「散りゆく櫻と咲きゆく藤花 2」
「き…ばき…椿姫!」
耳元で微かに声が聞こえる。
「…ッカハ…はぁ…はぁ…」
口の中に土が入っていたようだ。私は咳払いをして必死に口の中にある土を吐き出した。
「良かった…生きてるみたいだな…椿姫…」
苦しそうな息遣いと低い声が頭上から聞こえた。
そっと目を開けると、私に覆い被さるような姿勢になった梶野先生の姿がそこにはあった。
「せんせッ!!…ア…ア…」
声を出そうとしたら唐突に右脚に痛みが走った。微かに目線を下へ逸らすと、右足が瓦礫に押しつぶされていた。
「椿姫…いいか…よく聞けよ…」
先生はゆっくりと私の目を見て言った。
「お前は…生きろ…俺が…お前を…ッ!」
そこまで先生が言った時、先生の背の上にあった瓦礫の屑が、先生の頬をかすめた。
「先生…嫌です!私は先生を見殺しになんて!」
すると、先生は私の言葉を遮ってこう言った。
「早乙女に約束したんだ。必ず戻るって…だから安心しろ…椿姫を無事に…助け出したあと…俺もすぐに…」
そう言いかけた時、土の間から眩い光が差し込んだ。
咄嗟に目をつぶった。…開いた時には、目の前には青空があった。
私は何かを目で追った。
「先生…は…せんせッ…はぁ…」
私は声を絞り出して…首を動かせる範囲で先生を探した。
「よし、目を覚ましたぞ!この子を担架に!!」
抱えられた瞬間…視界の端に映った。
身体をブルーシートで覆われて顔だけ覗かせている先生の姿が。
私は右足の痛みも忘れて叫んだ。
「ア…ア゛ア゛ア゛!!!せ"ん"せ"い"!!!せ"ん"せ"ッ"…!!!…せ"ん"せ"え"え"え"ぇ"ぇ"えぇ"え"え"え"!!!!!」
そのまま私は気を失って…
ーーー
…夢が覚めた…
嫌な思い出…思い出したくなかった。
この世でいちばん大嫌いな思い出だ…
私は数秒、天井を見つめたあと、ひとしきり流れた涙の跡を袖で拭き取って。重たい体を起こした。
「私…いつまで見てるんだろ…この夢…。早く…目覚めてよォ…ッ先生…。」
ーーーー
紗倉が喫茶店で倒れた翌日。私は紗倉の様子が気にかかり病院に向かった。病室のドアの前に立った時、賑やかな声が聞こえた。
「あ、そんなことまでしなくていいのに…ほんと、変わんないね、菜白さん。」
紗倉の声…
「いいえ、いいんです。私にはこれくらいしか出来ませんので。やらせてください紗倉さん。」
それに…菜白さんの声…。
私は静かに病室のドアを開けた。
「あ、紫乃~!ほら見て!1日寝たら元気になったよ!」
「こらこら、あまり動くのは良くないって看護師さんも言ってたじゃないですか紗倉さん。」
紗倉が私の方を見て、両腕を伸ばして身体をねじったり上に伸びをしたり、元気な証拠を見せた。その後すぐさま菜白が、紗倉を心配して止めに入る。
「んもぉ…菜白さんは心配性なんだからッ」
私は改めてそう思ったが、それが口に出ていたようで、菜白はムスッとした表情で私を見ていた。
「あ、すいません…口に出るとは思わず…」
「いいですよ。自分でも呆れるくらいの心配性ですから。」
菜白はキッパリとそう言って、ベッドのすぐ横にある椅子に腰掛けた。
「私…今朝、梶野先生の夢をみました」
突如…こんなことを言い出した。
たぶん…あの夢だろう。私は紗倉から聞いていた。菜白が助けられた際、右足を瓦礫によって負傷していたこと、それともうひとつ大事なこと…梶野先生が菜白を瓦礫から庇って守っていた事…そして力尽きて、菜白が助け出された際に崩れた岩に阻まれ窒息した事。菜白は、その後に目覚め、ブルーシートに包まれる瞬間の梶野先生を見た。それが脳裏に焼き付いて、一時期鬱病に悩まされていたのだ。私はそれを思い出し、菜白の話に耳を傾けた。
すると、話に割って入って来るようにして、紗倉が喋った。
「そんな暗い話じゃなくてさ、もっと明るい話をしようよ」
私が紗倉の顔を見るとにっこりと笑っていた。あの笑顔は、全てを悟った笑顔…私はそう感じた。
「そう…ですね、楽しい話をしましょう!」
そこからは他愛もない話をした。何分も何時間も日が暮れるまで、何事も無い、ただ楽しく話をした。
「ふぁ~…やばい…眠くなってきちゃった…」
気づけば夕方の4時半、外は夕暮れになっていた。
「では、私たちはそろそろ帰りましょうか」
「そうですね、夕食の時間もあるだろうし…これ以上長居するのも病院側も迷惑だろうし。」
私たちは荷物を手に取って立ち上がった。
「ねえ、2人とも…明日も来てくれるよね?」
紗倉が唐突に言った。
「決まってるでしょ。絶対来るわよ」
私がそう言うと、コクリと菜白もうなづいた。
「もちろん、今日と同じく一番に来させて頂きます。」
何故か沈黙が響く。
「よかった…これでぐっすり眠れそう。じゃあまたね2人とも!」
紗倉は笑顔でそう言った。
「はい!ではまた明日」
菜白はそう言って先に病室を出ていった。
「じゃあ私も帰るけど、今日と同じように安静にしておきなさいよ?分かったわね?」
私は帰りの挨拶を言う前に、紗倉に念を押した。
「分かってるって!…ねぇ紫乃…明日は一番に来て欲しいなぁ…」
珍しく紗倉はねだってきた。
「私にも仕事が…まぁ…出来るだけ早く来るわよ。」
私がそう言うと、紗倉の顔が一気に明るくなった。
「うん!ありがと!紫乃も疲れたでしょ?早く帰って休んでね!」
「はーい、じゃあまたあしたね紗倉」
私はそう言って病室をあとにした。
私が扉を閉める時まで、紗倉は私に笑顔を向けた。その顔は…今までで一番の笑顔だった。
…
夜中に自分の携帯の着信音に起こされた。
「…あ、はい…もしもし…え!?」
私は上着を羽織って、タクシーを呼んで急いで紗倉の元へ向かった。
病室の中に居たのは、ベッドで横たわる紗倉とその主治医と看護師2人…そして私の連絡の後に遅れてやってきた、菜白の6人だ。
「えぇ…心音、呼吸音の停止、瞳孔の拡大、…対光反射の消失を確認しました…これをもちまして…お亡くなりと…させていただきます…」
気づけば、私の目には大粒の涙が溢れんばかりにあった。
ただただ放心して、目から止まらぬ涙を拭うこともできず…立ち尽くすのみだった…




