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5.初めての怒り


「キースさんもイアンさんも偉い人なの?」

「俺達は…偉い訳ではないけど、実力はある方だとおもうぜ。」

「それ自分で言っちゃう?ちょっとは謙遜しなよ。」

「はぁ?そんなん事実だから隠すも何もないだろ?」

「二人は…友達?」

「友達というか仲間?」

「ただの同期かな。」

「…そうなんだ。」

「っていうかイアン、そこ代われっ。俺がその子膝に乗せるから。」

「寝言は寝て言え、脳筋。」

「あ?」


 ロイスさんがいなくなって、最初はどうしようか困ったけど、話してみたら二人は話しやすい人だった。キースさんとイアンさんはとても仲がよくて、友達みたいだった。そんな関係があることがとても羨ましいと心から思った。


 キースさんは、赤茶色の髪に真っ赤な瞳を持ち、熱い男といった印象が浮かぶ。体格もロイスさん程ではないが、大きな体をしていて、頼りがいのありそうな人だ。


 イアンさんは、薄紫がかった綺麗な髪色で、騎士なのに髪がサラサラだった。瞳は黄緑色で、新芽を思い出させる程、みずみずしい色彩をしている。男の僕から見てもイケメンで、女性からモテそうな見た目をしている。


 騎士の人達はみんなこんなにかっこいいのだろうか。



 魔物には動物とは違い、大きく違う部分がある。それは汚れた?というべきかは分からないが、普通の何も混じっていない魔力に、魔属性の力が込められたように魔力が濁って、体の周りに纏うのだ。


 それは、動物だけとは限らない。人間や他の種族も魔物の仲間入りを果たすこともあるのだ。


 …ああいう風に


「イアンッ!!」

「分かってるっ!

 …あのさ、ここは人通りが多いし、静かな場所に移動しようか。俺とキースの部屋に来てみない?

 団長が来るまで暇だし、遊んでようか。」


 何か嫌な気配を感じ取ったのか、僕をこの場から離そうと誘う。キースさんは、周りで僕を見物していた騎士達に何か合図をしたみたいだ。


 すると、()()がある方へ素早く警戒を向けた騎士達。この統率力は、日々の訓練の賜物と言えるだろう。


「…何かあったの?」

「…あ、あぁ、そんなことはないよ。」


 そこまで魔力を感知する能力はないのか、キースさんもイアンさんも濁っている魔力を纏う()()()に気が付いていない。


 ()()()は、騎士達が警戒を向けた、魔物が住まう森を後にし、別館から本館へ通じる道からわざわざ歩いてきた。視線は僕一人を捉え、真っ直ぐと歩いて来る。


「キースさん、イアンさん、僕お迎えが来たから、そろそろ帰らなきゃ。」

「ちょっ、ちょっと待って。団長が来るのを待ってからでもいいかな?」

「ロイスさんにはまた来るから会えるよ!」


 幸いそこまで魔力感知能力は持ち合わせてないみたいだが、濁った魔力を堂々と纏わりつかせて歩いて来る男を()()()殺されてしまったら困る。別館の者だからと管理責任とか適当に罰せられて、僕の母親が一緒に殺されてしまうこともあるかもしれないからだ。あの男がバレない確率を少しでも下げるためにも、早急に僕があの男を連れて、別館に帰るのが一番安全だろう。


「待って待って、もう少しここでゆっくりして行きな。」

(シルフィー、あの男に向かって捕まらないように走るから、こっそり何か強化魔法使ってくれない?)

(承知したっ。)

「えっ、ちょっちょっと待ってっ」


 騎士達の間を抜け、急に走り出す。


 突然走るスピードが速くなった気がして、二人の言葉を無視して目標に向かって一気に走る。そして、今にも本館の道を歩いて来そうな男に声をかける。


「あっ、ゾーイだ!」

「…シュリヒト様、こんなところにいたのですか?心配しましたよ。」

「エリーゼ様にね、パーティーに行く用のドレス頼まれたから買ってこようと思ったの。

 だけどね、お金忘れちゃった。」

「…そうなんですか。私には騎士達に媚を売っているように見えたのですが。」


 前々から、優しい庭師のゾーイの秘めたる脅威に目を付けてはいたが、いつもとは違う雰囲気を感じる。敬語が一気に外れ、本館に近いため、食堂から僕を追って出てきた騎士達に聞かれるかもしれないのに、お構いなしに感情のままに言葉を吐き捨てる。


「そんなことないよ。」

「しかも、その子犬は何ですか?私に何も言わず飼うおつもりですか?」

「丁度言おうと思っていたんだ。」


 本来庭師に許可を取るものではないし、この男の()()上、多分僕の愛情が他に注がれるのが許せないだけなのだろう。


 そう、この男は、僕に心酔しているのだ。怖いくらいに。初め、優しく接してくれた時から狂気的な視線を感じていた。


 ある時、新たに体内に秘めた濁った魔力を発見し、更に警戒心を高めたのは言うまでもない。要は、ストーカーが武器を持った状態なのだ。


 どこからその力を得たのかなどは未だ分かっていないが、母親には害を与えていないことから、慎重に接していた。過剰に僕に身体的接触をしたがる行動には、酷く気持ちの悪さを覚えたが、何とか耐えて、僕をどうしたいのか聞き出すために、男と仲の良いフリをしていた。


 しかし、今本性を表した男の行動の先が見えない。何の狙いがあって、僕自身に、その狂気的なまでの執着心を見せるのだろうか。


「俺だけじゃ、なかったんですね…。

 あっという間に騎士達までたらしこんで、その魅力的な姿は…私にだけみせていればよかったのにっ。

 俺だけのシュリヒト様じゃなくなるじゃないですかっ!!!貴方の犬も、友達も、愛する人もっ…俺だけ…でしょ?どうして裏切るんですかっ?

 俺はシュリヒト様を…シュリ様を愛しているんだっっっ!!!」


 一気にとんでもないことをまくしたてる庭師のゾーイ。さり気なく僕に近付き、抱き締めようとするのもやめてほしい…。


 ここは別館と本館を結ぶ道で、大きな声で叫ぶように話すゾーイの声が響いている。騎士達にも母親にも会話を聞かれたくない。特に母親に巻き込まれてほしくない。この男から怪我でも受けた暁には、僕自身が何をするのか分からない。


「俺だけでいいじゃないか…。だよなっっ?」


 抱き締めようとするゾーイを拒絶しながらこの事に対する今後の対応を考えていたために、ゾーイが包丁を取り出したことに気付けないでいた。自分にはシールドがあるから大丈夫だと、振りかざした先までをしっかり把握出来ていなかった。


 それが僕の大きな過ちだった。


 世界が止まったかのように静かな時が流れ、腕に抱いていた友達に向けられた刃に気付いた時には、咄嗟に体を後ろに捻ることしか出来なかった。


 ゾーイの様子よりもシルフィーが受けた傷が目に留まり、その赤く落ちる血の流れと一緒に自分の心臓の鼓動が大きな音を鳴らせて脈打つのを感じた。


 ドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッ…ピーーーーーーーーーーーーーッ


 思考が停止して、反射でゾーイと僕達を包む結界を物理的に展開する。考えることは一つ。アイツに僕と同じ想いをさせること。こんな感情が生まれたのは、前世を含め初めてだった。冷静さなど持ち合わせる余裕もなく、シルフィーを強く抱きしめ、落ちた包丁を拾う。


 後は、己の心臓に向けて突き刺すのみ―――――――――――――――――――――寸前でシルフィーの口に包丁を咥えられ、受け止められた。


 一気に頭に血が通い出すのを感じた。


 なんてことをしていたのだろう。こんな男のために自分の命を差し出して復讐しようとするとは…。


 冷静じゃなかった。神獣のシルフィーが人に刺されたくらいで簡単に死ぬ筈がないのは分かっていたが、傷付けられたという事実が、友達から血が流れた事実がとんでもなく許せなかった。


 ゾーイの様子を見ると、真っ青な顔で僕に向けて震える手を伸ばしていた。僕が死ななかったところをみても、俯き、何かを呟きながら、苦しんでいる。この顔が生きて見られたことにほっとする。


 シルフィーは、包丁を僕から奪い取り、地面に突き刺すように僕の背後に落とす。そして、心做しか目を潤ませながら、僕の顔を舐める。


 静かだった僕の世界に、周りの音とシルフィーの声が入ってくる。


「お前っいい加減にしろっ!我の主だという自覚を忘れるなっ…。」


 契約してからは、いつでも僕に丁寧な言葉遣いをしていたシルフィー。幼い子どもを叱るかのように少し怒った、悲しい顔をする。


「…ごめんっ。僕、初めての友達だったから…、血が出てたからっ……。…ぐすっ…ごめっ…。」


 手に雫が落ちた感触で、初めて自分が泣いていたことに気付く。自分が犯すところだった事に、驚きとシルフィーの怪我に対する心の痛みで涙が止まらない。嗚咽を漏らしながら、シルフィーの体に顔を擦る。


 緊張が解けたのか、ふと全身の力が抜け、目の前がぐるぐるとする感覚に陥る。


「主っ主っ!…血が…。」


 シルフィーのその言葉で、背中の腰の部分にじわっとする熱を感じる。その感覚を最後に、自分の身体が倒れるのを感じた。




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