「秀忠」の退院2
「秀忠」のところに、行くのに、1回外に出て、病棟面のある場所に
行かないといけない。今回、わたしは、2回目、良子は、3回目、
病院の敷地内だが、外の一角で「タバコ」を吸っている、数人の患者が見えた。
最悪の環境だが、もし、わたしが入院したら、「タバコ」は、吸えた。
タバコを2週間と少し、強制禁煙した、後遺症は大きく、
入院後は、退院後より、タバコの本数は、増えた。前は、1箱と少しだったが、
今は、2箱近くになってしまった。
その「タバコ」と「ライター」をロッカーに入れ、2人は、「ディルーム」で
「秀忠」を待った。落ち着いた様子の「秀忠」が来た。昨日もきた関係で
荷物は、比較的少なかったが、3人でちょうどよいぐらいであった。
天気は、良く晴れている。夏から入院した「秀忠」には、ちょうどよい、
温度に思えた。「秀忠」は、初めて通る道を「栗田病院」に入院したときの
ことを話しながら、「ロービー」に、慣れない靴でおぼつかない足で
久しぶりに歩いた。「秀忠」は、院長先生の「診察」を軽く朝のを受けたが、
わたしたちと、会うことは、なかった。
北山相談員は、今日は、「お休み」だと思われた。
「松沢病院」への、「診療提供書」や、「薬」は、もらっているので、
問題ない。診断名は、「自閉症スペクトラム」と「統合失調症」になっている
らしい。最初入院して、電話のみで話した、「市立川崎病院」の若い女医の
「田辺医師」では、「統合失調症」はないと、診断されたが、入院期間中に
変わったようだ。「秀忠」は、一見しては、典型的な「統合失調症」の症状で
はないため、診断が難しいようだ。今年に入って、「松沢病院」では、
若手だが、とても対応が良い「田丸医師」に、はっきりと「統合失調症」に
なっていると、言われたが、それが正しいことが、証明された。
「栗田病院」では、入院環境の厳しさに
「泣いたり、笑ったり、大声をあげたり」したと、
「竹林先生」からも言われた。そして、わたしの知らない「古い統合失調症」
の薬を処方された。一般的に、古い薬は、副作用もあるが、
効き目という点では、新薬に劣らない薬も多い。
例えば、わたしは、「PZC」という主に「統合失調症」の薬を、製造中止に
なる昨年まで、のんでいた。むかし、「うつ」で寝たきりになったとき、
普通の「抗うつ薬」は、全く効かずに、「PZC」に戻したら、「時間経過」の
せいもあるかも、しれないが「回復」した。そのことで、「うつ」ではなく、
「うつが長い」「双極性障害(躁うつ病)」ではないかと後に思った。
わたしの場合、無口で暗い性格なので、普通に近い状態が軽い「そう」
なのかもしれない。まさしく、今はそれかもしれない。
ただ、病的な感じはない。この後、行ったカラオケの歌声を聞いた「秀忠」
も、以前よりかなり、元気といわれた。まさに「絶好調」である。
本来より、約1週間程度、退院が早まったが、次の火曜日は、「北部支援室」
の「k」さんと、前任の「A」さんと、1回だけ行った。「ちかつ」、
登戸駅近くにある「地域活動センター」の「紙ヒコーキ」に行くことに、
なっているそうだ。「退院後」初めて接する「秀忠」は、率先して、
「リュツク」を持つなど、よい「秀忠」であった。
わたしは、外に出て、「タクシーアプリGO」を起動した。
出発地が、自宅になっている「危ない」、前に「これで間違えたことがある」
到着まで、約4分ほどして、「川崎タクシー」が、到着した。
「タクシーアプリ」あるあるだが、空車のタクシーが、ほんのわずかの
間に2台ほど、通り過ぎた。ここは、住宅地で、一方通行の狭い道だが、
車の通りは、非常に多い。バスも、タクシーを乗るまでに3台、通った。
流しの「タクシー」に乗ると、「迎車料金」が、かからないので、
その分安くなる。アプリを使うと、支払いが自動で終わるので、
その分、早く車から降りられる。
3人で乗る場合「秀忠」は、体が大きいため、
わたしが、「助手席」に座る。
タクシーに乗ると、溝口に向かった。予定では、まず「ガスト」でお昼を
とり、その後、隣にある「ジョイサウンド溝口店」で、カラオケ予定である。
この店は、わたしたちにとって「なじみの店」である。
「タクシーで少し経つと、「良子」の携帯電話が、なった。




