3.神獣シルフィード
いつも通り森でトレーニングをして、今日は王都に向かう。ついでに王都を見学したいため、いつもより早めに森でのトレーニングを終わらせる予定だ。
森のベンチに着くと昨日の神獣達が昨日の別れたままの姿で待っていた。僕を見つけたら嬉しそうに立ち上がり、全員お座りしだす。
「昨日別れた時から動いてないの?風邪ひいちゃうからどこか別のところ探した方がいいよ。」
「我らは風邪はひかないように出来ているから大丈夫だ。それよりも我は主と契約したくて待ってたのだ。」
「僕は友達になるだけで十分だよ。
こういうことを言ってくれる人が僕しかいないから契約したいのかもしれないけど、人は言葉をいくらでも取り繕えてしまう生き物だから簡単に信用しちゃダメだよ。」
「そんなことない…。
主は我らが嫌いなのか?だから契約したくないのか?我らは強いから何でもやっつけられるんだぞ?」
「そうじゃなくてね、契約関係は、多分だけど君が僕に忠誠を誓うものでしょ?それって、とても一方的なもので、対等な関係ではないと思うんだ。
だから、僕は友達っていう関係の方が好きだし、君たちを使いたいわけじゃないから…。だから、その……えっとね…。」
上手く自分の気持ちを表現できない。神獣と契約する人はもっと相応しい人がいると思うし、僕なんかには勿体無いことだと思う。
「ということは、我のことが好きということか?」
「え?えっと…そういうことじゃなくてね。」
「我のことが嫌いなのか?」
「違う違う!好きだよ。だから友達になりたいと思ったんだよ。だけどね、」
「じゃあ、我と契約だな。」
話が一向に伝わらないこの感じは何なんだろう。
「待って待って。契約って多分だけど、貴重なことだよね?だからこそ僕なんかで済ますんじゃなくて、もっと大事にした方がいいと思うなぁ。」
「そんなこと分かっているぞ。
だから主と契約したいんだ。」
真っ直ぐに見つめてくる瞳は、僕ただ一人をおさえている。というか、すでに所々「主」って呼ばれてたんだよなぁ…。
神獣ってこんなに強引な生き物なのかな?でも、満足そうにしてくれてるし、僕でいいみたいだからまあ、いいかな。「自分がいい」って初めて言われたから、普通に嬉しかった。自分が望んだ関係性ってわけではなかったけど、初めて認められた感じがした。
契約には名前を付ければいいみたいで、風を司る神獣とのことだから、シルフィードと名付けた。
「これからよろしくね、シルフィー。ところで……もふもふしていい?」
そして、お待ちかねのもふもふタイム!シルフィー達に抱きつきまくり、モフりまくった。シルフィーは勿論、他の精霊達?もとても気持ちの良い触り心地だった。
「僕、今から王都に行ってくるね。だから、今日はバイバイ」
フードを被り、髪と目を隠す。王都に向かうには本館をどうしても通らないといけない。透明化を持続するのは正直自信はないけど、成功させないと守っているだろう騎士に見つかって、最悪は牢屋行きだ。それだけは嫌だ。
その前にまずは目の前のことを解決するべきなのかもしれない。さっきから後ろに着いてきている友達に…。
「シルフィー、何で着いてきてるの?」
「我も主に着いていくからだ!ワハハッ」
「それなら声かけて!
でもシルフィー姿消せる?見られたらダメなんだよ?」
「それくらい簡単だ。我は神獣シルフィードだからな。」
その言葉通りシルフィーの姿が見えなくなった。流石神獣という存在なだけある。これくらい簡単なことなのだろう。真似して僕もやってみるけど、やっぱり僕は出来てない。空間に歪みが出来ている。
今更練習するのも時間がかかってしまう。いざという時は風魔法でひとっ飛びするとか魔法で何とかするしかない。今から練習するのは諦めて、近くでみないと分からないだろうとたかを括り、本館に侵入する。騎士に気配を悟られることなく侵入出来た。思ったよりうまくいっているのかもしれない。
すると、前から大柄でいかにも位が高そうな騎士が歩いてきた。その武のオーラに怖気付いて、立ち止まって歩けない僕にシルフィーは、心配そうに僕の顔を舐める。
「子供がどうしてこんな所にいるんだ?迷子か?」
シルフィーを撫でているうちに、騎士が目の前まで歩いて来ていた。僕の顔と目線が合うようにしゃがみ、話しかけてくる。透明化がバレたらしい。周りの騎士たちは、驚いて僕を囲むように立つ。
別館の話を出すと連れ戻されるだろうし、迷ったも変だ。話せる言い訳が思いつかなくて、焦って混乱して頭がぐるぐるとしてきた。
どうしよう、ここで捕まりたくない。別館に連れ戻されたとしたら、母親は本館の騎士に僕が連れてこられたことに対して機嫌が悪くなるだろう。
既に騎士に囲まれているし、攻撃したら一気に罪が重くなってしまう。囲んでいる騎士としゃがんでいる騎士三人を一気に倒せればいいが、囲んでいる二人の騎士はともかく、前でしゃがんでいる騎士を倒すのは無理だと分かる。それに魔物と人間は一緒にしたらダメだ。魔物としか対峙してこなかったため、手加減など出来るはずもない。殺してしまったでは済まない話だからだ。勝てるかどうかはおいといて…。
シルフィーが僕を心配そうにみつめる。僕の顔をぺろぺろと舐めだし、とにかく落ち着かせようと、頼れというように体を擦り付けてくる。強いのは分かるけど怪我をして欲しくないし、シルフィーを使うような真似はしたくない。
いざとなったら何もできない自分の間抜けさと愚かさに絶望する。
「どうした?…そんな可愛い顔で泣くな。怒ってないから、大丈夫だから。」
いつの間にか泣いていたことに気付いた。こんなことで泣いてしまうなんて、何て情けないんだろう。顔がはっきりみられていることから、どうやら透明化が切れてしまったらしい。
さっきからシルフィーがやけに顔を舐めてくれると思ったら、涙を拭いてくれていたのだろう。私は観念して話すしかなかった。
「あるじ、この者たちやっつけるか?」
…そういえば、シルフィーの存在がばれてしまうと、母親にシルフィーが利用されるようになってしまう。もしかしたら王様に献上されてしまうかもしれない。友達を物みたいに使うのだけは嫌だ。それに、シルフィーと離れたくない。
「主、我の声は契約者か主くらいの魔力量を持っていないと聞こえないから大丈夫だ。姿もまだ見えていないから心配しなくていいんだぞ。」
僕の心の声を聞いているかのように応えるシルフィー。考えているうちに大きな騎士に抱きしめられ、背中をぽんぽんとさすられていた。
「お嬢ちゃん?…いや僕か?…おいで。私は騎士のロイスだ。
君に危害を加えるつもりも問い詰めるつもりもない。安心して涙を拭きなさい。落ち着いて。」
「あ、あの…僕…その、お、王都に行きたいだけで、ここに何か盗みにきたわけじゃなくて…。えと、その…。」
(主、こいつ殺すか?)
(ダメッ。それよりも寂しいから子犬くらいの大きさになって僕の近く居て欲しい。)
「キャンッキャンッ。」
どこからともなく現れる子犬。可愛過ぎる、犬のぬいぐるみみたいだ。
「あれ、この子犬どっから来たんだ?」
「ぼ、僕のっ。ぼく」
「分かった。この子犬は君のなんだね?」
また、ロイスという騎士はしゃがんで子犬を僕の手に抱えさせてくれた。
「僕が飼ってるの。」
「そうなんだ、可愛い子犬だね。
もしかして、この子とだけで王都に行くつもりだったのかい?」
「うん…。僕一人で歩けるから大丈夫なんだよ。」
「うーん。だけどね、子供が一人はね、色んな人がいるから危ないんだ。今日は、一旦騎士団が使っている食堂に来てみないか?もうそろそろお昼の時間だし、お腹空くんじゃないか?」
僕を怖がらせないように気を遣って優しい口調と声で話しかけてくれているのが分かる。それに、よく考えたらドレスを買うにはお金がいるのに何も持ってきていない。母親に聞いてみないといけないから、どっちにしろ行っても意味ない。何も出来ない自分に腹が立つし、情けなさにまた涙が出そうになる。何とか堪えて、返答する。
「でもね、そういう所は勝手に入っちゃダメでしょ?」
「ダメじゃないよ。おじさんね、騎士の中でも偉い人なんだ。だから大丈夫大丈夫。」
「ほんと?シルフィーも連れてっていい?」
「いいよ。おじさんが特別に許可しよう。」
「そうそう、この方騎士の偉い役職についている人だから。」
「権力持ちまくりだから、心配いらないよー。」
取り囲んできた二人の騎士たちも話しかけてきてびっくりしたけど、何とか返事を返す。シルフィーも大丈夫と顔をぺろぺろ舐めてくれるため、危険はなさそうだ。
「うん。分かった。」
「じゃー大きくて広いから、迷わないように抱っこして連れてってもいいかな?おじさんに抱かれると高い景色が見えて気持ちいいぞー。」
ロイスさんが悪い人ではないことは分かった。ロイスさんからしたら侵入者に過ぎないのに、子供だからか優しい口調を外さず、僕が怖がらないように適度な距離を保ってくれているのが伝わる。多分優しい温かい良い人なのだろうと勝手に思った。こんな人に抱っこされたらとても気持ちが良いと思う。気付けば自分から手を伸ばしていた。
「ロイスさん、だっこ。」
「っ…。しっかり捕まっててな。」
フードがしっかり被れてることを確認して、シルフィーを抱きつつ、ロイスさんの首にしっかりと捕まる。
「あ、団長ずるいっス。」
「俺も抱っこって言われてぇ。」
二人の騎士が何故かロイスさんに睨まれているのを不思議に思っていると、いつの間にか建物の中に入っていた。