運命のドレス
「────雨ね」
「雨ですね」
来るパーティー当日の朝。リエルは自室の窓から外を眺めていた。
昨夜から降り始めた雨は朝になっても続き、今日中にやむような気配を見せなかった。
「これは、パーティーの時間も雨だと思ったほうがいいかしら」
「そうかもしれません」
朝食後のお茶を用意していたラナンが表情を変えないまま答えを返す。
「それなら、お洋服も考え直さなきゃね」
むう、と額に皴を作るリエルにラナンは首を傾げた。
「お召し物ですか? 泥に汚れることを懸念されておいでなら、向こうでフィッティングルームのご用意があるらしいので、お色直しにそちらをお借りできるかと」
「あら、そうなの? それなら心配いらないわね。でも、念のため白い靴はやめておこうかしら」
リエルが決めた靴は、白のレースがあしらわれたものだった。今日のためにと足に慣らすこともしてあったが、汚れたときに目立つような色味のものは避けるべきではないだろうか。
移動は勿論車を使うし、気になるならば移動時と場内の靴とを履き替えればいい話でもあるのだが。
(なんていうか、気分の問題なのよね)
「でしたら、やはりドレスも変えますか?」
ラナンに言われてちらりと目をやった先では、淡い水色を基調としたドレスが既に用意されていた。今回のパーティーに合わせて新調した数着の中で、リエルが最も気に入ったひとつだ。父や母、兄からもお墨付きを貰っていた。
しかし、このドレスに似合うようにと誂えた靴が履けなくなったのなら、ドレス自体を変更するのも悪くない案だ。他にも靴はたくさんあるが、同じようにドレスだってたくさんある。今回は縁がなかったと割り切って新しく考え直すのもいいかもしれない。
「……そうね。まだ時間もあるし、選びなおそうかしら。ごめんなさいね、ラナン。用意してもらえる?」
「はい、お嬢様。ダリアさんたちにもお声掛けして参ります」
ダリアとはこの屋敷の侍従長の名前だ。ラナンはリエルの専属侍女だが、ダリアはこの屋敷全体を取り仕切るベテラン中のベテラン。ドレスの選び直しともなればそれなりの数の装飾品で部屋を埋めなければいけないので、応援を呼んできてくれるのだろう。
「ええ、お願い。お時間があるようでしたら、またお兄様に見ていただいてもいいかもしれないわね。この雨ならきっと今日はお出かけなさらないでしょうし……あら?」
ふともう一度窓の外を確認して、リエルは目を瞬いた。
主人の様子に敏感な侍女は、部屋を出るというところで足を止めた。
「どうされました?」
「ねえ、ラナン。雨がやんでいるわ」
「え?」
少し前まではどう見てもしばらくやみそうにない空模様だったのに。今窓を覗いてみれば、しとしとと降り続いていた雨がやみ、あまつさえ分厚い雲から光が差し込み始めているではないか。
「不思議な天気ね。もしかして、このまま晴れるのかしら」
「どうでしょうか。でも、まるで謀ったようなタイミングですよね」
お嬢様が天気に合わせてドレスを変えようとなされたときに、またその天気が動くだなんて。
同じように窓を覗き込んだラナンは淡々と、しかしどこか感心したような口ぶりでそう言った。
「そうね、本当にそう。……やっぱり、ドレスも靴もこのままでいいわ」
「よいのですか? まだ晴れると決まったわけではないですが」
ラナンの言うことはもっともで、急に変わった天候がまたいつ変わるともわからない。ドレスを再検討するとしたら、時間のある今のうちが得策に違いなかった。
しかし、リエルはその懸念に小さく首を振り「いいの」と笑う。
くるりと振り返って見た先の、淡い水色のドレス。繊細な刺繍は上品でいかにも上等な造りだが、大きくあしらわれたリボンや波打つ裾が可愛らしさと瑞々しさも感じさせ、まだまだ若くて愛らしいリエルにぴったりのデザインだった。
「なんだか運命みたいだもの。今日はこのドレスを着ていきたいわ」