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従業員

 先代の頃から贔屓にしてくれている化粧品メーカーの女社長がテレビの取材でこのお店の生姜焼き定食を紹介してくれた影響でいつもはそんなに混まないお店も行列ができるくらい混みあっていた。


「ダメだ、一人では回しきれない……」


 夜になり常連だけになると、店主は従業員募集の張り紙をするのであった。


 従業員の募集をして2,3日したころ、おでこの辺りにあざのある若い女性が張り紙を見たと言って現れ、このお店で働くこととなった。


「美沙ちゃんは働き者だね~。店長はああいう子を嫁にもらうといいんじゃねぇか?」

「後藤さん、出禁にするよ!」


 店主は常連客にからかわれながらも、一生懸命働いてくれる美沙がいることはとてもありがたかった。


 美沙が従業員として働きだし、1か月が経った頃、お店もようやくテレビの影響もなくなり普段の客の入り具合に戻ってきた。


「ようやく、お店も落ち着いてきたかな……」


 店主が客の入りを見てボソッと呟くと、美沙は寂しそうな顔をしてうつ向く……。


「美沙さん、どうしたの?」


「いえ、お客さんが普段通りに戻ったら、私もここを辞めなきゃいけないかなと思って……」


 店主は美沙の浮かない表情が気になり、お客が少なくなった時間に美沙になんでこのお店で働き続けたいのか理由を聞いてみることにした。


「美沙さんは接客も料理も上手だし、うちなんかで働いてもらうのもったいないくらいだけど、なんでうちで働きたいと思ったの?」


「私、生まれつき顔にあざがあって、子供の頃にバカにされた経験があるせいか、料理は好きで学校にも通ったのですが、自分の中で接客業はムリかなとか、どうしても気にしちゃって、前に踏み出す勇気がでなくて……。でも、このお店は私と店長さんだけですし、なんか働けそうかなとか思ったんで、あの、ごめんなさい、失礼なこと言いましたよね?」


「いや、別に気にしてないというか、俺はむしろ助かっているというか……」


 店主は一生懸命働いてくれる美沙のサポートに本当に感謝していたのと、美沙が来てからお店の雰囲気も明るくなり、なんだか祖母と一緒にお店をやっていた頃のような気持になり、これからも美沙にはお店にいて欲しいと思っていた。


「あの、遠慮なく必要がなくなったら言ってください! 一度は料理店で働いてみたいって夢も叶っちゃいましたし、ここ辞めたら、また会社員やりますし……」


 明るく話してくれるが、どこか寂しそうな表情が気になり、店主はこれからも一緒に働いてほしいと思いながらも、不器用な性格のせいで、なかなかうまく伝えられないでいた。


 美沙が帰り、お店も終わりかけの時間になると、いつもはからかってくる常連客たちが珍しくまじめに店主に話しかけてくる。


「俺たちもあの子がいなくなるのは寂しいな……。お前もあの子に居て欲しいと思っているなら、はっきり伝えた方がいいぞ! ああいういい子は、変に察しもいいから、気を使って自ら辞める理由を考えてきそうだしな。本当はいて欲しいんだろ?」


「……」


 店主はいて欲しいと思ってはいるが、うまく伝える自信がなく、常連客達の話を黙って聞くだけしかできなかった。


 翌日になり、美沙はいつものようにお店に現れ時間まで働くが、夜になり常連客だけになると店主に話があると言って、お店を辞めることの相談をしてくる。


「あの、もういつもどおりの混み具合に戻ったみたいですし、私もまた派遣会社に言って次の会社を探してもらわないといけないかなとか思いまして……」


 美沙は昨晩の常連客達が言ったとおり、自ら店をやめる話を切り出してきた。


「いや、あの、俺は美沙さんが良ければいてもらっても構わないというか……、別に客の入り具合とか関係ないというか……」


 店主はやめて欲しくないと思いながらも、いつもの歯切れの悪さが出て、「お店に居て欲しい」の一言がなかなか言えずに二人の間に沈黙の間ができる。


「店長さんさ、居てもらって構わないじゃなくて、居てもらいたいんだろ? ハッキリ言えよ! イライラするぜ! 俺は美沙ちゃん居なくなったら、この店に飯は食べに来ねぇからな! そうだよな?」


「ああ、俺もこの子が辞めるなら、もうこの店来ねえわ! だって、こんな辛気臭い男が一人で接客する店に来たいと思うか?」


「無愛想だしな! 態度も悪いし! 美沙ちゃん居なかったら、こんな店に来る理由がないしな!」


 二人の話を聞いていた常連客たちが、なんとか店主の背中を押そうと、わざと店の悪口を言いだす。


「あの、美沙さん、お店辞めないでください! これからも、ここで働いてもらえませんか?」


 店主は珍しく頭に巻いている黒いタオルを取り、美沙に頭を下げる。


「えっと、あのいいんですか……」


 本当は働き続けたいと思っていた美沙は自分が必要とされているということに驚き、少し涙目になりながら、店主に聞き返す。


「コイツはね、美沙ちゃんに居て欲しいんだよ! 俺たちが通っているうちはずっと働き続けていいから! このバカがなかなか本音で話さないから、あんたに気を使わせて本当にゴメンな」


「みなさん、ありがとうございます。こんな嬉しいこと言ってもらえたことないので、ごめんなさい、なんて言っていいかわからなくて……」


 美沙は嬉しさのあまり泣き出す。


「よかったね、店長さん、俺たちのおかげだよ! 今日はビール無料ただでもいよな?」

「ダメですよ、金はちゃんと払ってもらいますから……」

「うわ、本当に態度悪いわ……」


 いつもどおりの常連とのかけあいではあるが、店主と常連客の言葉はどこかいつもより柔らかく、この日はいつも以上に店は優しい雰囲気に包まれるのであった。

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