「秀忠」退院2日目 久しぶりに、電車で登戸にいく。「チカツ」前半
退院初日のの夜が明けた。入院時には、8時に寝る前の薬を服用して、
寝る生活が続いていたので、初日は、早く寝るかと、思ったが、
深夜1時過ぎに寝た。
「秀忠」と「わたしの」中では、寝たときにその日が終わる。正確には、
午前0時には、日が変わるのだが、会話では、便宜上、そう使っている。
昨夜は、「良子」と一緒の部屋で寝て、甘えられてよかったことであろう。
昨日に、明日は、「チカツ」(地域支援センター)の「かみ飛行機」の
行き方を確認したいということで、「わたし」と、
不動産会社によると、徒歩9分の「中野島駅」まで、
歩いていくことになっていた。
お昼は、「秀忠」が好きな「太麺の焼きそば」を食べて、
「シャワー」を浴びてから出かけることにした。
「良子」は、「かゆみ」で「ちひろ皮膚科」に午後にいくことになっている。
「秀忠」は、外に出るときは、通常「シャワー」を浴びる。
「風呂」ではなく、「シャワー」である。
「風呂嫌い」の、「わたし」は、元気で働いていたときでも、「週2回」、
「精神状態」が悪いときは、家族に促されても「1ヶ月以上」入らないのが、
普通であった。
まだ、十分暑いのに、「栗田病院」では、「暖房」が、入っていて
「暑がり」の「秀忠」には、きつかったであろう。
前述した「わたしの長い一日」を過ごしたときは、家の私道を出て、
右にいくとしか、わからなかったが、行きは間違えることは、なくなった。
ただ、駅からの帰り道は、暗いとき、曲がるところを直進してしまい、
「多摩川の土手沿いの道が見えて間違いだと気づくことが、多々あった。
今なら、スマホをある程度操作できるので、知らない場所でも、大きくは
間違いないであろう。
「秀忠」は、新品の慣れない「靴」をはいて、わたしと一緒に歩き出した。
「はき慣れた靴」は、なぜか「堰」の住宅に持って行ってしまった。
わたしも、最近こそ、比較的歩くようになったが、
近年歩いていなかったため、歩くスピードは、以前は、やや速い方であったが
今は、普通の老人程度の歩みである。
「秀忠」は、移動で徒歩のときは、めったになくて、「巻き爪」、
「膝の持病」、長期にわたる「入院生活」のため、以前よりさらに遅く、
「わたし」が、ゆっくり歩いても、途中立ち止まって待ったり、
少しの「休憩」を入れて待つことが、多かった。




