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また、桜舞い散るこの街で  作者: 紅茶 螺鈿
6/13

「叶えたい夢 2」

「あの、向井さんに会いに来た早乙女というものなんですけど…」

広々としたロビーは光を多く取り込んで、大きな壁と床が白く光っていた。

「向井葵さんですね、今なら外科の病棟にいると思われますよ。」

案内嬢が答える。

「ありがとうございます。では向かってみますね。」

私がそう言うと、ひとりの案内嬢が小声で話しかけてきた。

「もしかして、葵さんの彼女さんですか?」

「へ?」

思いもよらないことを聞かれたため、思わず聞き返してしまった。

「ちょっと、失礼でしょ美咲(みさき)。そういうのやめなさいよね。どうもすいません。」

と、その隣にいたもう1人の案内嬢が私に向かって深々と頭を下げた。

「い、いえ、そんな…気にしてませんので大丈夫ですよ、少し驚いちゃいましたけど」

私が少し笑ってそう言うと、少し慌てた表情でその人が隣の美咲という方に肘で肩をつんつんと押した。

「あ、誠に申し訳ございません。ここ最近、葵さんに会いに来られる方が多かったので勘違いしてしまいました。」

「…勘違い?」

私が少し戸惑っていると、またもや隣の案内嬢が肘で美咲をつついてきた。

「こら、アンタまた余計なこと言って…ほんっとすいません私から強く言っておきますので、時間を取ってしまい申し訳ございません。」

また謝られてしまった。私は軽く謝ってロビーのソファで待ってる紗倉の元へ歩いた。紗倉は向かう私に気づいたようで、読んでいた本から目を逸らし私の方を見て手を振った。

「紫乃!こっちだよ」

私は少し小走りで紗倉のほうに近づいた。

「あれ?紗倉、その本って」

紗倉が手に持っていたのは小説ではなくスケジュール帳だった。

「ん?いや、これは関係ないの」

疑問に思った私は聞いてみた

「このあと予定でもあるの?」

「無いよ、大丈夫。」

紗倉はそう言ったが、私は少し不安げに思った。

「ほら、行くよ紗倉、葵くんが待ってる。」

私がそう言うと紗倉は静かに立ち上がり「うん」とうなづいた。

ーーー

「あの、先輩。やはり先生はあの後」

向井は顔を下げたまま口を開いた。

「君は、何も悪くないから、そんなに落ち込まないで。あの人は自分で決めたことをやり遂げただけだから。」

私はそう言って、向かいのそばにしゃがみ込んだ。

すると、救急隊員の方が走ってきた。

たぶん足を痛めた向井を病院へ連れていくのだろうと思った。

「負傷者は、キミだね、名前は?…うんうん向井くんだね。そっちの君は?」

「えっと私は早乙女 紫乃です。」

救急隊員はハッとした顔で言った。

「君が例の早乙女さんだね。」

私は少し驚いた。

「例の…っていうのはどういう?」

疑問に思ったのでそう聞いてみると

「ほかの生徒から聞いたんだけど、この向井くんの応急処置を君が率先して指示を出したみたいじゃないか。凄いことだよ。」

たぶん一緒にいたほかの生徒が、この隊員に私のことを伝えたのだろう。その隊員は納得した顔をしていた。

「よし、それじゃあ向井くんを連れていくね、早乙女さんも着いてきてくれないかな?」

「え?」

私は向井の顔を見た。向井は少しキツそうな顔をしながらも、私の目を見てうなづいた。

「はい、わかりました。」

私は向井と一緒に救急車の中に入った。そこから色々と先程の隊員に聞かれたので、経緯から事細かく話した。

「そんなことが…うん。君もその先生も誇れることをしたんだ。自信を持てよ!」

隊員はそう言って励ましてくれた。

「あの、先生はまだ見つかってないんでしょうか」

向井が必死な声で隊員に聞いた。

「もうすぐで見つかるはずだよ」

隊員は渋い顔で向井に言った。

「ぼ、僕は…先生に…かん…感謝を…」

向井はそこで突然泣き出した。私は向井の背中を優しくさする。

「感謝を…伝えたいんです…」

そのまま倒れ込むように嗚咽しながら泣き出した。それを見た私は向井の両肩を持った。

「今は待とう。あとで先生に会ったら感謝を伝えよう?ね?」

私がそう言うと、向井は泣きながらも大きく首を2回縦に振った。

そして息付く間もなく救急車は病院へ着き、向井は担架に乗せられて病院の奥へ連れていかれた。残った私とその隊員はゆっくりと治療室へ向かった。

「自分も元々、キミみたいに誰かを助けないとって思ってこの仕事を選んだんだ。キミの夢はなんだい?」

私は立ち止まった。

私の夢…なりたいもの…私は梶野先生みたいになりたい。

「私の叶えたい夢は先生です。」

「へぇ…どんな先生?」

「生徒を必死で守れるような先生です。」

そう言うと隊員は大きくうなづいた。

「ここのソファであの子を待っていよう。きっと大丈夫だよ。」

私は青いソファに腰掛け、大きく息を吸って胸を撫で下ろした。

ーーー

「あ、早乙女さんと一ノ瀬さん。早かったですね。」

外科病棟のロビー前に居たのは白衣姿の向井 葵だった。

「あ、ここで立ち話もなんですし…中庭のベンチで話しましょう」

私と紗倉と葵は中庭にあるベンチに座り込んだ。

「それにしても、ものすごく広い大学病院だね」

紗倉は辺りを見回しながら言った。

「そうですね。そういえば僕が復帰後早乙女さんとお話したのもここでしたよね」

ーーー

「僕、叶えたい夢があるんです。」

松葉杖をついて歩く向井が言う。

「まず、座らない?あのベンチとか」

私たちは中庭にあるベンチに座り込んだ。

「それで、叶えたい夢って?」

「叶えたい夢というのが医師です。それも…早乙女さんのような焦らず咄嗟の判断のできる医師になりたいんです。」

向井はそう言うと、突然立ち上がり私の方を振り向いた。

「早乙女さんと梶野先生からいただいたこの命を大切に、僕は医師になります。お力添えよろしくお願いします!」

私は向井の勢いに少し圧倒されたが、向井の言葉を噛み締めてうなづいた。

「そういえば自己紹介遅れてました。僕は向井 葵と言います。早乙女さんは…」

「私は早乙女 紫乃。これまで通り早乙女でいいよ。」

「では僕は、葵で大丈夫です。」

「分かった。葵くん、これからもよろしくね。」

ーーー

日が沈み切った後、私と紗倉は葵に別れを告げ病院の出口へと向かう。その時に紗倉が言った。

「紫乃、アレを渡さなくてもいいの?」

私は思い出して葵の元に引き返した。

「どうしたんですか?早乙女さん」

「この写真、葵くんに持ってて欲しいの」

私が葵に渡した写真は、高3の始めの頃、紗倉が新しく買ったチェキで梶野を盗撮した時の物だ。

「これって…梶野先生。でも早乙女さんが持ってた方がいいんじゃ…」

葵が渋るような顔で言った。

「これは葵くんが持ってた方が価値になる。だから持ってて」

私は少し強引に葵に写真を渡した。葵は小さくうなづいて私たちに手を振った。

病院を出ると、空には一番星が輝いていた。

「あ、一番星発見!ラッキーだね紫乃」

紗倉が空を見上げて言った。

「この一番星、取っていこうよ」

「え?」

私は紗倉の意味不明な言葉を理解出来ず、疑問に思った。

「梶野が見れるように、このチェキで撮ろう」

紗倉がバックから取り出したのは、あの頃梶野先生を撮った時と同じチェキだった。

「そうだね、撮ろっか。」

写真はジジジッと音を立ててチェキから出てくる。ボワッと浮き出た写真には、一番星が輝いていた。

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