わたしの逃げた長い日 総集編 わたしにとっての初の警察沙汰になる
この話しは、「フィクション」と思う人もいると思うが、実話である。
それは、まだ、寒い去年の冬のことだった。
「秀忠」の「暴力等」に耐えられなくなった、
わたしは、一週間前に「プッツン」をして、我慢の限界を超えて、
逃げ出す機会を待った。
その日も「秀忠」は、荒れていた。
なんとか、「一服」できた、わたしは、1階の「秀忠」の部屋の
音を聞いた。
この家はマイクがあるように、音は外に聞こえている。
また、逆に外の音もよく聞こえる。
「秀忠」が、「良子」に、「暴言」を言っている。
暴力も、おそらくふるっているように感じた。
実際には、「暴言」はあっても、「威嚇」にとどまり、
「暴力」は、出ていなかったと後に聞いた。
しばらく、様子をうかがっていた、わたしは「これは、ダメだ」と思い、
「速足」で歩きはじめた。
行先は、「松沢病院近くのホテル」と漠然に決めた。
そのためには、まず、「中野島駅」に向かはなければ。
しかし、引っ越してきて、しばらくたつが、
まともに「中野島」にいったことが、「秀忠」と本屋にいった1回しかない、
わたしは、道が通りに出て、最初は「右」としかわからなった。
そこで、主婦と思われる人たちに、何回も道を教えてもらい、
なんとか「中野島」駅につき、「小銭入れ」から、切符を買った。
あいにく、「クレジットカード」や、「スイカ」が入っている、
「カード入れ」は、家に置いてきてしまった。
もし、もっていれば、そのあとの展開もだいぶ変わったであろう。
「秀忠」が、追いつくまでに「遠くにいかなくては」
その思いが強く、来た電車に行先も調べずに乗った。
次は、「稲田堤」。「松沢病院」に行くには、
歩いて、「京王稲田堤」に行かなければいけない。
南武線の「稲田堤」に着いた。ところが、「キップ」がない。
「確かにもっていたはずですが、切符がありません」
駅員に「よく、探すように」と冷たくいわれて、
「トイレ」でかばんの中や、ポケットを調べたが、わからなった。
誰かに、助けてもらうしかないと考えた、わたしは、「すいません」と
行きかう人に「声」をかけたが、立ち止まる人はいない。
「どうしよう」と途方にくれる「わたし」に「どうかしましたか」と
声をかけてくれた「若い男性」がいた、大学生と思われた。
事情を話すと、彼は、駅員に長時間話した。彼は、駅員との話しが、
まとまったらしく、不安で近くに立っている、
わたしを「手招き」をしていった。「もう大丈夫ですよ」
「助かった」
わたしは、彼に「ありがとうございました」と、お礼をいった。
彼は、電車にのるため、ホームに降りていった。電車2回分くらいは、
遅れてた、あろう。
「駅員」は、あっさり「通ってよいですよ」といい、
そのまま、駅を通過することができた。
南武線の「稲田堤」で、なんとか降りた、わたしは、京王相模原線の
「京王稲田堤」に向かった。「京王稲田堤」から「稲田堤」は、
記憶がしっかりしているが、逆は自信がなかった。
というのも、行き方が2つあるためだ。
わたしは、大通りに出ない方の道を選択しなければ、良かったが、
ほとんどいったことがない道を選択してしまった。
なぜ、落ち着いて慎重にルートを選ぶべきだったと今は、思えるが、
そのときは、「まともな精神状態」ではなかったせいだというしかない。
大通りに出て、「右に出るか」、「左に出るか」わからないので、
人に聞けばよかったが、生憎聞けそうな人がいなかったので、
わたしは、適当に進んだ。
大通りを進むと、大きな交差点にきた。「これは、間違えたな」と思い、
女性が通りかかったので、聞いたら、
「地理不案内でよくわからない」という。
仕方がないので、元きた道を引き返すことにした。
「稲田堤」を出たころから、「電話を欲しい」心配しているとの電話が、
ちょくちょくかかった。落ち着くまでは、
「電話はかけない」と決めていたので、かけなおしはしなかった。
その中で、マルエツ小杉店のリーダ、「W」氏の電話もあった。
道を歩いて、しばらく歩いたが、「目標の駅」には、着かない。
通りがけの男性にきいたら、「15分くらい」かかると言われた。
しばらく、歩き、女性に聞くと、「反対側」ですよと言われた。
わたしは、「ええー」と混乱した。
「考え事」をしながら、歩いたので、行き過ぎたらしい。
今のわたしには、「時間の感覚」も、薄れていた。
駅を出た時から「流しのタクシー」を捕まえようとしたが、
結局、「タクシー」は、捕まらなかった。
また、元来た道を通り、途中、何回か女性にきいたが、
今1つ説明があいまいだった。若い男性が、歩いてきた。
その男性は、「しっかり説明をしてくれた」お礼をいうと、
すぐ近くの「一軒家」に入っていった。
こうして、わたしは、「京王稲田堤」まで、着いた。
すんなり、行けた場合の4倍くらいたっているだろう。
もう、お昼の時間だが、「非常事態」のわたしは、
「食事をとって一息」という選択肢は、取らなかった。
無事、電車に乗ったわたしは、「調布」で、「各駅停車」に乗り換えた。
疲れたので「席に座りたい」ので、先を急がなかった。
「ホテル」にいくなら、調べて、降りる駅を決めなくてはいけないが、
わたしは、とにかく、「松沢病院」にいくことしか、頭になかった。
今なら、どうかしてると思うが、一種の「ノイローゼ」だったと思う。
そのときは、まだ、「入院」していない。
またもや、「ぼおっ」としていて、松沢病院に行くなら、「八幡山」の駅で
降りないといけないが、「下高井戸」の駅を通過してそのことに気がついた。
「えい」それなら、「新宿」まで行って、タクシーに乗ればよい。
わたしは、新宿で降りて、西口のタクシー乗り場に向かった。
「野崎クリニック」にいくのに、「湘南新宿ライン」で、
「新宿」にいったことはあるが、途中下車せずに、「中央線」に乗り換えた。
引っ越してからは、「南武線」で「立川」にいき、
そこから、「東京」方面の「中央線」でいく、ルートになった。
最も、引っ越してからは、「タクシー」に乗ることが増え、
電車ではいかなかった。その元気がなかったというべきか。
「新宿西口」に出ると、わたしは、タクシーに乗って松沢病院に向かった。
少し、経ってわたしは、小銭入れはあるが、財布がないことに気づいた。
「ないない! 財布がない」 運転手さんも「ただならね様子」に
気が付いた。
しばらく、グレーのスーツの「ポケット」やカバンの中を探したがない。
「財布がないんです。なじみの喫茶店で、立て替えて、もらいます」
カード入れがあれば、お金をおろすことができたのに、
そもそも、クレジット決済できたはずである。
あいにく、カード入れは、急に思い立ったので、用意不十分で
家に置いている。「タバコ」も持ってきていないし、
吸いたい気持ちも全くなかった。
「そんなことができるわけないでしょう」
「うちは、ボランティアではないんだ」と怒鳴った。
止まった場所は、喫茶店の目の前である。運転手さんは、
無線で会社に連絡した後に、「警察に通報する」といって、
わたしの了解をとって、その通りにした。
止まった場所には「どうしました」と、付近を巡回する人が声をかけた。
話しを聞いたのちに「わたしも、これから交番にいく用があるんです」
その人は、歩いていってしまった。
そのすぐあとに、わたしは、スラックスの「ポケット」から、
「サイフ」を見つけた。「あった!」
わたしは、お金を払った。
特に、見つけにくい場所にあったわけではないのに「どうしたんだろう」
そのときのわたしの精神状態は、普通ではないし、警察に通報されると
いっても、全く動じるわたしでは、なかった。
「松沢病院」にいったところでどうするつもりだっただろう。
近くのホテルにいくなら、わかるが、
スマホで検索することもしていなかった。
やがて、「パトカー」が、到着した。先ほどの「巡回の人」は、
戻ってわたしにも劣らず「正気」ではない「運転手」とともに。
「警官」と話をした。
「運転手」さんの「精神状態」が、心配です。と「巡回の人」はいった。
「新宿」という「繁華街」で客待ちをしていながら「経験値がない人だ」
と、わたしは、思った。
車を止めて、一緒に探してくれたら、見つかったに違いないと、
自分のことを棚にあげて、そう思った。
そうすれば、「警察沙汰」になる前に、サイフは、見つかったに
やがて、わたしも、外で「事情聴取」された。
内容は、特に変わったことは、聞かれなかった。
警察官2人の「電話」には、ひっきりなしにかかってきて、
警察官しか、わからない「専門用語」で話しているので、
何を言っているのか、「不明」で、こちらの「話している内容かと思い、
「反応する」と違っていたようだ。
ただ、わかったことは、わたしには「詐欺」容疑が、かかっていることと、
「中野島」でも「警察沙汰」になっていることであった。
やがて、わたしは、馴染みの「喫茶店」「杉」に入ることが、許されたが、
条件があり、なんとあの運転手と一緒に入ることが、条件であった。
それは、「絶対イヤダ」
「お巡りさんが長時間立たせているのは、体裁悪いので」
それなら、早く薯に連行すればよいのに、
結局、わたしは、「ガァドレール」に「寄っかかって」て、
長い時を「放心状態」で過ごした。
警官の話しによると、「秀忠」は、「110番 」して、
自宅で自らの暴力等を認め、突然いなくなった「わたし」を心配して、
警官が引き上げた後、普段は、絶対使わない「階段」を上って
「良子」と話したそうだ。「エレベータ」は、体重制限が130kgなので、
「秀忠」は、使えない。
「成城署」の人は、「多摩警察」の人と、連絡を取り合っていた。
やがて、わたしは、パトカーにのって「成城署」についた。
「成城署」では何も聞かれなかった。
妻が「30分」ほどで迎えにくるので、それまで、待っていて欲しい、
「トイレ」に行く際は、声をかけてくれといわれた。
長々、「八幡山駅」の喫茶店前で、待ったのは、上司の指示を待ったためか、
妻が迎えにくる時間を見計らって、「成城署」に連れていったのか、
「わたし」は、聞いていないので、真相は、不明である。
ほぼ時間通り、妻がきて、わたしの長い一日が、終わった。
「パトカー」に乗ったのは、わたしは、初めてで、「良子」は、
「新婚当初」に、千葉県の船橋市に住んでいたとき、
「夫婦げんか」をして、「良子」が、パトカーで帰宅したとき、一回あった。




