2.友達との出会い
僕は、4歳の誕生日を迎え、半年たった。状況は二年たった今でも変わることはなく、母親もメイドも僕に対する態度は相変わらずだった。
僕自身はというと、魔法が上手く使えるようになった。火、水、風、土、光、闇、無属性のこの世界に存在する属性である七属性全てをある程度使えるようになった。僕が暮らす別館には幸いにも図書館なる部屋があり、魔法の知識を基礎的ではあるが習得することができた。
別館と本館の間には、普通に行き来する道とは別に魔物も住んでいる森がその間を面している。といっても、大人が倒せる程度の魔物ばかりで、騎士や王族の訓練として利用しているらしい。加えて、森の深くにまで入らなければ滅多に魔物とは出会わないことから、危険性はあまりないとされているのだとか。
しかし、別館が面する森は魔物がいる深いところに接しているため、別館自体に結界が張られているにしろ散歩も遠くにはいけない。別館の四方のうち二方向が魔物が潜む森に面しているため、人通りが少ない。そのため、別館は代々王族が、高い身分の者を生きて罪を問い続けるためや歓迎していない者として住まわせることが多いとされている。それは、大々的に私の母を歓迎していないことと同義であるのだ。
そんな森も僕にとっては魔法の練習に丁度いい場所でしかなく、今のところ手に負えない魔物は見かけていない。魔物との戦いの上で死にそうになったことは何回もあるが、何とか今まで生きている。最近では、別館の調理場から包丁を一本くすね、近接武器としていざという時のために最近使えるようになったアイテムボックスという魔法にしまっている。
調理場から包丁が一本消えたにも関わらず、母親もメイドでさえも気付かないのだから、流石にこの別館の管理が心配になる。調理専用の召使いもいるはずなのに、騒がれてすらいない。
段々戦闘にも慣れてきて、そのせいか魔法もスムーズに使えるようになった。最近では、魔力を節約するためにどうやって魔法を効率よく使うのか、それを目標に頑張っている。
魔法を使い切ることに関しては、寝る前に魔法を全て体から放出させることで、毎日のノルマをクリアしている。お陰で、今では何倍にも魔力が増えている。毎日体にシールドを張り続けているにも関わらず、魔力は中々枯渇しなくなってきた。そのため、二重にシールドを展開させてみたり、シールド自体を強化してみたりした。すると、魔物との戦闘において中々死の危機に直面することが少なくなってきた。
今日は、森で一日過ごしてみようか、とそんなことを考えていると、ドタバタと大きな足音が扉の前に向かってやってきた。荒々しいノックと騒ぐ声と共に。
「シュリヒト、もうすぐ王家主催の建国パーティーが開かれるみたいだわ。そのためのドレスを用意して頂戴。できるわよね?」
「了解しました、エリーゼ様。」
「…シュリヒト、お母様でしょ?言い直しなさい?」
失敗した。母親は、こうやって偶に言い方によって機嫌が悪くなる。だからこそ僕は、母親の気分を呼んで、「エリーゼ様」と「お母様」、「母上」などと呼び方を変えなければならないのだ。それは至難の業でほとんど運ゲーに近い。しかし、呼び方ひとつで機嫌をひどく悪くして、悪いときは二日間小部屋に閉じ込められたことがあるため、出来るだけ機嫌を損ねないよう常に注意する必要がある。
「申し訳ありません、お母様。起きたばかりで僕の愚かな頭がより上手く働かなかったみたいです。」
「あら、そう。」
「お母様のように聡明な方になるべく、今後はより気を付けていきます。本当に申し訳ありません。」
「まぁ~、それならいいのよっ。ドレスの件、お願いねぇ。
ちなみに貴方もこのパーティに連れていくわ。
これがシュリヒトのデビュタントになるなんて本当に幸せなことなんだからぁ。」
「そうなんですか。ご配慮くださりありがとうございます。
仕立て屋で一番豪勢なドレスを用意させます。お任せ下さい。」
「勿論シュリヒトは平民の服でお洒落がいいと思うわ。貴方には、下民の服くらいが丁度いいものね。
とても似合ってるわよ。」
「了解しました。」
今日は機嫌がいいみたいだ。パーティーの話で満足して帰っていく。
僕に平民の服を着せたがるのは、自分が一番目立つためだろう。母親は、今や僕が生まれた時のスタイルを保っておらず、父親が処刑されてからは、輪をかけるようにふくよかな体型に変わっていった。母親の体のエステや顔のケアなど、本来メイドが毎日行っていたのだが、メイドも適当にしたり、さぼったりといった怠慢を重ね、美貌がみるみる廃れていっている。
相変わらず僕の父である王様は、僕が生まれた時の一回しか別館に会いに来ない。母親が許されないことをしたとしても、この四年間一回も会いに来ないのは別問題ではないだろうか。もし、王様が一回は会いに来ていたら、別館のメイドたちの職務怠慢がすぐに分かり、母親が自分の身なりにさえ気遣えないほどの心労を抱えているという、犯した罪に対する罰をすでに受けていることが分かるだろうに。以前の母親は自分の身なりを着飾り、整えることにプライドを持ち、それにより誰からも美しいと言われるほど輝いていた。それが今や見る影もない。
いくら母親に罵られ、暴力を振るわれたとしても大嫌いにはなれない。僕の正真正銘の母親だからだ。その存在が在るだけで一人じゃないと思える。
おかしいなぁ、年齢は今世の四歳らしく精神年齢も引っ張られるのだろうか。僕にはまだ「寂しい」という感情が生きているみたいだ。その感情が唯一母親によって癒されている。やっぱり母親は偉大なんだと思う。母親という存在が生きているというだけで感謝すべきなのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、森になぜかあるいつものベンチに辿り着いた。ベンチに横になり、空を隠すように葉っぱが覆いつくす天井を見上げる。葉の隙間から影が差し、サンサンと輝く太陽から守ってくれる。僕は、この場所が涼しくて、気持ちよくて大好きだ。毎日のように森に入る僕だが、魔物との戦闘以外の時間は全てここで過ごしている。
柔らかい風に身を任せていると、少しずつ眠たくなってきた。魔物が蔓延る森であるため、普段は絶対寝ないけど、シールドも結界もあるし、偶には…いいよね。
目の前の茂みから葉を揺らす音で頭が一気に覚醒する。油断禁物、ここは魔物がいる森なのにそんな当たり前のことを忘れかけるなんて、命を無駄にするところだった。
音がした方に目を向けると、銀色のふさふさの毛が堂々と茂みから現れた。葉から漏れる光に照らされ、銀色がキラキラと輝いている。僕とは比べ物にならないほど大きな狼が目の前に歩いてきた。続いて、先頭にいる狼よりは二回りも小さいが、僕よりも大きな体の灰色に近い色を持った狼達が列を乱さず歩いてくる。
あまりの静かさに攻撃しようか迷う。しかし、魔物と同じ邪悪な気配を感じないことにより困惑し、攻撃しかねる。
どんどん近づいて来るため、取り敢えず拘束して来た方向に返そうと考え、拘束魔法を発動しようとするが、その前に先頭の狼が僕の顔に近づき、クゥーンと鳴き、お座りをした…。
その意味わからなさに困惑して固まるも、先頭の狼はまたもや顔を近付け、今度は僕の頬を舐める。取り敢えず何でかはおいといて、可愛がることにした。僕は大の動物好きであるため、このもふもふとした毛並みには逆らえないから仕方ない、と思うようにした。決して油断しているというわけではないのだ。
「おいでー。よしよし。お前かっこいいなぁ。」
「ほんとか?我は褒められて嬉しいぞ。」
「ほんとだよ。もっふもっふで最高の毛並みだ。
後ろのお友達もおいで。気持ちよくしてあげる。」
「友達などではない。部下たちだ。」
「…ん?あれ?君…喋ってる?」
「我は最初っから喋っているぞ。」
「えーと。これは異世界ものでお馴染みの喋れる動物かな?」
「我は動物なんぞといった矮小なものではない。精霊の中でも上位の存在である神獣だ。」
「…そうなんだ、君はすごい存在なんだね。
最近この辺りに頻繁に魔物が出ていたのに、急に数が減った気がするのも君のそのオーラのおかげかな?」
「そうだ。我が近付いたら魔物は我を恐れて避けていく。身の程を知るということよ。ワハハッ」
何となく凄く強いオーラは感じたが、そこまでとは…。でも、だからこそどうしてこんなところにいるのだろう。神獣は、本来人の前に姿を表さないと本に書いてあった。それは、間違いなのだろうか。
「…そんな大層な存在がどうしてここにいるの?」
「凄い魔力を感じたから確かめに来たまでだ。
…我に何か言うことはないのか?」
「ん?言うこと?…僕は人間だよ。」
僕をじっと見つめ、言われたことから何か自分が害のある者かどうか確認されてるのだろうと理解した。僕自身何も傷つけるつもりも害するつもりもないことを伝えるために、両手を上に上げ、ひらひらと何もないことを表現する。
「…そんなこと分かっておる。
人間は我ら神獣を見かけると契約を持ちかけるのが普通だろう?
だから、…してやろうと言うのだ。」
「…僕はそんなこと言わないよ。大丈夫だよ。
貴方が認める人と、貴方が契約を心から交わしたいと思う相手としてあげたらいいよ。」
「…。」
心からそう思った。貴重な存在はそれだけで人から望まれる。僕はそんな経験がないからこそ羨ましいと一瞬思ってしまったけど、望まれてるだけで、純粋な気持ちで存在を望まれたことはないだろう。それもそれで悲しいことだと感じると同情してしまう。
「僕、明日朝早いんだ。だから、もう行かないといけなくて…。
だから…友達になって、偶にこうして話し相手になってほしいんだ。」
「…契約しないのか?」
「うん。偶にでいいからこのベンチに遊びに来てよ。 もう行かなきゃだから、じゃあね、バイバイ」
これが僕の最初の友達との初めての出会いだった。




