海外からのお客
ある時、大柄で口周りに髭を生やしている外国人の男がお店に入ってきた。
「いらっしゃいませ! あれ、日本語通じるかしら……」
滅多に外国人のお客さんなど訪れないので、席を案内しようとした美沙も戸惑うが、男性は流暢な日本語を話し、席に座ると生姜焼き定食を注文した。
「店長、外国人のお客さんなんて珍しいですね。うちの生姜焼き定食ってそんなに評判なんでしょうか?」
「まさか、他とそんなに変わらないよ……」
店主はいつもどおり表情を変えずに調理を始める。
「この写真の女性はいらっしゃいますか?」
外国人の男は壁にかけてある先代店主の写真を見て、美沙に話しかける。
「えっと、この方は5年前くらいに亡くなられていまして……」
「そうですか……」
男性は少し寂しそうな表情を見せるが、直ぐに笑みを浮かべ、定食が出てくるのを楽しみだと美沙に伝える。
「その人を知っているんですか?」
厨房で調理をしていた店主は美沙と男性の会話を聞いており、ちょうど出来上がった生姜焼き定食を男性の座っているテーブルに置くと、なぜ男性が祖母のことを知っているのか尋ねた。
「私は30年前にもこのお店に来たことがあるんです。当時は大学生で日本に興味があってどうしても来てみたくて……」
男性は『カーター』という名のカナダ人で30年前に日本に一人旅に来たことがあるとのことだった。
「なぜ、うちの店になんで来たんですか?」
店主は有名でもないこんな定食屋になんでカーターさんがわざわざ訪れたのか不思議に思った。
「泊っているホテルの場所がわからなくて、道を聞こうかとこのお店に入ったのですが、当時はまだ日本語があまり話せなくて、私が腹を空かせて店に入ってきたと勘違いされたみたいで、この女性が生姜焼き定食を食べさせてくれたのです」
「え? すいません、失礼な勘違いをしていたみたいで……」
店主は祖母は良い人間だが思い込みが強い一面があることも知っており、失礼な勘違いをしていたことをカーターさんに詫びる。
「いえいえ、謝られるようなことはされていません。私は異国の地で道に迷って不安で仕方がなかったので、そんな表情を見れば、勘違いされて当然です。それに彼女は私に食事を提供してくれ、ホテルまで送ってくれました。あの時の生姜焼きの美味さは今でも忘れない……」
カーターさんはそう言うと、店主が作った生姜焼きを食べて、笑みを浮かべた。
「美味い! あの時と変わらない! 失礼ですが、彼女が居ないと聞いた時は二度とこの味は食べられないと思っていましたが、彼女が作ってくれた生姜焼きとおんなじ味だ。素晴らしい!」
「いや、生姜焼きなんて余所もそんなに変わらないですよ……」
店主は少し恥ずかしそうにしながらも、いつも通り、余所と変わらないと謙遜する。
「私は外国人向けに日本の旅行サイトを作っています。今まで日本各地の生姜焼きも食べています。そういう点ではあなたたち日本人より生姜焼きにはうるさいですよ! なので、この生姜焼きが美味いというのは確かです!」
カーターさんはそう言うと、店主に笑みを浮かべ、お店の写真や料理の写真を撮り、店主と美沙の写真も撮りたいと言い、二人を並べて写真を撮った。
「30年前はお金を払おうとしたが、うまく日本語が話せず、女店主さんも貧乏学生が変な気を使うな!とか言ってご馳走してくれたのを思い出します……」
(まあ、婆さんはそういうこと言うな……)
店主は苦笑いしながら、祖母の写真に目を向ける。
「もう一度会って、御礼が言いたかったが、残念だ。それでもこの味が受け継がれていてよかった。あなた、お孫さんでしょ?」
「わかりますか?」
「ええ、そっくりですよ。当時の彼女の面影がある……」
カーターさんは生姜焼き定食を完食すると、代金を支払ってお店を出ていく。
「ありがとうございました。またお越しください!」
店主と美沙はお店を出ていくカーターさんに頭を下げる。
「こちらこそ思い出の味に再び出会えて嬉しかった。お孫さん夫婦も頑張るんですよ!」
カーターさんはそう言って、帰って行った。
「お孫さん夫婦……」
店主と美沙はカーターさんが最後に言った「お孫さん夫婦」という言葉を聞いて、顔を見合わせ、赤くなり、気まずそうに仕事に戻る。
これ以降、お店には外国人観光客がよく訪れるようになった。
カーターさんの作っている旅行サイトに「祖母の味を受け継ぎ、最高の生姜焼きを提供してくれる定食屋」として、店主と美沙の写真とともに、お店が紹介されていたのであった。
写真の下には「お店を受け継いだ孫夫婦が昔ながらの生姜焼きを提供してくれる」と書かれている。
外国人観光客がカーターさんのサイトを見せて、生姜焼き定食を注文するたびに、二人が写った写真と孫夫婦という記載が気になり、いつも気恥ずかしくなる店主と美沙なのであった……。