「堰」への引っ越し4
とりあえず、次は、「良子」待ちで、電話をかけ、
コンビニで買うお昼を、リクエストした。
電話をかけ終わり、一服すると、眠くなってきた。
明日、引っ越しという高揚感で、「安定剤」などの、
予備の薬を急遽追加したが、「あくび」はでても、一睡もできなかった。
後に残るという理由で、切り札の睡眠薬「フルニトラゼパム」を、
前回の「野崎クリニック」の診察で「止めたのが、悪かったようだ」
「そう状態」になっている。
その後、「こころのクリニック」では、「フルニトラゼパム」を
頓服「10日分」にとどめ、高血圧の薬と、精神剤は「2月間」の処方と
なった。血圧は、状況により、専門の内科にいくことになっている。
「フルニトラゼパム」を、頓服にしたら、「2月処方」できることに驚いた。
野崎クリニックでは、通常「4週間に1回」のところ、
「松沢病院」を退院した後は、「訪問介護の代わり」として、
「2週間に1回」の通院にしていた。家にいないで、気分転換したい点も、
あったかもしれない。
「良子」が、着くまでの間にマンション内の郵便受けを開けたが、
なにも入っていない。部屋に戻ると、横になったが、床はフローリングで、
硬くて寝られない。どこかにあるフトンをもってくる気力はなかった。
1時間ぐらい、過ぎたころであろう。「良子」から、電話があったが、
取ることは、できなかった。うまく、取れずに「かけなおす」ことが、
多々ある。
着うたとして、「石野真子」の「彩どりの季節」をいれてある。
これは、「秀忠」が、チャレンジしたが、できずに、
「ひろきさん」に入れてもらった。
この曲は、中学校3年生の1学期の中間にラジオで聞いて、
「長渕剛」の熱愛後に出された、「石野真子」としては、憂いのある曲で
期末試験に寝不足で、失敗した「わたし」を慰めた曲である。
わたしが、アイドルでコンサートまでいったのは、「河合奈保子」のみで
ある。
「母親」が、「ハウス食品」の「懸賞」を持ってきて、
「読売ランドの野外会場」にいき、以後、毎年、大学3年生のときまで、
いった。サークル友達の「太田原」君といったこともある。
一方、石野真子は、「ラジオの番組」に、はがきをだすなど、
「河合奈保子」以上の、大ファンで、毎週日曜日に「ラジオの音楽番組」を
きていた。ファン冥利だったのは、「日テレの音楽番組」で、「松田聖子」と
「アイドル大賞」を争い、彼女が、選ばれたときである。
残念ながら、「長渕ひろし」と「結婚引退」してしまい、「コンサート」に
いっていないのが、今になって悔やまれる。今なら、生「石野真子」に
会うこともあり得るが、若いときのアイドル「石野真子」に会いたかった。
やがて、お昼を買った「良子」が、やってきた。
軽食を食べてから、一つ、一つを見て回った。
「良子」は、トイレが気にいったようである。基本的にこの物件は、
「若者」用だが、トイレには、手すりがあった。
わたしには、「オートロック」は、煩わしい。
荷物は、「宅配BOX」にくるようだが、その場所は、わたしには、
見つけられなかった。
「荷物を、部屋ごとに分けていないのは、なぜ?」
2時に、パートのおばさん、3人が、やってきた。
お姉さんは、いなかった。
良子は、パートの「リーダ」らしい人に、「荷物置き場」と化した、
部屋のダンボールの一部を、メインとなる広い部屋に運んでくれないかと、
頼んだ。3人は、昨日のパートの人よりも、「てきぱき」と動いた。
エアコンもなく、暑いのにお疲れである。夏だから、給料が、
多く払われるわけではないだろう。
彼女たちは、一回休憩をとって、仕事を終わらせた。
正味では、2時間ぐらいであろう。わたしは、寝不足で、ボートしていた。
部屋を出るとき、「川崎交通」に電話したが、そちらの方に
車はないという。そこで、「良子」は、タクシーアプリ「GO」で、
タクシーを呼んだ。少しして、タクシーがきたので、
トイレの電気を消したか、わからないという「良子」に、
それは、いいからというわたし。その後、一泊もしないで、11月末までに
再び、引っ越すことは、「良子」も、苦労して、契約した、わたしにも、
想像できなかった。




