「タイムカプセル 2」
「ねー紫乃、この辺りだっけ?」
少し先にいる紗倉が言う。
「うん、確か…てかアンタ足早くなった?」
私は少し息を切らしながら紗倉の元へ歩いた。
「私が早くなったんじゃなくて、紫乃が遅くなったんでしょ?」
紗倉は、ショルダーバッグからスコップを取りだしながら言った。
「ま、今回は私の勝ちだねッ」
紗倉は勝ち誇った顔で言った。
「まぁそんなことはいいから、早くここ掘るよ。誰かに見つかったりしたらヤバイし。」
私は紗倉を急かした。
「そんなことって…んまぁそうだね。
掘ろうか。」
私は紗倉の差し出したスコップを手に取り、地面に突き刺した。
…
「これくらい掘れば充分かな」
「そうだね。あとは手で少し砂をかき上げて…」
すると、砂の中から灰色の何かが顔を覗かせた。
「あ、あった。コレだわ。」
私は丁寧に砂の中から、慎重にそれを取り出した。
「おお!あったあった~。ていうかまぁまぁ深いとこにあったよね~」
「そりゃあね、あんなことがあったんだもん…土がかさ増しされた影響でしょ」
私は首にかけたタオルで汗をふき取って、灰色の箱をそっと自分の足元に置いた。
「ねえ、開けてよ紫乃」
紗倉は『早く開けてくれ』と言わんばかりに前かがみでこちらを見てきた。
「はいはい、今開けるから…」
ーーー
「ねえ紫乃、何してんの?」
私は校舎前の花壇のレンガ傍を小さなスコップで掘っていた。
「んー?ここに、タイムカプセルを埋めるのよ」
私がそう言うと紗倉は不思議そうな顔で、私の横にしゃがみこむ。
「なんでここなの?」
「それは…ほら、ここってさ誰も寄ってこないとこだし、ここの花壇もほとんど手入れされてないじゃない?」
紗倉はコクコクとうなづきながら、話を聞いている。
「だから、ここに埋めてるのよ」
私はスコップで掘り終えて、立ち上がった。
「え?紫乃、どこか行くの?」
「そうだよ。教室に行くの」
紗倉はめんどくさそうな顔をした。
「えー、また教室に戻るの?」
「ここに埋めるものを持ってこなくちゃいけないから、一旦教室に戻るのよ」
私は足元にあるスコップを拾い上げて、教室に足を向けた。
「それに、ここよりも教室の方が涼しいと思うよ、多分今の時間ならクーラーついてるはずだし」
私がそう言うと、紗倉は分かりやすい顔で嬉しそうに私についてきた。
「しょうがないなぁ~ついて行ってやらなくもないよ~?紫乃!」
ーーー
「よいっしょ…あ、開いたよ紗倉」
そこに入っていたのはいくつかの手紙や写真、その他に小物が入っていた。
「まさにタイムカプセルって感じだね。」
紗倉がそう言うのを聞いて、私は少し呆れた声で言った。
「ハァ…だからこれ、タイムカプセルだって言ってるじゃない」
「あー、ごめんごめん。」
紗倉は手を顔の前に持ってきて謝る仕草をした。
「この中に何入れたんだっけ」
紗倉がそう言うので、私は箱の中から、1枚の写真を取りだした。
「あ、これ懐かしい。」
「なになに?」
紗倉が顔を覗かせた。
そこに映っていたのは、学年全員の集合写真だった。うちの学年は1クラス20人程の数だったので、学年全員でも80人いるかいないかくらいの人数だ。
「お?懐かしい写真だね~、これってさ年度始めに撮ったやつだよね~」
紗倉はそう言って、写真を指さした。
「あ!ここ見てよ~窓から梶野がこっち覗いてるんだけどw」
よく見てみると、後ろの校舎の窓から梶野先生が顔を覗かせてこちらを見てにっこりとしていた。
「へー、あの梶野って、笑ったらこんな顔なんだ~紫乃は知ってた?」
「いや、私も初めて見たかも、あの人がこんな風に笑ってるの。」
「後にも先にも、この写真だけかもね、梶野が笑ってる写真なんて」
紗倉はそう言ってスクっと立ち上がった。
「紗倉?」
私は紗倉の方を向いて名前を呼んだ。
「いや、ここに校舎が本当にあっただなんて…信じられないなぁって思って」
紗倉は少し上の空を見上げて少し小さな声で言った。
「うん…そうだね、ここは、紛れもない…私たちが通ってた学校があった場所だよ。」
私はスっと立ち上がり、紗倉と同じ方を向いた。
そう、あの頃は楽しかった。でもあの出来事があって変わってしまった。
ーーー
『緊急地震速報です』
授業中に一人一人のスマホから同じ音が鳴り響いた。担任は生徒達に、机の下に伏せるように言った。3分ほど揺れが続いた。そのあとすぐ、校内放送から放送委員の声が聞こえた。
『地震が発生しました。これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません。生徒は担任の指示に従って素早く行動してください。これは訓練ではあり…』
私は後ろの席にいた紗倉をなだめた。
「紫乃…こわいよ」
紗倉は震えていた。
「大丈夫、私についてきて。しっかり手を掴んで、離さないで」
担任が教室から出るように指示をすると、生徒達は各々パニック状態になっているのか、泣き叫んでいる生徒や座り込んで動けない生徒などがいた。
私は、紗倉の手を引いて他の生徒とは逆の方に走った。
「紫乃、なんで…みんなあっちに」
「あっちは裏山の方角、高いところに逃げれば安全かもしれないけど、万が一に土砂崩れが起きたら危ないの!今は私についてきて!」
私は必死に紗倉を連れて校庭へと走った。校庭に出ると数名の生徒と教師と私たちの学年の地理の担当教員である梶野が居た。残りの生徒と教師は裏山に逃げたらしい。
すると、突き上げるように地響きがした。
「伏せろ!!」
梶野の声がした。梶野はそこにいた全員に聞こえるような大きな声で叫んだのだ。そして、昇降口にうずくまって動こうとしない生徒に、梶野は
「走れ!!」
と叫んだが、その生徒は動こうとしない。揺れはまだ続いている。梶野がその生徒のほうに走っていった。その瞬間裏山の方から大きな音がした。
そこにいた全員が裏山の方を見る。
そこに見えたのは、一部山肌が露出しており1人の生徒が途切れた手すりを必死に掴んでいる様子だった。周りには誰もいなかった。いや、多分居たのだろうが自分のことで手一杯になっていて気づかなかったのだろう。その生徒は力尽きたのか土埃の中に消えていった。私の息は荒く、早くなった。
「紫乃…大丈夫?」
横にいた紗倉が私の手を強く握って言った。
「…うん。大丈夫、安心して紗倉」
私はもう一度校舎の方に振り返った。梶野とその生徒はまだ昇降口に居た。私は紗倉に
「ここに居て、私は先生のとこ行ってくる」
「待って!駄目!行っちゃイヤ!!」
紗倉は思い切り私の腕を引っ張った。
私は紗倉の目を見て言った。
「大丈夫。必ず戻ってくるから、ここに居て。」
「でも…」
「良いから、ここに居て、私を信じて」
私がそう言うと、紗倉は諦めたのか腕を離してくれた。そして私は梶野先生と生徒の元に向かって走った。
「先生、その子は」
私は息を切らしながら先生に聞いた。
「おぉ、早乙女か。この子、瓦礫に足をやられたみたいで立てないらしい」
そう言われて、その子の足を見てみると、右足があらぬ方向へ曲がっていた。私は一瞬戸惑った。こんな時どうすればいいのか。ここで逃げるか、それとも…そう、迷いを巡らせていたら梶野が口を開いた。
「早乙女は、その子を背負ってみんなの所へ行ってくれ、俺は中に生徒が居ないか見てくる!」
私は先生の言葉を聞いてうなづき、生徒の目の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇ、足がそんなだったら立てないだろうから、私がおんぶするよ。大丈夫。」
きっとこの子は、自分はダメだと思っているだろう。そう私は感じたから、安心させるためにじっと顔を見つめた。
「はい。…ありがとうございます。」
そう言うとその子は、私の肩に手をかけ私の腕に足を乗せた。そのまま私は立ち上がり、先生の方を向いた。
「よし、じゃあそのままみんなの所へ走れ、早乙女の足ならすぐ行けるだろ。あとは任せたぞ。」
そう言うと先生は校舎の中に走っていこうとした。
「先生待って!…戻ってきますよね」
私の問いかけに、先生は1歩立ち止まった。そして私の方に歩み寄ってきた。
「俺は教師だ。生徒を守る役割がある。お前たちを守るために必ず戻る。約束だ。」
そう言うと、先生は私の頭をそっと撫でて足早に校舎の中に入って行った。
私は先生の言葉を噛み締めて、昇降口を出て走った。
向こうの方で紗倉が私を呼んだ。
「紫乃!こっち!」
私は紗倉のほうへ全速力で走った。
「もう少しだから、ガマンしてね」
紗倉の元に着くと、地面に何人かの制服が広げられていた。私はその男子生徒をそこに降ろした。数人の生徒と紗倉と私でその生徒の足に応急処置をした。ひとりの男子生徒の学ランで簡易枕を作り、頭と怪我をした足の下にそれぞれ置いて、あるひとりの女子生徒が腕につけてあったバンダナを『使って』と言って私に差し出してきた。
私は礼を言って、怪我をした足にバンダナを巻いた。そうしたのち、私の髪をまとめていたヘアゴムでバンダナを固定した。そうしていると、もう一度揺れが来た。今度は先程のものよりも大きな揺れだ。私は咄嗟に怪我をしている男子生徒を庇うように伏せた。すると、その男子生徒が口を微かに開いた。
「先生は…まだ…校舎の中に居るんですか…」
私はそこで気づいた。咄嗟に校舎を見た。先程の昇降口は、今の揺れのせいであろうか、完全に屋根の部分が崩れていた。すると、また同じように裏山のほうから爆音が聞こえた。恐る恐る裏山を見てみると。ゆっくりと山肌が滑り落ちてきていた。裏山の目の前にはこの校舎がある。私は祈った。先生が帰ってくること。これは夢であることを…。
あれから少々時間が経った。
先生は戻っては来なかった。校舎は裏山が崩れたせいで半壊、裏山に逃げていた半数以上の生徒・教師も行方不明。
何事もなく、ほぼ無傷で生き残ったのは、校庭にいた私達と、裏山の奥の方に逃げていた生徒と教師達、57名だけだった。
何故か私は涙が出てこなかった。他のみんなは泣いていた。もちろん紗倉もだ。私はここであることを決めた。教師になるということ。梶野のようにはなれないかもしれないが、生徒を守れるような教師に。そう心に決めたのだ。
ーーー
「そういや、あの出来事があって…紫乃は学校の先生になるって決めたんだったよね。」
夕日が差し込む電車の中、隣にいる紗倉がそう言う。
「うん。私が教師を目指したのはあの時の梶野先生がきっかけなの。」
私がそう言うと、紗倉はゆっくりうなづいた。
「私は見てないけどさ、なんかその…梶野のかっこいい姿みたいな?…でも分かるなぁ…」
紗倉は窓の外にある夕日を眺めている。
「紫乃って…自分で決めたことは曲げないもんね。だからあの時私は助かったんだよ。感謝してもしきれないくらいにね。」
そう言う紗倉から、私は目を逸らした。
「そうかもしれない…でも私は感謝されるような人間じゃないよ。このタイムカプセルも、ただのガラクタなのかもしれないし…」
沈黙が続く。先に口を開いたのは紗倉だった。
「今から逢いに行くのって、其の…例の…」
例…例の…そうだった。今から会いに行くのは、あの時に先生と私が助けた男子生徒。向井 葵くん(むかい あおい)。
「そう。あの子」
私はそう言って顔を上げた。
「そのタイムカプセルをあの子に見せるの?」
紗倉は少し落ち着いた声で聞いてきた。
「うん。あの子に見せるよ。」
私がそう言うと紗倉は納得した顔をした。
「そっか…分かった。紫乃が決めたことだもん。私は何も言わない。それに、私は紫乃の事、信じてるから」
踏切の音が通り過ぎていく。遠くに見える桜が、夕日に照らされてオレンジ色になっている。
私と紗倉の本当のタイムカプセルは、今持っているこの箱ではなくて、あの学校、そのものなのかもしれない。