第9話 再会の森
「アペルタ、ギリー・バンボン!」
ディーがミユの額に手を触れながら呪文を唱えた。〝隣の扉〟を開くには、その名前と記憶が必要なのだ。
「もう陽が落ちとるでな、足元に気をつけると良い」
何も無い壁に浮かんだ光る扉をディーが開くと、そこは薄暗い森の中だった。
「ありがとう、色々と助かったわ」
「ミユ様、少し重くなりましたが、これを」
リノンが、入るだけの保存食と水を詰めたリュックをミユに手渡した。
「ありがとう、食べて減らすわ」
「ルークス・コンティーヌエ」
ディーがギリーの杖に明かりを灯した。
「それとな、そのままでは心もとないで、これをやろう」
そう言うとディーは、白い花を束ねて作った魔除けの飾りを、ミユが着ているセーラー服の胸元に結びつけた。
「綺麗ねーっ、私に花が咲いてるみたい! ありがとう!」
「親方様、こうしてみるとセーラー服もなかなか良いものですね」
「そうかな」
「そうなの! 最高に可愛い魔法の鎧なんだからっ!」
ミユは大きく膨らんだリュックを背負うと、杖を強く握った。
「それじゃあそろそろ行くわ」
「達者でな」
「ミユ様、お気をつけください」
「また遊びに来るわっ、ありがとう!」
ミユが光る扉を通り抜けると、辺りが急に暗くなった。振り返ってもディーの屋敷はどこにも無い。
「さあ、二人を探さないと!」
ミユは杖を高く掲げ、辺りを照らした。
「ゴルルルル……」
「あれ?」
血の色のような赤い目をした犬の群れが、ミユを囲んでいた。
「犬……じゃなくてオオカミ? ってツノなんかあったっけ……」
オオカミは頭から背中にかけて、鋭いツノが無数に生えている。大きな尻尾は長い棘が集まってできているようで、これが魔物であることに疑いはなかった。
「まさか、この杖が灯台になってるんじゃ……」
しかし魔物の群れは、白い花を嫌っているのかそれ以上ミユに近づこうとはしない。つまり、身につけた白い花が枯れるとミユの人生は終了するのだ。
「早くしないと……えーっと、どっちに行けばいいの……」
杖でどこを照らしても、唸る魔物の群れか生い茂る森の木しか見えない。
「そうだ!」
ミユは木の葉を一枚ちぎって地面に落とした。
「私にもできる! はずっ!」
ギリーの杖を葉に刺して地面に立てると、静かに回り始めた。
「やった! さあギリーちゃんっ、どこにいるのっ?」
言葉通り、灯台のように回る杖は、しかしいつまでも倒れなかった。
「あれ? やり方が悪いの!?」
「グルルルル……」
ミユは恐る恐る身構えると、ギリーの杖を引き抜いた。
「どうしよう……」
するとそのとき、固くゴツゴツとした木の枝がミユの体に巻きついた。
「きゃっ!」
「ミユさん動かないでっ!」
「ミユっ! 枝につかまれっ!」
木の上から聞き慣れた声がした。
「ゔゔゔゔうーーぞの花は臭いがら捨ででぐれんがなー……」
動く枝に吊るされたミユの前には大きな顔があった。
「木が……喋った……」
千年を過ぎて魔力を蓄えたある種の樹木は、ときに動き話すようになると言う。それらはいわゆる森の主として、聖樹または神樹とも呼ばれる。
「ミユさんっ、その白い花は捨ててっ!」
「早くしろっ、落とされるぞっ!」
「ゔゔゔゔゔー……」
「だって、こんなに綺麗なのに……」
ミユはやむなく胸元の花飾りを外すと地面に落とした。すると、集まっていた魔物たちはミユの攻撃と勘違いしたのか、白い花に込められた強い魔力に怯えたためか、暗い森の奥に逃げてしまった。
「ギリー! ブラン!」
森のてっぺんまで吊り上げられたミユは、二人の顔を見るとようやく安心した。
「ミユさん!」
「ミユ!」
ギリーとブランは、今は空家となっている大きな鳥の巣の中で、ミユに向かって腕を伸ばしていた。
〔第9話 再会の森 終〕