第5段落 生活の分岐点
普通じゃない高校生の稲荷山結衣は情獣狩りの名門家の1人娘。そんな彼女が普通の学校に行って、
普通の学校生活を楽しむ事を通して、自分が本当は何をしたいのかを見つけていくお話。
中学卒業後に結衣がどんな決断をするのかを見守ってあげてください。
「1ゲームマッチプレイボール」
先輩の掛け声がコート中を響き渡り、私はミニゲーム開始前にキャプテンから教えてもらった下サーブをするためにボールを下に落とす。運良くボールがラケットに当たり、コートを照らしている太陽に向かって行くように高く上がった。
そのボールを一瞬だけ見た佳奈ちゃんは膝を曲げ、腰を据え、ラケットの面に当てる。
その瞬間、ネットギリギリを通った鋭いショットはラケットを持っていない側に向かって来る。
移動したら体勢が中途半端になり、打ち返せないと体が判断したのか、そのまま打ち返す。
さっきと同じように高く上がった。ラインをはみ出てないか不安になったが佳奈ちゃんがさっきと同じ姿勢になり、打ち返してくる。今度はラインギリギリを狙ってきた。
私は後ろに下がり、またふわりと高く上げて返す。今度はラインギリギリではなく、コートの真ん中ぐらいに落ちようとしている。
それを見ている佳奈ちゃんがニッと笑い、さっきとは違う構えをする。それはテニスをよく知らない私でも知っている構えだった。
バコーーーン コート中にボールが叩きつけられた音が響く。先輩たちから「おーーーっ」という声が聞こえた。
すごく綺麗なスマッシュだった。コートの真ん中の方にボールが打ち付けられて、そのまま地面を転がっていった。
なんだろ?この感覚は・・・佳奈ちゃんのさっきの表情は今まで見たことがないものだった。
ただスマッシュチャンスができて喜んだだけでない、この試合を心から噛み締めてそれがボールに乗っていた。
今私は負けたなのに、ワクワクしている。楽しーーーーーーっ。
「ナイススマッシューー」
「結衣ちゃんの方こそナイスバックハンド」
「今、私がしたのはバックハンドって言うんだ」
「そうそう。ちょっとフォームが面白かったけど・・・」
煽られてる気がするけど、というか佳奈ちゃんのキャラが変わっている気がするけど、
今はそんなことより試合の続きをしたいという気持ちの方が強い。
今度こそあのスマッシュを返して見せる。先輩がまた試合再開のセリフを言う。
「ゲームカウント0−1」
その後の事はあまり覚えていない。必死にボールを追いかけて返した。気が付くと、ゲームは終わってしまっていた。佳奈ちゃんは凄くてテニスは楽しいと言う事だけが私の中に残った。
先輩たちは佳奈ちゃんを囲んで何か話している。何を話しているのかと思い、その輪に近づいた。
「やっぱりそうだったかー。それならあれだけ上手いのも納得」
「まさか地区1位だったなんてね」
佳奈ちゃんが照れくさそうに下を向いて、先輩たちの輪の中心にいる。
私は座り込んだ。あわ良くば勝とうなんて思ってた私節穴だな。そんな事を思っていたら、
薫ちゃんと遥ちゃんがやって来て、「すごいね。初めてなのによく喰らい付いてて」
「本当本当。とても初めてとは思えなかったー。ほんとに初めて?」
「うん。普段から縄振り回してるお陰かな。今日ラケット初めて触ったけど、難しいね」
「今なんて言った?」
「今日ラケット初めて触ったって・・・」
「その前よ。なんか縄がどうのって・・・」
しまった。つい、情獣狩りのことを言っちゃった。普段から情獣に縄バチバチ当ててたからラケットもなんとか
扱えてたんだなんて言えない。と言うかこれだけ聞くと私カウボーイじゃん。いや、私は可愛くて健気な女の子だから、カウガールか。なんて言ってる場合じゃない。反応は早くしないと、、、
「いや、いつも縄でお祓いしてるからさー」
遥ちゃんが薫ちゃんの耳元に小さな声のつもりで話しかけた。
「縄でお祓いってなんかやばい宗教じゃない?」
「この間、私ニュースでハリセンで叩いてお祓いする教会の特集を見たよ」
うんうん。全部聞こえてるって、、、なんで私嘘つくの下手なんだろう。
佳奈ちゃんが真剣な顔でこっちに歩いてきた。そして深呼吸をして覚悟を決めたようにして言った。
「私、ソフトテニス部に入部する」
「うん私もそのつもりだけど」と遥ちゃんが言い、
「楽しみだね。大会とか合宿とか」と薫ちゃんが言う。
佳奈ちゃんは驚いているような安心しているような顔をしている。そしてその表情を無理やり変えて、
「そ、そうな・・・そうだよね」
佳奈ちゃんは案外周りが見えてない。さっきのテニスの無邪気そうな感じといい、
やっぱりこのメンバーの中で大人じゃないかもしれない。
そんなことを考えていると、遥ちゃんが私に尋ねた。
「結衣はどうすんの?」
「えっ・・・」
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