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蟻の王  作者: 八神あき
7/11

斥候

 バエル陥落から二ヶ月——。

 ニッツは女王に命じ、ひたすらに兵力を増やしていた。

 また、自身はラフエル王国の地図を睨み、国の兵力配備を調べ、進行計画を練り上げる。


 一方、王国は戦争状態への突入を宣言。

 王は軍団指揮官を近衛軍団長へ移譲。近衛軍団長ルーシア・フォン・ゼークトは国軍長官となり、予備役を収集。

 国内の防備を固めつつ、自らは近衛軍団を率いてバエル近くの街に前線司令所を開設。継続的に斥候を派遣して敵状を探っていた。


 ×××


 ——満月の照らす夜。

 バエル近郊の森に、10人の兵士が潜んでいた。

 その中のひとりが地面に片膝をつき、目を細め、聴覚を研ぎ澄ませている。

 彼の使い魔は風の精霊。その力を使い、空気の流れを読んで索敵を行っていた。


 部隊の指揮官は30代後半の、精悍な顔つきの兵、ロメルだ。

 風魔法使いの兵士が手をあげる。

「敵です。3体、一体はまっすぐ向かってきます」

「横隊」

 ロメルが命じると、兵たちは敵を正面にして一直線の横隊になる。

 すぐに敵は現れた。ヒュージアント。夜の闇に溶け込む黒い魔物。

 しかし風精霊を使う者には敵の位置ははっきりとわかる。


 彼らは槍を構え、敵の頭を突き刺した。

 戦闘に気づいた二体のヒュージアントがやってくるが、それも串刺しにされる。


 戦闘が終わると、ロメルは星を見て時刻を確認する。

 そろそろ潮時だろう。

「帰隊する」

「「「了解」」」

 兵たちは二列の縦隊に並び替える。警戒を怠ることなく歩き、バエルから5キロほど離れた洞窟にたどり着いた。

 中には10頭の馬。彼らは馬に乗ると、司令所の置かれた街・リュブリャナに向けて鞭を打った。


 ×××


 ちょうど朝日が登るころ、ロメルたちはリュブリャナへと帰り着く。

 部下たちに休息を命じ、ロメルは兜を脱いで司令所へと向かった。


 街を取り囲む城壁の外に、軍団の宿営地がある。

 宿営地は500メートル四方の地域にテントが並ぶだけの空間。テントは碁盤の目状に整然と並び、隙間が綺麗に道となる。

 道端には寝ぼけ眼の兵たちが朝餉(あさげ)の支度をしていた。土で釜戸を作り、配給された小麦と干し肉をいっしょくたに鍋に入れてスープを作っている。

 塩っけのある香りがロメルの鼻をくすぐる。


 偵察は、戦闘以上に体力を消耗する。物音を立てないよう、夜闇に紛れ、一晩中歩き周るのだ。帰隊した時にはもう空腹で腹が鳴り止まない。


 だが今は報告が先。ロメルは無理やり視線を食べ物から逸らし、まっすぐに司令所へ向かう。

 宿営地は南北に二分され、南半分が一兵卒に割り当てられる。

 北半分はさらに三分され、東から、技能兵、士官、衛生兵の地域。

 士官地域の中央のひときわ大きな天幕が司令所だ。


 ロメルが入ると、中は静まり返っていた。ほとんどがまだ寝ているのだろう。いるのは数人の連絡将校と、近衛軍団長のみ。

 ロメルが入ってきたのに気づくや、軍団長は視線をあげる。

「ただいま斥候から戻りました」

 言い、軍団長の前に立つ。


 軍団長、ルーシア・フォン・ゼークトはまだ30代の、この重責にしては若い将だ。

 身長は高く、がっしりとしているがスマートな印象。しかし表情は厳つく、鋭い目をしている。

「ご苦労。どうだった?」

「敵は城外にはほとんどいません。たまに見かけるのもどうやら食糧を探しているだけのようで」

 ゼークトは聞きながら、手元の地図に目を落とす。


 地図には斥候によって得た詳細な地形や、敵状について書き込まれている。

 城外から確認できる限りでも、敵の数は一万を超えている。おそらくは二万、多くても三万には届くまい。

 敵はヒュージアントという、国外の森に住む魔物だ。本来なら脅威のある相手ではないが、今はなぜか大量に発生し、王国へ侵攻してきている。


 その原因は、——おそらくは敵将の少年。

 これを聞いた時はゼークトも驚いたが、一万を超える魔物たちは、たったひとりの少年に操ららているらしい。


 使い魔の契約を交わせるのはひとりにつき一体だけ。

 だが少年はどうやったのか大量の魔物を従えている。特殊な契約か、あるいは使い魔に他の魔物を隷属化する能力でもあるのか。


 ともかく、敵将さえ打てばこの侵攻は終わる可能性が高い。

 近衛軍団は一万。予備役に収集はかけているものの、予備役は一般の生産者でもあるため、戦いで死なせることは極力避けろ、と王から命じられている。

 ゼークトとしては優勢な兵力で押し潰したいのだが、すぐに使えるのは手元の近衛のみ。ヒュージアントは人間と違い、短期間で数が増える。時間が経てばかえって不利になるだけ。


 半数の兵力で戦うなど避けるべきだが、敵将のみを討てばいいのならまだやりようはある。

 ゼークトは再び地図を見て考え、近衛のみで敵を倒すことを決めた。


 ×××


 数日後、ついにニッツは動き始める。

 二万を越えるヒュージアントは黒い大河となってバエルから溢れ出した。


 ニッツが進軍を命じた先はリュブリャナの街。


 バエルの中でヒュージアントの数を増やし、戦争準備を整えている間、敵の斥候がきていることには気づいていた。

 その斥候がリュブリャナから出入りしていることも。


 ニッツの方針は第一に敵軍を壊滅させること。王国全体を占領するには兵力不足だが、敵の兵力をつぶせば、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。

 半日の行軍で街は見えてくる。

 意外なことに敵は街の外に陣をしいていた。てっきり城壁の中にこもって攻撃してくると思っていたのだが。

 予想ははずれたが、やることは同じ。

(あいつら殺して)

 ニッツの念に応じ、ヒュージアントは敵に襲い掛かる。


 敵は二千人ほど。勝敗は見えている。

 敵は馬に乗って突撃してくる。その威力は凄まじく、前列の蟻たちは吹き飛ばされる。

 しかし突撃の威力は最初の一撃だけ。すぐに数の有利が出てくる。

 敵は勝てないと見るや、踵を返して逃げ始めた。馬に乗っているだけあって逃げ足は早い。

(追って。全速力)

 速度をあげると、敵は振り向いて応戦する。しかしやはり勝てないと見て、またすぐに逃げ出す。


 ニッツはここでできる限り敵の兵力を削いでおきたい。逃げる敵に向かい、追撃を命じ続けた。

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