倒れていった精神病一家でないせいかも
しれないが、とても立派である。
今回は自家用車できたが、その後、約6年後、わたしの病気が進み、
趣味でもあった運転をやむなくあきらめ、
無料で次男からもらったトヨタシエンタも手放した。
免許はまだあるが、まもなく失効する。
そこで、秀忠の面会をほぼ毎日、杖なしで歩けない妻とタクシーで、
一緒にいく。洗濯ものの補充をかねて・・・
病院を知らないタクシーの運転手さんは、松沢病院の広さに例外なく
びっくりする。
なお、当方は秀忠の小学校からの検査結果や診断書を用意していて、
診察の前に提出していた。ただし、刈谷病院の分はあえて無視した。
なぜなら、秀忠に退院後を考慮したまともな治療をされていないからだ。
下には下があると思うが、今でも子供が入院した中で、
一番質が悪い病院だと思う。
ならいクリニックの紹介状はみていないが、
おそらく統合失調症の可能性と自閉症スペクトラムの記載があると思う。
刈谷病院は自閉症スペクトラムだけだと記憶している。
今回の受診は障害者年金の診断と複数ある病名、統合失調症、適応障害、
自閉症スペクトラム、精神遅滞などから病名をはっきりしたいという点も
目的である。




