第3話 山の洞窟
ゼネラルギルドは二十四時間営業の全商業組合である。人材の登録と紹介、仕事の斡旋、保険の勧誘、成果報酬の支払いまで等々を代行している。求職者の登録や仕事の依頼は基本的には無料で、成功報酬の5パーセントを利益とする仕組みだ。仕事は掲示板に並んだ依頼から探してもいいし、受付で直接相談できれば話が早い。
ミユはギリーとブランが保証人になり、指先から一滴の血を小さな水晶玉に落としてギルドの会員登録を済ませた。
「これがいい!」
見たこともない文字を読めるはずもないミユであったが、掲示板の色褪せた依頼書を全力で指差した。おそらく金額にゼロが一番多く並んでいると思われたからだ。
「バカ言えっ、それは死にに行くようなもんだぞっ」
「ミユさんは〝荊の魔女〟って聞いたことないですか? それは討伐の依頼ですけど絶対に無理です。大昔にこの国の王宮騎士団が全滅しましたよ」
「荊の魔女?」
「暗黒の魔女とか、死喰いの魔女とか言われてるけどな、出会ったら最期だってよ」
「北の山を超えた辺りに大きな城があるんですけど、大昔からそこに住んでて、噂では魔界の王と契約したとかで、不死の力があるそうです」
「古くて色が変わった依頼書はダメだぞ。あまりに危険で誰もやらないから残ったままなんだ。もっと楽なの探さないとな」
ミユは二人の肩をギュッと抱きしめた。
「それじゃ宝探ししかないっしょ!」
ギリーとブランは、掲示板の隅に貼ってある一枚の地図を見つめた。
【ネハリ商会】
迷宮探索、同行案内、道具一式、回復薬も揃えています。
各種ジビエ取扱い、回収も可。宝物は高価買取り!
と、書かれている。宝の地図が掲載された宣伝広告であった。
「ほら笑って!」
〝パシャッ!〟
ミユはスマホで並んだ三人を写した。
「あれっ? ここって圏外なのね」
ギリーとブランにとって、生まれて初めての写真だった。
翌朝、ミユとギリー、ブランの三人は夜明け前に宿を出発すると、期待と共に街外れの山にある鍾乳洞窟に突入した。
『ミユさん、ここは弱い魔物しかいませんけど、スライムでも触っちゃダメですよ、たまに毒を持ってるやつがいるんです』
と、洞窟の入り口でギリーに注意をされたものの、どれだけ歩いてもスライムどころか松明の明かりを反射する目ぼしいものなど一つとして見つからないのであった。
「ちょっとおーーっ、どこまで行ったらお宝が見つかるのよーーっ!」
通路や階段には人の手が加えられているらしく、ミユのおしゃれなローファーでも楽に歩けるのは良かったのだが、さすがに刺激が何もないために飽きてきたのだった。
「これだけ整備されてるってことは、さんざん探索されてる証拠だからな。そう簡単に金になるものなんて見つからないぞ。もっと危険なダンジョンなら別だけどな」
「疲れたあぁぁぁーーーっっ!」
地面にへたり込んだミユの声が、洞窟の高い天井にこだました。
「ねえブラン、ここでお茶にしようよ」
ギリーは魔石がぼんやりと光る杖を床に突き立てると、肩から小さな鞄を降ろした。周りを見ると、あちこちに焚き火の跡が残っている。実は近くに綺麗な湧水が流れているため、ここが休憩にちょうど良い場所になっているのだった。
「じゃあ水を汲んでくるか」
ブランは背負った鞄からホオズキ草で作った水袋を取り出した。
「イグニスッ」
〝ボンッ!〟
燃え残った薪木にギリーが魔法で火をつけた。
「わっ! 便利ねギリーちゃん!」
「えへへっ、まあこれぐらいは」
ちょっと嬉しいギリーだった。
「それじゃあ私はこれで……」
ミユは背負ったリュックの中から、チョコレートクッキーの箱を取り出した。
その頃、洞窟の入り口には街の人々が集まり、用意された祭壇の前で祝詞をあげる伝承神官を見守っていた。
「百年に一度の神事じゃからな、神官さまも張り切っとるな」
祭壇の真ん中にはもみの木で造られた大きな竜の像が祀られている。その両端には、神妙な顔をした二人の巫女が火のついた長い杖を持ち立っている。二人の前に置かれた聖杯には、香気を放つ油がなみなみと注がれている。
伝承神官の長い祝詞が終わると、街の代表である長老が祭壇の前に進み出た。
「あー、みんな朝早くからご苦労様じゃな。さて、危うく忘れてしまうところじゃったが、今年は百年に一度の聖なる年じゃ。言い伝えによると、この洞窟では百年毎に聖霊が訪れて新たな命を生み出すらしい。みんなくれぐれも邪魔をすることがないようにな、決して中に入ってはならんぞ」
「中に入ったらどうなるの」
手をあげて子供が尋ねた。
「うん? そうじゃな、神官さまはご存じですかな」
「そうですね、伝承では聖霊の邪魔をすると、聖なる炎に焼かれてしまうとあります。ですので、今からしばらくの間は絶対に洞窟に入らないようにして下さい」
「と言うことじゃ。我々も早うここから立ち去った方がええな」
伝承神官が結びの祝詞を唱え終わると、二人の巫女が杖の炎を聖杯の油に移してその場を離れた。
〝バキッ! バキンッ!〟
やがて聖杯が音をたて割れ始めると、流れ出た炎が瞬く間に広がり、祭壇は竜の像とともにあっけなく焼け落ちてしまった。洞窟の入り口は、崩れた祭壇で塞がれたのだった。
「シィジールーム……シィジールーム……シィジー……」
最後に伝承神官が結界の呪文で入り口を封印すると、二人の巫女が聖水を撒いて残り火を消し、《立入禁止》と書かれた看板を地面に突き立てた。
「さあみなさん、これで伝承によるお祭りは無事終了しました」
「みんなご苦労様じゃったな。これでもう、誰も洞窟には入らんじゃろう」
〔第3話 山の洞窟 終〕