第3部 犯人捜し 漏れ出した母殺しの片りん
12**年5月29日 リトアニア大公国・ヴォルタ
*)特別室のポーランド王の息子と王の側室
オレグと大臣が部屋を出て行く。追うようにしてソワレもメイド室へ駆け込むのだが、ひとこと言ってすぐに出て行く。
「三人でいいわ、すぐに来て頂戴。」
「はい、メイド長。」
新旧の10人のメイドはお互いに視線を合わせて立候補を確認する。これはソワレが名指しをしないのが悪い。はい、と返事したメイドは素早く名を告げて一緒になってソワレを追ったのだった。
「もうメイド長ったら、行き先もお告げにならないのですもの。さて、どこに向かえばいいのでしょう。」
一人が聞き耳を立てるがソワレは下品な女ではない。足音は絶対に立てない。
「今日は木靴でしたから聞こえるでしょうか。」
「ソワレさまはもう、布の靴に履き替えてありましたが、確か~……。」
「んもう、はっきりなさい。……聞こえませんわ。大広間でしょう。さ、急ぎますわよ。」
「はい、」
三人はソワレが待つ大広間へ向かった。
ソワレは大広間のポーランドの国王の息子と側室が座っていた席のテーブルを検査していた。何か毒物の残り物でも無いだろうかと、探していたのだった。
「ソワレさま、お待たせいたしました。料理の片付けが先でしょうか。」
「……ソ、メイド長!」
「あ、ごめんなさい。聞こえませんでした。皆さん、お腹が空いていますでしょうからテーブルから片して頂戴。床の掃除よりも神の恵みを先にして下さい。」
「はい、承知いたしました。」
ソワレさまと呼ばれて聞こえないはずは無い。すると、このソワレという名前が偽名なのだろうか。それとも本当に物品の証拠探しに集中していて気づかなかったのだろうか。他にも疑問が残るソワレの行動、大広間に三人しか呼ばなかったのはどうしてだろうか。
「あぁ、そうだ。男に頼んで残飯処理隊を五つほど連れて来させなさい。床は子豚に任せます。」
「えぇ……、はい、すぐに連れて参ります。」
「それから、ここのテーブルだけは私が綺麗に片付けますので、誰も手を出してはいけません。よろしいですね?」
「はい、メイド長!」
暫くして届いた残飯処理の子豚は三頭だった。二頭はすでに息絶えていたという残念な報告がなされた。その三頭も翌日にはバラ園の肥料と化していた。
「子豚の代金は高いですわよ!」
と、怒るソワレが居た。毒を仕込んだのは鵞鳥のゆで卵で間違いなかったと、オレグには報告がなされた。
犯人捜しは終わった。
この特別な部屋とは、二重に造られた壁が存在している。オレグが子供ながらに見つけた壁に70cm程の空間が在る通路のような部屋だった。先は行き止まりなのだから、差し詰め盗聴用の小部屋なのだろう。これはオレグの父親と継母は知らない。見つけた時に喜んで実母に報告したら、
「あらあら、まぁまぁ、あの部屋を見つけたのですね。あそこは有事の際の隠れる小部屋なのよ。オレグももしもの時には隠れて敵をやり過ごしなさいね。でも、この事は誰にも言っては駄目ですよ。」
「え~、なんでなんで。御父様にも内緒にするのですか!」
「はい、父とはいえ元はポーランド国の人ですものね。信じる事は出来ません。それに陛下におかれましては何やら画策している節も見受けられます。」
「お母さま、どうしてですか、お父上に何かあるのですか!」
「いいえ、子供の心配することではありませんよ。でも、な~ぃしょ!!」
「は~い……。」
盗聴用と避難用では大きく意味が異なる。今で思えば母も時々あの小部屋に忍んで父を監視していたに違いない。また、オレグがたまたまこの部屋で無き母を偲んで泣いていた時に、偶然父らの計画を耳にしたのだった。
ここは母の隠れ家と同時に、オレグが母の暗殺の計画が実行されたと、聞き及んだ部屋でもあったのだ。この来賓用の部屋は滅多に使われる事が無かったので、安心して子供心に泣いている事が出来た処でもある。
そこに国王と二人目の妃が来て、先の妃を縊死に見せかけて殺したという事がオレグの父の口から突いて出た。心臓が止まる思いで聞いていたという。
今晩はオレグに代わってデーヴィッドが聞き耳を立てていた。
「デーヴィッド。お前には酷かも知れないが、あの小部屋で二人を監視してはくれないだろうか。……お前には、酷だろうが。」
オレグはひがみでも言いたいのだろう、やや体格の良い大臣に二度も言ったのだから。
「はい、この私にはやや狭くて不自由いたしますが、何とかやりきって見せます。これは、とても陛下には、そうお酒を飲んで居られる陛下には出来ますまい。」
「うるさい、黙れ。俺が隠れたらどうする。すぐに上に下にと、皆が探して回るだろうが。だから、酒は飲んでも飲まなくても関係はない、無いんだ。」
「はいはい、お酒を飲み過ぎましたら寝てしまわれますので、ね~!!」
「行け!」
「はい、承知いたしました。」
オレグとデーヴィッドは執務室で上のような会話をしていた。オレグの自室にはきっと姉妹が控えているはずだから。この来賓室には下の階の部屋の暖炉から入る造りになっている。執務室から出る時に一瞬止まり、気合いを入れて出て行った。
「よっしゃ~!!」
「ふん、何処まででもうるさい性格だな。俺にも嫌みで返して来やがった。」
金勘定を計算するのは、確かに疲れる。頭の毛が抜けるような気もするというからに、このベラルーシ王国はあまり豊かでは無いと感じられる。
「あ~、今晩の飯の代金はどうしたら挽回できようか。民から税金を召し立てるのは簡単だが、俺の心が許さない。」
「あ~~~~~!!!」
多くの金が出て行く時と、飲み過ぎた時のオレグのため息がいつものように口から突いて出てくるのだ。ふと我に返るオレグ、
「誰だ!!……、」
「コンコンコン。ソワレでございます。」
「あ、……入ってくれ。」
「失礼……いたします。……陛下、……お疲れでしょうがここは最後と思われて、私の報告を聞いては下さいませんか。」
「あ、大きな声で叫んでしまった。」
「いいえ、お部屋の前で身だしなみを整えておりましてので、不快なお思いになられました事にお詫び申し上げます。」
オレグはやや不機嫌になって、それもそのはず、大きなため息を聞かれたと考えるだけでも赤面してくる。不機嫌は当たり前か。
「いいいや、構わぬ。」
「陛下、動揺されてありますか?? ……い、が多いのですよ?」
「いいや、これでいいのだ。今日は気を張っていたから疲れたまでだ。気にするな。」
「いいいえ、お付きの者としても、ここは配慮を欠かす訳にはまいりません。」
「そう堅くなるな。それで報告とは、確定なのか。」
「はい、ポーランド王の息子と側室の仕業に間違いございません。貴重な私の肉が天国、いいえバラ園に肥料になってしまいました。」
「六頭の全部か、」
「いいえ、五頭でしたが?……はい、すぐに一頭の行方を捜します。」
ソワレは慌てて執務室を後にした。一頭は誰かが持ち出していたのだった。
「無事でいてくれ、誰も死んではなぬのぞ!」
その日の夜は更けてゆく。大臣もソワレも執務室には来なかった。
12**年5月30日 ベラルーシ王国の王都
*)第二の暗殺計画
「ガッハ!……んん? 誰だ! いて!」
「驚かせて申し訳ございません。デーヴィッドでございます。まだお休みだとはそのう、存じておりましすが早く小耳にお知らせしたくて。」
「分かった、今施錠を解く。待っておれ。」
「はい、すみません。」
オレグは驚いて起きたせいで、思いっきりベッドの柱に頭をぶつけてしまった。起きた処に柱が在るとは、このベッドは欠陥品だと怒る事も出来ない。柱を平手打ちしてベッドから出て、
「いたっ!」
「どうされました!」
「いや、何でも無い。床の花瓶を蹴飛ばしただけだ。??……花瓶??」
「おい、デーヴィッド。鍵は開いているか。」
「はい、失礼いたします。……開いておりますが?……不用心ですぞ。」
「いいや、誰かが入っていたのだ。俺を殺すつもりだったのか!」
「えぇええええ、それは一大事でございます。して、誰が?」
「あら、オレグ。もう起きたのかしら。それとも私が起こしてしまったのかしら。」
「え~と、この床に転がる花瓶はなんだい。」
「はい、バラを生ける為にそこに置いていたのですが、あらあら転がっていますね、どうしてでしょう??」
「ソフィアが? ここに花瓶を置いたのか。」
「はい、すみません。もしや蹴飛ばしたとか、言いますか?」
「いいや、俺ではなくてそこのデーヴィッドが蹴飛ばして俺を驚かせていたのだ。気にするな。」
「あら~、デーヴィッドさま、申し訳ございません。無精いたしましたわ。」
「ソフィアさま、なに私の足など気にされないで下さい。」
「でも、濡れているのはオレグだけれども、どうしてかしら??」
「んもう、お姉さまったら、鈍いのですね。それはお兄さまがお姉さまを庇って嘘を言われましたのよ。本当はね、……。」
「きゃぁ~、オレグ、大丈夫でしたか!」
「デーヴィッド、執務室へ行こうか!」
「……。」
ナイトガウンのオレグに対してデーヴィッドは、『はい、行きましょう。』とはとても言えない。そこには妃のソフィアがいるのだから。
「あら、先に着替えて下さいね。そのままで行くとは言いませんよね。」
「お兄さまは、お姉さまが居ませんとお構いなしですので、すぐに私が抱きつ、」
「いいや、りリー。抱きつかなくてもいいだろうが。昨日とは違うんだ。今はおとなしく従うよ。デーヴィッド、暫く廊下で待っておれ。」
「はい、お待ちしております。」
「陛下~、」
「なんだ騒々しい、ソワレ、朝から走って来るとは何事だ!」
「あっ、デーヴィッド。あ~デーヴィッドさま。大変でございます。陛下は?」
「中だ、どうした。」
「陛下、お着替え中に失礼します。」
と、ソワレはろくに着込んでは居ないオレグとデーヴィッドの手を引いて、執務室へ向かった。
「こら! いくらソワレでも、私、怒りますよ!」
「ソフィアさま、ご容赦下さい。急ぎますので着替えは私で済ませておきます。」
「ソワレ、夫の着替えは妻だけに許されるのですよ。」
「メイドは人には入りません。石や木と同じですわ! ごめんなさ~い!!」
中世ヨローロッパでは、メイドや使用人は人では無かった。男の使用人がいる前でも平気に着替えを行う貴婦人たちだった。そういう意味においては別の意味ででも、ソフィアはソワレを気にしているのだろうか。怒ったのだから。
「んもう、リリー、あのソワレには全く怒る気が失せてしまいますわ。」
「えぇ、そうですよね~。お姉さまはね、ソワレを女だと感じているのですね。私の強敵かしら!」
「リリーまで、私をからかうのではありません。んもう~、泣きたい位です。」
「はいはい、お姉さま。メイドとは何ですか?」
「ただの木偶の坊よ! でも、ソワレは嫌いよ、……。」
昨日の晩餐会の前の着替えでは、五人ものメイドの前でオレグを裸にしている。それとこれとは、どうもソフィアにしたら違う感情らしい。
「さ、また、バラ園へ参りますわよ。ご来賓の皆様へ花束を贈るのでしょう?」
「う~、うん。リリー分かったわよ。」
オレグの寝室に鍵を開けて入ったのは、ソフィアだったのだ。オレグの命を狙って入る賊ではなかった。
「ねぇ、あなた。朝食はどうなるのかしら。」
「はい、ご来賓の皆様には朝食を、お部屋に運ぶ手配になっております。」
「そうなのね、でしたらこのバラの花を添えて頂けますか?」
「はい、畏まりました。……美しいです。」
「まぁ、そうなの!」
うっとりとするソフィアに呆れるリリーだった。
一方オレグの執務室では、
オレグの執務室には数着の着替えが常に準備されている。ソワレは着崩しの服を剥ぎ取る準備をしていた。オレグは二人の顔を交互に見つめる。
「さて、どちらを先に聞こうか。」
デーヴィッドとソワレはお互いを見つめる。
ソワレは、「お着替えが先でしょう。」と言うのだった。
「ならば、デーヴィッドの話が先だな。ソワレは俺の服を準備……しているか、またここで裸になるのだな。」
「はい、パンツまでとは言いませんわ。さ、お早く。」
「デーヴィッド、構わないから始めろ。」
「はい、かなりの夜更けになってワインのアルコールが回ったようで、ついに確信的な言葉が聞こえました。酔っていましたので大きい声でしたよ。内容はこうです。」
「ドミニク、今日の晩餐会はどうして失敗したのでしょうか。」
「はい、バルバラさま。陛下がワクスを面白がってぶちまけたからでしょう。それに止めようとしたメイドが全部の卵を床に落としたからです。」
「そうね、でも、不自然とも思えるのよね。」
「でしょうか、テーブルの上は殆ど落として居ましたから、演技とも考える事が出来ますね。」
「そうね、あの国王は貧乏性なのできっと私たちに振る舞うのが、急に惜しくなったのね。メイドや使用人への食事がいかに少ないかが分かりますわ。」
「はい? 陛下は貧乏性なのですか。あの豚の丸焼きを豪快に切り分けるではありませんか。それの何処が貧乏なのです。」
「骨に残した肉は誰が食べるのですか?」
「はい、使用人たちですがないか……あぁ~、骨付きスペアリブ!!」
「正解です。一番美味しい処は晩餐会には出ませんでした。恐らく自分らの
今日の食事に回すのですわ。」
「残りの卵はテーブルに置いて来ましたが、後はどうなったでしょうね。」
「知りませんわよ、誰かがお城に出てこなければ、そこまでですね。」
「家で頓死扱いですね。」
「そうなるような毒の量でしたから、夜寝ていて死ぬのですから、これ程楽な死に方はありません事よ。」
「もう、バルバラさまは凄すぎます。」
「あらあら、ドミニクだって毒入り卵を誰にも気づかれずにすり替えたのはたいした腕前ですよ。呉々も私と国王には行わないで下さいね。」
「はいはい、分かっております。私は聖女のリリーさまを頂けるのですから、この先も何でも引き受けて差し上げます。」
「ほほほほほhh・・・、なんとういう頼もしいドミニクかしら。」
「陛下、以上でございます。狙われるのは陛下とリリーさまですね。」
「いいや、ソフィアも邪魔だろうから、俺たち全員だな。このお礼はどうしてやろうか。」
「陛下、一人の使用人とその家族の五人が全員死んでおりました。あんなに気を張っていましたのに、とても残念です。申し訳ございません。」
「そうか~、俺の部下たちが死んでしまったのか。残念だ。」
「ソワレ、お前は何を抜かしたのだ。この俺にも話せ。」
「はい、デーヴィッドさま。毒見の子豚の数でございました。私が見た限りでは五頭でしたが、実際には六頭の子豚が居たという事でした。すぐに陛下からご指摘を受けて方々を探しましたが、時すでに遅しで、総員自宅で死亡しておりました~、わ~、オレグさま~お許し下さい~、このお手つきは~絶対に~、わ~、ぐしゅん、お許し~~~~、わ~~~~……。」
ソワレは居たたまれなくて泣き出してしまった。あれ程の自信を持ちながらも被害者を出してしまったという自責の念が、泣き声となって嗚咽となってソワレの口から次々と出てくるのだった。オレグもデーヴィッドもどうすることも出来ずに唯々ソワレが泣き止むのを待つしかなかった。
「デーヴィッド、ソファに寝かせてやれ。」
「はい、陛下。」
「ほら、ソワレ。少し休もうか。もしかして寝ていないのか?」
「う~、はい、一睡もしておりません。見つけたのは明け方近く、皆は健やかな寝顔でしたから、少しは、わ~~~~~~、……。」
「よしよし、ソワレ。今日は自室で休みなさい。後はワシが皆を弔っておくよ。」
「ふぁ~い、デーヴィッド~、お願い~~、わ~~~~~・・・・・。」
オレグはソワレがデーヴィッドを呼び捨てにしていたのを、聞き逃していなかった。前にもあったような気がしたが、ここで質問するのは止めにした。
「デーヴィッド。ソワレは置いて行け。後は俺で何とかする。」
「はい、大事な娘でございますので、よろしくお願いします。」
「どうしてだ?」
「はい、いずれまたの機会に!」
「早う行け。」
「……。」
デーヴィッドはソファで横になるソワレを見てから、執務室を出て行った。
「ソワレとは、デーヴィッドとどのような関係があるのかな。道理でこの城にすんなりとメイド長になれたのも、その関係か。」
「う~ん、陛下、……デーヴィッド……。」
ソワレは一睡もしていなくて、報告が済んで緊張の糸が切れたのか、今では寝言を言っている。
「夢ででも、俺に報告しているのだな。ここはゆっくりと聞いてやるか。」
とはいえ、その後は何も口からは聞けなかった。答えるのは腹の虫の音のグ~だけだったとは、なんともお粗末。
「ここに居てはソフィアも心配するだろう。どれ、改めて着替えを頼むか!」
オレグは自室でソフィアが来るのを待つのだった。同じくオレグも緊張が解れたのか、眠ってしまう。ベッドに横になったらすぐに寝てしまったらしいのだ。残されたソワレは、自然の摂理で目を覚ますも、施錠された部屋からは出られなかった。
「誰か~、陛下~、助けて~、……。」
呻きながら苦痛と空腹に耐えながらも、再度寝て我慢するしかなかった。
「オレグ、オレグ。起きて下さい。もうお昼ですよ、オレグ……。」
「あ、……、あ、ソフィア。起こしてくれたのか。」
「はい、もうお昼ですよ。ソワレはいったい何処で何をしているのです。少し怒っておきませんと。」
「あれはあれで忙しいのだ、暫くはあれの好きにさせておく。気にする必要はないよ。」
「ですが~、オレグの着替えでも出来ていませんから、やはり、怒りませんとなりません。」
「あ??……あ、そうだった。着替えに戻っていたのだ。ソフィア、出してくれないか。一番上等な高価な服がいい。」
「あれでしょうか。あれは、オレグ。悲しい思い出に繋がるから着らないと申していたではありませんか。」
「そうだね、唯一の母の形見みたいな服だからね。後々に身体が大きくなっても着られるように仕立ててあったから、今でも着られるだろう。」
「まぁ、ソワレのような大きな虫が、服に穴を開けていなければよろしいのですが。」
「あ、しまった。ソワレを忘れていた。すぐに見に行かなければ……。」
「なんですか、私よりもソワレが大事なのですか!」
オレグは執務室に鍵を掛けていたのを思い出した。
「今頃、腹を空かせて泣いているだろうか。」
ソワレは、トイレと空腹にさいなまれて苦痛に耐えながらもソファで休んでいたのだった。そうして勢いよく執務室へ入ってきたオレグの顔を見て、さらに泣き出してしまった。
「オレグさま~、もう漏れそうで動けませ~ん。」
「あらあら、まぁまぁ、オレグってヒドイ仕打ちをソワレにしていたのですね。すぐに運んであげますわ。」
そう言ったかと思うとソフィアは、駆け足でベランダに出た。そして、
「リリー、リリー。お願~い、急ぎの頼みなのよ、すぐに来て~!」
と、バラ園の方向を向いてリリーを呼んだ。すると、
「お姉さま、どうされました?」
と、リリーはひょっこりとベランダに現れた。
「はい、ソワレを、そのう~、我慢しているのよ。そ~っと優しく運んでくれないかしら。」
「はいはい、驚いたら漏れるのかしら、それは大変だわ。すぐに運んで差し上げてよ。……ソワレ、覚悟はいいかしら。」
「い、いやです。ここでお漏らしとか、死ぬよりも恥ずかしいです。」
「すぐに済むわ、ゲート!」
「きゃ~~~~!!!」
「ソフィア。あれは初めてだろう? それでただで済むとは思えないな~。」
「いいのです、少しは懲りたがいいのです。」
ソフィアは少し怒っているかのようだった。
「い、いや~~~~~~!!!!。」
「ほれ、もう悲鳴が聞こえて来た。」
「オレグ。紳士は聞こえないふりをするものですよ、分かっていますか!」
「あれは、メイドのターニャだよ。リリーは元よりソワレも上品で悲鳴は、そう……悲鳴は上げないだろう。」
「え?! ぇぇ……。」
ソフィアはオレグのメイドに対する認識を、考えさせられた時だった。(オレグはメイドにですら、人扱いをしているのかしら! そう言えば離宮の警備兵士にさえ気を使っていたのでしたわね。)
すっかりと緊張も解れてしまったオレグ。やはりソフィアには敵わないと思える刹那だった。だが現実は厳しいのだ。ギュンターがデーヴィッドの代わりに、オレグの自室から執務室へと探しに来たのだった。
「陛下? おくつろぎの時に申し訳ありませんが~、……。」
「あ~、ギュンター、お前もか~。」
「いいえ、私はデーヴィッドの代わりでございます。かの者が居ませんので、それで仕方なく。」
「止めた、俺は腹壊して休んでいると言って皆を帰してしまえ。きっと皆は喜んで帰るであろう。」
「それで、その服を着込まれた意味は何処へ行ったのですか?…陛下!…」
「分かったよ、見送りに出る。出るつもりで着たのだから最後位は努めてみせるよ。」
「はい、それでこそ陛下でございます。」
「ソフィア、出来ているからここに居るのだよね。」
「はい、バラのアーチは完成しております。城の門と街門とともに素晴らしいのを二つ。」
「ありがとう、良く頑張ってくれた。この服とバラのアーチを見たら、あの二人はきっと腰を抜かすだろう。」
「それ、どういう意味ですの?」
「いいさ、気にしなくてもいいさ。俺とバルバラのみが知る事さ。」
多分であるが、オレグの母殺害には、バルバラも加担していた節がある。そうオレグは考えている。ここで母の形見のようなオレグの立派な服を見てそれから亡き母が好んだバラのアーチ。これを見て驚いた表情をすれば、それは予感が確信へと変わる一瞬になるのだ。今日という日を子供のように駄々をこまねいていては、すぐに後悔しただろう。オレグの復讐にか欠かす事が出来ないイベントだった。
ポーランド王の息子のドミニクも、バルバラから聞いていたら驚くだろうと、ま、そう思っただけだ。
予想は的中した。見送る城門を通過する時はバルバラは全部下を向いた。同じく街門を通る時も下を向いていたと、帰って来たデーヴィッドから報告を受けたのだ。
「陛下、間違いございませんか。」