「入院の余波」
「秀忠」の退院から、4日ほどたった。退院初日、2日目と活動的であった
「秀忠」だが、3日目と4日目は、家にこもって、昼から寝ている。
食事は、夜食を含め4食と、「良子」と2人のときに習慣になった、
深夜に「フルーツ」を食べている。「秀忠」が夜食を食べるのは、その後だが、
わたしもその時間は、通常2階で、「放置少女」をやっているので、物音で
わかっている。
下見までいった「チカツ」だが、本当はいきたくないといい、
担当の「k」さんに、翌日に歩くのが遅いので、
約束の時間を遅らせて欲しいとの連絡、
さらに前日の月曜日に「行かない」との連絡を「良子」にさせた。
当然、本人が連絡すべきことだが、まともに連絡できる「精神的な調子」では
なかった。退院間近に「k」さんがきて、断れなかったと「秀忠」はいった。
また、「栗田病院」で、2人の人と、「秀忠」は、引っ越し時に
廃止予定の「固定電話番号」を教えた。住所も教えたらしい。
知り合ったのは、「OT」のときである。
OT(作業療法)とは、
精神疾患のある方々が、作業活動を通じて社会生活機能の回復を目指す
リハビリテーションです。
具体的な活動(創作、運動、家事、調理など)を通して、生活リズムの安定、
対人関係の練習、社会生活の準備、自信の獲得などを目的に行われます。
退院初日と翌日は、夜かかってくることを待っていたが、電話はかかって
こなかった。3日目は電話に出なくてよい(非通知でかかる)といい、
4日目にかかってきたが、電話には出なかった。
その後、「栗田病院」のことは、忘れたいんで電話に出ないでほしい。
2人にはかかわりたくないといった。神奈川県の「舞浜病院」に短期間、
「措置入院」になったとき、「斎藤さん」という年配の人と、
携帯電話電話番号の「最後の一桁以外」を教えて、実際に「武蔵小杉」で
あったのと対照的である。「最後の一桁以外」というのは、粋だと思った。
彼は、その後、「1月も海外旅行」に行って、
その後、再び入院していたらしい。
彼と会ったのは、一日だけで、1回連絡をして、
入院のことを知ったようだ。
「秀忠」は、「斎藤さん」に未練があるようだが、
彼は「秀忠」に会う約束を果たしたので、それでよいで年が近い人と
交流を持ちたいようだ。
非社交的な「わたし」には、連絡先を交換することは、あり得ない。
退院最終日に「おばちゃん」に話しかけられたので、少し話したくらいだ。
「規則をきっちり守る」「秀忠」には、珍しいことだ。
信号を守るのは、もちろんのこと、横断も、彼は横断歩道まで行って
渡るのである。
それだけ入院生活が「きつい」のであろうか、「退屈」なのであろうか。




