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お盆に訪れた母子

「店長、お盆くらいお休みにすればよかったのに……」


 8月13日~15日はお盆なのでお休みにするお店が多いが、店主はいつもどおり店を開き、美沙は働くのは嫌ではなかったが、店主の体を気遣い少し嫌味っぽくぼやいた。


「……」


 しかし、店主は美沙に返事をすることもなく、厨房で洗い物をしている。


 美沙の言うとおり、お盆休みの影響でお客はいつもに比べて明らかに少ない。


 夜になると店主と二人だけになり、お店の中はつけっぱなしにしているテレビ番組の音だけが鳴り響いている。


 美沙が退屈そうにカウンターで肘をついていると、一組の母子おやこが入ってくる。


「いらっしゃいませ!」


 美沙は席に案内し、メニューを持っていく。


 母親は20代後半から30代前半くらいの年頃で少し悲し気な雰囲気で、子供の方は7歳くらいの男の子だが、二人ともあまり元気はなく、見た感じも頬がこけていて、少し瘦せ過ぎのように見える。


「ご注文はお決まりですか?」


 美沙は二人の静かな雰囲気を見て、逆に元気に話しかける。


「あの……、生姜焼き定食を一ついただけますか? 子供と一緒に食べるので、取り皿もいただけると助かります……」


 母親の声はか細く、美沙は気になったが、注文を聞くと大きな声で「生姜焼き定食お願いします!」と店主に伝える。


「……」


 店主は無言のまま調理を始め、美沙はいつも以上に無言の店主の態度も気になったが、先ほど嫌味を言ったから、機嫌でも悪いのかなと思い、気にせず、お客に水を出す。


 店主が生姜焼き定食を作ると、カウンターに無言で置き、美沙は生姜焼き定食を母子おやこが座るテーブルに運ぶ。


 「はい、生姜焼き定食です。取り皿はこちらに置きますね!」


 美沙がテーブルに生姜焼き定食を置くと、母子おやこは少し笑顔になるが、二人とも生姜焼き定食を眺めるだけで一向に食べようとしない。


「店長、あのお客さん生姜焼き定食を眺めるだけで、食べないんですけどいいんですか?」


 美沙は気になり店主に話しかけるが、店主はニコッと笑みを浮かべ、静かにうなずくだけで気に留めていない。


「お母さん、美味しそうだね」

「そうね、このお店の生姜焼きは美味しかったからね。今日は良い日になったわ……」


 美沙は後ろから聞こえてくる二人の会話を聞いて、振り向くが、二人は先ほどと同じで生姜焼き定食を眺めているだけで、一口も食べていない。


 少し奇妙に思い、美沙は母子おやこに話しかけに行こうとするが、店主が美沙の肩を掴んで静かに首を振る。


 そして、母子おやこの楽しそうな会話がしばらく続くのを美沙は不思議に思ったが、あまり見ると食べづらいと思い、気にしないふりをしてテーブルを拭いたり、洗い物をしていると、常連の後藤さんが夕飯を食べに現れた。


「あら、後藤さん、いらっしゃい!」


「おう、美沙ちゃん、今日は誰も客がいないんだね、二人きりだと、アイツに口説かれないか心配だよ!」


 後藤さんはいつもどおり、冗談を言い、洗い場にいた店主は後藤さんの言ったことに動揺したのか、皿を落とす音が聞こえる。


「え、後藤さん、二人きりじゃないわよ! あそこにお客さんいるじゃない?」


 美沙が母子おやこが座っていたテーブルの方を指さすと、そのテーブルには誰もいなく、テーブルの上には手つかずの生姜焼き定食と取り皿が置いてあるだけだった。


「あれ? さっき、お母さんと小学校一年生くらいの男の子がそこに座っていたのだけど……」


 美沙は幻覚でも見ていたのかと心配になるが、その様子を見ていた後藤さんは笑顔で店主に話しかけた。


「そうか、今日はお盆だしな。ツケでも払いに来たのかな……」


 いつもはふざけたことばかり言う後藤さんが静かにそう呟き、それを聞いた店主も厨房から出てくると、後藤さんと顔を合わせ、こくりと頷く。


「え、どういうこと? な、なんなの?」


 美沙だけが事態を飲み込めず、後藤さんに理由を聞くと、一年前にこのお店の近くである母子おやこが極度の栄養失調で亡くなっていたらしい。


 その母子おやこの家は経済状態がかなり悪かったらしく、ちょうど亡くなる数週間前にこのお店に食事をしに来たが、払えるお金が足りなく、店主がツケにしてあげ、お代はもらわなかったとのことであった。


「でも、なんでこのお店に再び現れたのかしら……」


 美沙が不思議がっていると、店主は母子おやこが座っていた席の生姜焼き定食を下げると、美沙にテーブルの上を指さす。


「え、何これ、お金じゃない……」


 美沙がテーブルを見ると、750円がテーブルの上に置かれていた。


「後藤さんの言う通り、ツケを返しに来たんだよ……。別に返さなくてもよかったのに……」


 店主はそう言って優しく微笑むと、お店の扉を開け、


「ありがとうございました。また、お越しください!」


 と誰も居ない出入り口に頭を下げるのであった。

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