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蟻の王  作者: 八神あき
2/11

魔物

 森の奥深くに、それはいた。

 てらてらと光る牙、真っ黒い岩のような皮膚、獰猛な筋肉の塊。

 黒い鬼、オーガだ。


 生態系の頂点に君臨するオーガは自身より下位の魔物、オークの足を掴んで踊り食いしていた。

 オークが悲鳴をあげながら棍棒を振り回す。棍棒はオーガの肉体にあたるも、鈍い音を立てるだけで痛みすら与えていない。

 オーガはオークの腕を噛みちぎった。泣き喚きながら抵抗するオークの足を引きちぎり、口へと運ぶ。ものの数分でオークは鬼の胃袋の中へと消えた。


 オーガは十匹ほどの群で行動している。一匹でも強力なのに、それが群となれば他の魔物に勝ち目などない。

 それにも関わらず、オーガに近づく愚かものがいる。かさこそと地面を這い回り、木の幹のようなオーガのふくらはぎに噛み付いた。


 ヒュージアントだ。黒い蟻は巨大な顎で鬼の皮膚に食らいついていた。

 オーガはヒュージアントの体を掴み、口元に運んだ。上半身を噛みちぎる。

 堅い殻を噛んでいると、さらに複数のヒュージアントが噛み付いてきた。

 もう食べる気はないので薙ぎ払う。5匹の蟻が消し飛んだ。

 だが5匹払えば10匹の蟻が寄ってくる。だんだんとオーガもいらついてきた。


 ふと周りを見ると、他のオーガたちも蟻に噛みつかれている。

 口の中に残っていた殻を吐き出すと、オーガは蟻を攻撃し始めた。頭を砕き、体をちぎり、丸呑みにする。

 それでも蟻は何処からともなくわいてくる。

 オーガの怒りは激しさを増し、目につく蟻を片っ端から潰していく。十匹ものオーガが地団駄を踏みながら蟻を潰すものだから、ちょっとした地震だ。


 100匹以上も殺されると、ヒュージアントは逃げ始めた。だがもうオーガの怒りは収まらない。こぞって蟻を追いかける。

 オーガは莫大なエネルギーを湛えた筋肉をフル稼働させて走る。追いついたそばから蟻を殺していく。

 十匹、二十匹……もうじき全滅だ。オーガの群は一斉にヒュージアントへ襲い掛かる。


 轟音——そして、足元が崩壊した。


 地面が崩れ、オーガは数十メートルも落下する。

 そこはヒュージアントの巣だ。

 百や二百ではない。千を越える数の蟻がオーガへと殺到する。


 瞬く間に鬼の体は黒い海へ飲み込まれた。さしものオーガもこの数の蟻には抵抗できない。

 オーガたちの死骸は無数の肉塊にちぎられ、ヒュージアントたちに巣の奥へと運ばれていく。


 餌を運ぶ先はもちろん女王のもと。

 美しい女王は運ばれてきた餌を悠々と食す。

 ニッツもまた、女王のそばで食事をしていた。魔物の生肉など食べれないので、果物をちびちびかじっている。


 部屋は女王と、ニッツと、そして大量の卵で埋め尽くされていた。

 本来、ヒュージアントはあまり群を大きくしない。食欲旺盛な巨大蟻は数が増え過ぎれば餌がすぐになくなり、自滅してしまうからだ。


 しかし女王は異常な食欲を発揮し、屈強な魔物を食べ続け、蓄えたエネルギーで卵を産み続けていた。

 それらはすべてニッツの命じたことだ。


 ニッツは女王蟻を使い魔にしてからの半年間、ひたすらに群を大きくしていた。使い魔はひとりの人間に一匹だけだが、女王を配下におけば間接的に他のヒュージアントも操ることができる。


 今やヒュージアントの数は五千を超え、そのすべてがニッツの思い通りに動く兵隊だった。

 目的はただひとつ。

 復讐だ。

 十五年間、自身を蔑み続けた村への復讐。


 ——ニッツは、口が聞けない。体も小さく力仕事もできない。役立たずである自分に生きる価値などない。そんな自分は生かされてもらっているだけで、残飯を食事として与えられ、納屋を寝床として与えられているだけで、感謝すべきであり、殴られようが蹴られようが侮辱されようが、復讐するなど筋違い。

 理屈ではそうなのだろう。わかっている。けれど——


 投げつけられた罵詈雑言は心に刺さっていつまでも残り、何度も何度も蹴飛ばされた背中はひりひりと痛む。


 虐げられるのは嫌だった。

 抵抗する力などなかった。

 けど、今は違う。ニッツには思い通りに動く兵隊がいる。

 五千、これだけあれば十分だ。


 ニッツは女王を通し、ヒュージアントの群に村への移動を命じた。

 蟻たちは巣穴を出ると、黒い洪水となって村へ流れていった。

蟻豆知識② 女王蟻はいい身分?

 蟻はコロニーと呼ばれる集団を形成しています。コロニー内には一匹の女王(蟻の種類によっては女王が複数います)とそれ以外のワーカー(働き蟻)がいます。

 女王というとワーカーに命令してコロニーを運用しているようなイメージを抱いてしまいがちですが、実際には蟻には指揮系統というものがありません。ワーカーは体の大きさや年齢によって仕事が決まっており、また個々の“サボり具合”も決まっています(全員が超働き者だとコロニー全体としての能率は下がる)。

 ワーカーたちは自身の“役割”と“サボり具合”に従っておのおの勝手に行動しています。それで自然とコロニー全体の仕事が回ります。偉い人の指示があっても仕事が回らない組織を作る人間とは大違いですね。

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