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その物件、曰く付きにて。

作者: アーク

街外れの、住むには少し不便だけれど慣れてしまえば案外居心地の良い西洋風の佇まいの民家が叔母の持ち家で好きに使って良いと言われた新しい僕の居場所である。


周りは殆ど民家もスーパーもコンビニも無く、高校生の一人暮らしには退屈過ぎる立地ではあるけれど、人嫌いの叔母が置いてくれると言うのだから有り難いと思わないといけない。


―――そんな叔母は、【魔女】である。


21世紀にもなって非科学的な、と思ったけれど、僕の足元でみゃあみゃあと迷い込んだ猫と会話している姿を見ると信じざるを得ない。


叔母は毛並みが黒く艶々とした血を垂らした様な赤い目をした猫の姿をしている。首には碧いリボンが付いていて、金色の鈴がちりんちりんと音を立てている。


『まったく、人間は理解し難い。仮にも自分の兄の子の命を何故狙うのか』


父の葬儀の帰りに殺されかけた僕を拾って帰った叔母の肉体はリビングの長椅子に無造作に置かれている。

【魔女】は別の容器(入れ物)に魂を移して置けば肉体が滅んでも死ぬ事は無い。猫の姿を取るのは『色々と都合が良いのだ』と言っていた。


『お前は敬愛する森の魔女(御伽の魔女)の子だ。この家に置いてやるのはただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない』


母は、童話【ヘンゼルとグレーテル】に出て来る魔女でそれはそれは美味しいお菓子を作るのが上手だったと叔母は言った。

では母は人喰いの魔女か、と聞けば叔母が『呪い(ガンド)を喰らいたいのか』と殺気を滲ませながら此方を睨んで『そんなもの、あのグリム兄弟(ロクデナシ共)が10倍近い尾鰭を付けて広めただけだ』と言って僕の頭を勢い良く叩いたのだった。


ドイツの郊外の森で、飢饉で森に子どもが捨てられる度に拾って面倒を見る様な変わり者で優しい魔女()は助けた子ども達から助けて貰って自給自足の生活をしていた。


母は時折人里に降りてキルシュトルテやシュトーレンを売っていた。


父が母に出会ったのは大学生の時。


ドイツに留学していた時に街でお菓子を売りに来ていた母に一目惚れしたそうだ。


明るい栗色の髪に、緑色の目をした母の姿は今僕の手元に何処かの魔法魔術学校の物語に出て来る写真の様に存在している。


写真を見る限り、僕は母親に似た様だ。


そう、僕には母の記憶はない。


人伝てに聴いた母の姿しか知らない。


【魔女】と言う生き物は子孫を遺す時にその命を終えるのだと叔母は言った。


『女であれば良いものを、何故男に生まれて来たのか...』


【魔女】は生命を終える時に自分の持つ魔力全てを子どもに注ぐのだけれど、その魔力を十二分に扱えるのは()()女の子だと言う。


―――僕は男でありながら、受け継いだ魔力を自由に扱う事が出来る稀有な子どもで赤ん坊の頃は苦労したと言う。

叔母が。


女であれば漏れ出る魔力を無意識に制御し、普通の人の様に生活が出来る。【憎悪】に取り憑かれる前の灰被り姫(シンデレラ)がそうだった様に。制御の必要があるのは暗黒時代(魔女狩り)の歴史から遺伝子に組み込まれている。


赤ん坊の僕が何をしたかは良く知らない。


父方の親族が僕に憎悪を向ける事に恐怖を覚えて先日父が事故で他界するまで手を出さずにいた程度の【何か】をしたらしい。


『人間の子の面倒を見るのは慣れている』、と叔母は言っていたが、僕が赤ん坊の頃の話を聞くとかなり遠い目をするのでそれで押し図っている。


叔母は『自分の名前なぞ忘れた』と言うが、『人間の子どもの面倒を見た』と言う【魔女】には心当たりがあるし、多分、『仮定(ソレ)』が正解なのだろうと思える証拠はこの家に棲みついている妖怪達が『何か食べるもの〜』と言いながら漁るバスケットにあると思う。


この家にはワケありの妖怪の子ども達も住んでいる。


「敷地内に異常無しですますー」


そう言いながらリビングに入って来た女の子はパッチリと両目を開いた。すると、身体中に浮き出ている目が全て閉じられた。


【百々目鬼】。


百の目を持つ妖怪。本来なら常に全ての目が開いているのが正しい姿だと言うが彼女は普段使い用の両目を開くと身体中の目が閉じてしまう。

同じ百々目鬼である両親から『役立たず』と罵られて家を追い出され、途方に暮れていたところを叔母に拾われた。


この家で警備員ごっこをするのが趣味。


幼い見た目をしているけれど、妖怪は人間と年齢の重ね方が違うと言う話でこれでも江戸時代から生きていると言っていた。生まれた時の将軍は徳川家継だよと教えてくれた。


「萌ちゃん、甘いお菓子が食べたいですますー」


そう言って、バスケットの中から最近のお気に入りのお菓子をいくつか取り出してもぐもぐと食べている。


「なゆ君も食べますですか?ゆきちゃんが最近お菓子作りに凝っていて、萌ちゃんはとても幸せですますー」


ゆきちゃん、と言うのは【雪女】の男の子で、今の時間は中学校に通っている。8人きょうだいの末っ子で唯一の男の子、雪女の集落の仕来りで妖怪の成人年齢である13歳まで女の子の格好をしているので、良く高校生くらいの男から絡まれている。


まあ、話せば男だと分かる凄くドスの効いた声をしているので「初見殺しの初恋キラー」とか言われている。


「わたくしも、手づくり、してる、です」


暗がりから声を出しているのは【口裂け女】と【テケテケ】のハーフのメリー。


...初日に僕が悲鳴を上げてしまったばっかりに、暗がりから出て来てくれない。


真夜中に水でも飲もうと台所に行ったら、下半身が無くふよふよと空中を浮きながら耳まで裂けた口に薬用のリップクリームを塗っている姿で「はじめ、まして。メリー、です」と挨拶をしてくれたのに。


【魔女】と、【百々目鬼】と、【雪女】で耐性を付けたと思ったらまだまだだ。


この家には後、【狛犬】の双子の赤と青、【コロポックル】で薬師の爺さんが棲みついているらしいけれど、その3人にはまだお目にかかれていない。


「マジョさまー。やっぱり人間増やしましょうよー。なゆ君も同族がいた方が落ち付くと思うですますー」

『いらん。人間として17まで生きたとて、コヤツの本性は男魔女だ。

そうでなくとも、人間がこの家に来たらしり込みして逃げ出すだろうよ』


確かに妖怪だらけのこの家に来て逃げ出さないのは稀なんだろうなと思う。


◇◆◇


那由へ。


恐らくわたしはアナタに会う事が出来ないので手紙として遺しておきます。


宗一郎さんの家族はわたし達を認めていません。もし、宗一郎さんが不慮の事故や病気でアナタが20歳になる前に亡くなる事があれば黒い猫がアナタを迎えに来ます。


何を言っているのか検討が付かないでしょうけれど、取り敢えず、おかあさんは嘘をつきません。


ちょっと人嫌いで偏屈なところがあるけれど、良い猫です。

困った時は頼れる味方になってくれますよ。


この手紙は今はおとうさんに預けておきます。


必要になったら出て来ます。


本当はもっとたくさん伝えたい事があるけれど詳しい話は猫に聞いてください。


おかあさんより


◇◆◇


父の葬儀の後に弁護士が渡して来た意味不明な母の手紙の縁で、僕は今ここに住んでいる。


高校はこの家からも近いので問題無い。


人間、人外問わずセキュリティが高いので()()いのちを狙われる事は無いだろう、と叔母は言っていた。


『メリーがお前を気に入っているからな』


なるほど、確かに彼女なら見た目のインパクトで大体の人間は逃げ出すだろうなと納得しながら、暗がりから出て来ない彼女にどうやって初日の非礼を詫びようかと考えてる。


―――これは、そんな曰く付きの物件に住む少年の話。

主人公 東雲那由 高2

叔母 誤魔化してるが那由に名前バレしてる

萌 百々目鬼の少女

メリー 口裂け女とテケテケのハーフ

ゆき 雪女の男の子。可憐な少女の様な見た目と振る舞いで騙される同性多数

赤と青 だいたい屋敷の門扉で昼寝している

爺さん 様々な薬に精通しているコロポックル。雪女、蟲女、人魚、山姥の4人の嫁がいる。

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