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第1部 白いハンカチの木



 12**年5月3日 リトアニア大公国・ヴォルタ



*)白いハンカチの葉


「オレグ陛下、ソフィア王妃さまが見つかりません。」

「また妹と脱走して、市井しせいにまみれて遊んでいるだけだろう。」

「でも問題が……。」


 王宮も昼過ぎてオレグも眠くなるころになる。北欧の夏は短い。青葉がこれ程大きく開くとは思ってもいなかった。特に緑の葉っぱに隠れるようにして花が開くというのはありふれたものだが、樹木に至っては目立たない、地味で控えめな色で咲くものが多い。そんな樹木にも例外があった。それは俺が見たこともない木の特徴を文献で読んだことから、その物語が始まった。


 北欧の夏の気温は一時的とは三十三十度を超える。だが残念なことに王宮の造りが良くない。夏涼しくて冬はより寒くなるというのが普通。そんな残念な王宮に居るのは身体に良くはない。いいはずはないのだ。


「あ、は~! また湖のある別宅かな。あそこの台地は緑と共に白い花が埋め尽くすと聞いたことがあるぞ。」

「陛下、その言いぐさはどうにかなりませんか。」

「なる訳がないだろう、今後もありえない。」


 話を打ち切るがごとく、家臣が述べるであろう提案を先に打ち砕くのが常なのだから。どうせこの家臣も、たまには休暇でその湖畔の離宮で休暇を! と言うつもりだったのだろうが、王のオレグにしてみたらいつもの事であり、些事にすら該当しないというものだ。……その下卑た口のいいようが。


「かように根を詰めて、銀貨を数えることが楽しいのでしょうか。」

「当たり前だろう。他に楽しいことがあるのか?」

「ですから湖畔の離宮に行かれて、のんびりと釣りを楽しまれるとか!」

「その湖で銀貨が釣れるのであれば、行こうかという気にもなるのだが、実際はどうなのだ。」

「はい、虹マスが釣れるように手配いたしております。」

「虹とか銀には興味がない。」

「ですので、今は白いハンカチの季節になりまして、多数の木々に白いハンカチが花開いておりまする。」


 これを聞いた所為なのかは分からない。オレグは黙り込んでしまった。暫くして開いた口からこぼれ出た言葉は、


「そうか、あいつらは朝から出かけたんだな。それは問題だな。そして戻るような気配すら起こさせないこの爽やかな日だまりが、そう感じさせるのか。」

「はい、さようでございます。」


 オレグは執務室の机に張り付いていたのだが、家臣により引き剥がされて今は広く造られたベランダに立っている。横のテーブルにはもう冷え切った紅茶が一客載っている。オレグの視線の先は、少し遠いであろう湖畔の離宮だろうか。


「ワクスになさいますか?」

「そうだな、その方がいい。今日はなんだか暑い日になりそうだ。」

「いいえ、十分に暑い日でございます。」


「だったらメイドに命じて、着替えとバスケットを持たせて馬車で向かわせろ。」

「はい、直ちに!」

「間違いない。」


 オレグは一言そう言った。省略された言葉は『湖畔で間違いない』だろうか。それを察して家臣は、


「はい、直ちに向かわせます。ですので、……。」

「その先は言わなくてもいい。判り切っておる。」


 オレグは家臣の言葉を遮ってしまい、家臣は閉口したのだった。そこに、


「コンコンコン。」

「入りなさい。」

「失礼いたします。ワクスをお持ちいたしました。」


 これを聞いたオレグが言ったのは皮肉か!


「お前、メイドに持たせて廊下に待機させていたのか。少し早すぎはしないか。」


「いいえ、そのようなことはいたしませんし、第一に、」

「気が付かぬのが普通なのだろう、どれ直ぐに頂くとするか。」


 振り向いたオレグが目にしたのはトレンチャーに載ったワクスだったが、すぐメイドに視線を向けた。メイドはやや下を向いて、ベランダまで止まることなく歩み寄り、そうして立ち止まった。


「お前、誰だ。……初めて見るように思うのだが。」

「はい、ソワレと申します。……、……以後、よろしくお願いします。」


 ソワレというメイドが話す途中で一呼吸おいていた。それは王から声が掛けられて緊張したからか、そうしてどのように返答していいか判らずに、名前を答えたがいいのだろうかと、迷ったのかと家臣は感じた。それほどにソワレが一呼吸おいたのが不自然だったらしい。しかし、家臣は執務室に居るのでベランダのソワレの表情は見て取れないのだった。見えるのは、そう、王が少しハッとした表情だけなのだから。メイドは自己紹介のつもりで名前を言っただけだった。だがこのメイドは途轍もない自己紹介を置いて出て行った。


「ソワレ、そこのテーブルに置いて下がりなさい。」

「はい、承知いたしました。では、ここに!」


 ソワレは家臣を背にしてテーブルの前に立ち、軽くお辞儀をしてトレンチャーごとワクスを置いたのだ。マナーとして家臣と王の間の線に入るのはありえない。その仕草を見ていたオレグは、普通は言わない言葉が口から突いて出たのだ。


「ありがとう!」

「えっ!」

「いいえ、どういたしまして。」

「……。」


 『えっ!』と、言ったのは家臣の方だ。『……。』もだが。ありがとうと言う陛下は初めてだったのだから。


 家臣は少しむっとしてしまった。家臣とはいえ王宮では位は高い。その自分に背を向けて王にお辞儀をするというのは、家臣に対して甚だしく不作法に見てとれる。いや、はっきりとした対応の処罰を後程与えるべきなのだろう。


「ギュンター許してやれ。あれはあれでこの俺に気を使っての事だ。忘れろ。」

「しかし、……はい、承知いたしました。メイドには何も言いません。」

「あぁ。そうしてもらいたい。そして、以後は俺の専属で頼む。」


「はぁ~~~~~~~い~~~~!!!!!!!」


 家臣のギュンターは心底驚いて大きな気の抜けた返事をした。そうして考えた。(あのメイド、何かを言ったのでもなく、顔は見えなかったが王様に色目を使う? それは有りえぬか。ならば、……。)


「ギュンター、もういいであろう。俺の勝手を許せ。」

「はい、」


「俺も明日は湖畔に、昼食を摂りに行くから準備いたせ。」

「えええ!! なんと、なんと。……喜んでお供いたします。」


 こうしてソワレの挨拶は完全に王様の意を得たのだった。トレンチャーのワクスの下には、一枚の白いハンカチの葉がコースターのように敷かれていたから。これをどうして家臣に見られないようにしたのかは、その隠された意図に、オレグは最後まで判らなかった。


 白いハンカチの葉の意味が理解出来たのは、そう湖畔の離宮の多数のハンカチの木を見てからだった。男女間の別れとか、上司に贈るのはもっと働けとか? でも違った。


 ソワレのデビューである。


 夕方に戻った姉妹は、ソフィアは、


「オレグ、お昼のバスケットをありがとう。遊び過ぎてお腹はペコペコだったの。妹の分もお礼を言わせてね。湖に落ちましたわ! うふふふ。」

「俺ではない、ギュンターに礼を言ってくれ。」

「もう、申しました。そうしましたら、同じことを言われました。」

「そうだろうな。明日は俺も行く。」

「えぇ、そ、そうなさって下さい。……でも、どうしてですか?」

「近くに在りながらも、一度も足を向けないからか気になるか?……。」

「あ、いえ。なんでもありません。そう、……あの地は!」


 急いでオレグにお礼を言いにきたのか、やや言葉が足りていなかった。第一に湖に落ちたのは妹のリリーであって、報告には誰が”というのが抜けている。お礼とは着替えの事であろうか。



 前の湖畔の離宮は、湖の反対側にある山の麓に建てられたのだ。そこからはこの王宮が湖に写り映えして赤の屋根と白い壁、湖の青と空の青と白。その横には緑の木々が清々しく風に揺れて気持ちがいい。そう、綺麗な眺めが堪能できる。夕日が当たればなおのこと綺麗に見える丘の上の王宮。


 だが、この湖畔でオレグの母は縊死いししていた。第一王妃にも関わらず自害した。オレグの父が次の王妃を娶ったのだが、この二人が画策かくさくして死に追いやったというのが正解だった。前王がどこかに隠していた妾を王妃に据える方法としてだ。


 中世ヨーロッパの王位争いとかは、兄弟や親子で王位を争うとか、普通にありえたのだから。この事実を知ったのはオレグが成人する、二年前の13歳の時だが。その後、オレグは憎しみを耐え続けて15歳の誕生日を過ぎて父親と後妻を事故に見せかけて殺害したのだ。それも同じ湖畔の離宮でだ。



 だからこの離宮はオレグが王位に就いて直ぐに放火して焼いてしまった。家臣らは先の王妃と共にご両親も亡くなられたから、いい思い出にならないからと、焼き払ったのは当然か、と同情も誘わせて。そうして二年後に今の地に離宮を建てさせたのだった。だが、完成しても落成式には不参加。ちょっとした王宮の催しものにも当然のごとく参加しなかった。だから一度も足を運んだ事がないのだ。


『あぁ、先月の28日は母の命日か!』


 白いハンカチの葉は、それを意味していたと、オレグはこの離宮に来て思いついた。メイドのソワレにしてみれば、王様の予定など判りはしない。だから、この離宮に足を運んでもらうという確証もなかった。いや、オレグにしてみたら昨日にこの白い葉を見た瞬間に頭をよぎったために、メイドに『お前は誰だ』と、問うたのかも知れない。


 このハンカチの木はオレグが興味を持ち、取り寄せて開花させた。そしてオレグの母がとても喜んだという事実を残して。翌年の開花を待たずに母は殺された。



 今は昔。最初の木は燃えてしまって、今は複数の小ぶりな木を取り寄せた植木。



 ギュンターは今年もハンカチの木の花が咲いたので、いの一番に知らせに来たのだと、オレグはようやく理解した。しかしソワレがこの家臣に見えないようにした事実が判らない。ギュンターは、父が何処かの子爵か男爵家から引き抜ぬいた優秀な人材だ。王宮の事はギュンターに訊け、という感じだ。ただし、王宮騎士団には関与させてはいなかった。今も昔も、




*)湖畔の離宮



「お兄さま、早く、早く。お姉さまが首を長くしてお待ちですわ。」

「おや、リリーの首も長くなっていないか~?」

「まぁ、イヤだ。恥ずかしいでしょう?」


 ソフィアはオレグの妻で王妃。19歳になる。17歳で嫁いできたが晩婚だと方々から言われていた。最近は、いや去年からは言われていないようだ。言われたからと、いちいち夫に言うのは間違っている。妹のリリーまでも王宮に入って来たのには理由がある。リリーは16歳になった。二人とも色白で可愛い。そのように物語を進めるのは、黄色人種のみ? だが違うだろうか、白雪姫もしかり。


「オレグ、今日は金貨を釣りに来たのでしょう?」

「いくらなんでも金貨は釣れないだろう、金貨で、釣るのだから。」

「糸の先に金貨が在れば、同じですわ!」

「おうおう、ソフィアにはそう見えるのか、まぁ~事実だからな。」

「まぁ、可笑しい。お兄さまったら!」

 二人の会話を聞いて笑うリリーだった。屈託のないいい大人の女になっていた。


「リリー。『お前までまでここに連れてきて良かったのだろうか!』と、俺は常々自問しているのだがな~。」

「はい、お姉さまと一緒に過ごせますので幸せですよ。でも、お兄さまの第二夫人には絶対になりません。」

「それはそうだろう、そうなったらソフィアが黙ってはいないし。」

「オレグ、それはどういう意味ですか。私は、そのう、構いません…です……。」


 先細りした言い方は、ソフィアが恥ずかしいという意味になるのだが、王妃の座は死守する気はないらしい。


「だぁ~って、可愛い妹ですもの。」


「陛下、早くお昼のおご馳走を釣って下さい。」

「そうせかすな。いくら王宮の食事よりも安全だからと言うのは理解はできる。だが、魚にも都合があるだろうし、今日はお昼寝かも……。」

「また、そのようなみょうちくりんな!」

「ブドウの枝は用意しているのか。」

「はい、32本ほど、……。」

「それ、多すぎないか。この湖には5匹くらいが泳いでいるだけだろう。」

「いいえ、50匹でございます。それを32匹釣って頂きます。」

「こんな四角に仕切った網に50匹も!」

「そ、そのような下卑た言い方はもう、おやめ下さい。手の内を晒さないで下さいませんか。奥さまから私が笑われてしまいます。」

「もう、十分に笑われているのだが、いいのか。」

「良くはありません。でしたら、私が釣りあげます。」

「いや、ここは二人に任せよう。料理人を二人付けてやってくれ。」

「はい、呼んでおります。……ワルス、サワ、頼んだぞ。」

「ソフィア、リリー。水に落ちるなよ。着替えは用意されてはあるだろうがな!」

「まぁ、失礼しちゃう。」

「そうですよ~、お姉さまは良くても、私には失礼ですよ~!」

「まぁ、リリーったら、また泳ぎたいのですね!」

「キャッ!」


「王妃さま、これは、王妃さまのネックレスを少し切りまして、釣り針を結んだものです。」

「まぁ、良くできていますね、これでオスのニジマスを釣り上げるのですね?」

「……、……。」

「いいえ、お姉さま。このキラキラで若い娘のマスを釣るのです。」

「むぎゅ! ……、……。」


 ワルスとサワには、この二人に返事すらも出来なかった。池の仕切りに入れられてはや20日間、餌を貰っていない。ニジマスはどんどん釣れていた。



 オレグは臣下を連れて湖を散策した。


「今日はギュンターが来るはずではなかったのか。」

「はい、さように聞き及んでおりましたが、急に行けなくなったから、私に行って欲しいと、夜の夜中に連絡が入りました。」


「そうか、随分と急だったのだな、どうしたのだろうか。俺が居ないのでへそ出して寝ているとか、」


「いいえ、けっしてそのような。」

「奴に弁護は要らぬぞ。ちくったりしないからな。」

「告げ口はどうでもよろしいのですが、あのギュンターさまにはお気をお付け下さい。良からぬ噂がございます。」

「なんだ、それ!」

「はい、巫女を呼んで祈祷させているとか!」

「それは物騒だな、で、何をする気なのかな。」

「まぁ、なにを暢気な。……、お世継ぎ、……。」

「あぁ、そう、・・・今なんと!」

「お子様のご心配でございます。ですので、今晩は寝所を共にされて下さい。」

「そうだよな。俺はいつも遅いから、寝室にたどりつけないな~!」


 ここの王は疲れたといいながら隣室で寝る事が多いと、家臣からはいつも注意を受けているのだ。




*)王宮の大騒動と、する宣言(臨時挿入閑話)


 ここではギュンターの声が飛び交っていた。石工と大工、家具職人が総出で働かされていた。


「工期は半日、陛下がお帰りなる前に完了させるのですぞ。」

「ギュンターさま、それは無理でございます。」

「そんなことは理解しておる。ドアと窓とカーテン。それと大きいベッドが在ればそれでいい。後は後日で構わない。」


 それは、執務室の突き当りの書庫だった部屋である。ここを静かに丁寧に物を運び出して清掃させた。今日は思いっきり大きい音をたてて、壁を壊し、ドアを取り付けいる。外壁を壊し、窓を作っている。下からはベランダを造っている。


「ここを第二の寝室にする!」……宣言だ。


 今までちまちまと片付けていただけだったから、思いもしなかったのだ。王様の居ない間に工事をすればいい、ということを! 『それが、今日という日だ。』




 再び湖畔の続き。



 オレグは仕事人間として生まれたのか、銀貨を数えるのが日課となっていた。治水工事に銀貨1,000枚。道路拡張に銀貨500枚。この春のライ麦の収穫で得る銀貨が、さ~て、お天気次第なのだが~、と、収支の計算なのだ。銀貨を数えるというのは、当たっていよう。そういうオレグがここに離宮を銀貨一万枚を出して建設した意味が理解できない。しかし、大臣たちは造れ、造れ~、子を作れ~、うるさいので建設させたのだった。大臣らにしてみれば、目的が手段になってしまった感はあるが、本当の目的は奥手の夫婦の営みにあった。こんな事には気づきもしない。夫婦と妹も。まだ若い”というあかしなのか。



 ハンカチの木は、日本では馴染みが少ないかもしれない。ここ西洋に至っては奇跡のようなものだった。中国原産の高木で、標高が2,000mの山地に自生している。(白いものは花弁ではなくて葉に分類される。北欧に渡ったのかは架空。)


「オシップにはここの管理を任せっぱなしですまない。初めて来たのだが、とても気に入ったよ、ありがとう。」

「なにを申せられますか、このような私にお礼などと、おこがましいです。」

「そう言うな、お前だって大切な臣下のひとりなのだから。」

「ありがとうございます。来年もまたきれいな花を咲かさせますので、是非お出で下さい。」

「あぁ、そうさせて頂くよ。私の庭でもあるのだから。特にギュンターにはそう

 報告をしておこう。」

「それは、……あ、はい、よろしくお願いします。」


 オレグがギュンターの名前を出したのには意味がある。この別荘、いや離宮はやや手を抜いた箇所が存在する。離宮から見える範囲は手が行き届いてはいる。だが、その実、全部の管理は出来ていない。予算、特に人員が不足しているのだと判断したのだった。それでオレグは大蔵省のギュンターの名前を出した。そのギュンターに毎年行くから、と言えば、予算は倍増するのは目に見えている。それでオシップはありがとうございます、と、頭を下げたのだ。オレグはそれについて返事はしない、妥当ではないからだ。



「もう一周したのか!」

「はい、見える範囲は広いのですが利用しているのは、僅かでございますから。」

 

 遠くから姉妹の黄色い声と、慌てふためく夫婦の料理人の声が聞こえてきたのだ。


「あいつら、料理人に迷惑を掛けやがって、」

「いえいえ、それが私たちの仕事ですから、お気にされる必要はございません。」

「いや、そういうものだろうが、違うだろう。」


 オレグは木陰を回れば東屋のある湖畔に着くのが判っている。だからその先の方を見ながら進むと一人のメイドが目に入った。同じようにメイドも自分に気づいて直ぐにお辞儀をしていた。それも、やや長くであった。オレグは直ぐに顔を上げるのだろうと思ってメイドの頭に視線を落としていたが、期待外れであった。そう頭を上げないのだ。


「あのメイドはソワレだろうか。」

「はい、存じませんが、初めて見るかと思います。」

「ならばそうだろう。では、何しに来たのかな。」

「はい、食材の配達と給仕でしょう。他に居るのは厨房の者たちだけですので。また、メイドは一人で十分とも思います。」

「そうだな、余計な人員は無駄になるな。」


「お帰りなさいませ。」

「あぁ、」


 ソワレはオレグが近づいてようやく頭を上げて、ひとこと言っただけだった。オレグが近づくまで辛抱強く頭を下げ続けていたのだ。オレグが返すのも一言。


「お兄さま、これ! 見て下さい、こんなにたくさん。」

「お帰りなさいませ。」


 キャッキャ言いながら、オレグが帰って来たのにも気づかない二人だった。続けて料理人らが、『お帰りなさいませ、』と言って頭を下げるのだった。


「オレグ、明日の分まで用意いたしましたわ!」

「ほほう、ソフィアに負けたニジマスが居たのか!」

「はい、食いしん坊のオスばかりですわ!」

「??……、オス??」

「はい、リリーには若いメスばかりだとか!」

「??……、それ、逆だろう。」

「まぁ、……でも、そうですわね。殿方から見れば!」


 料理人はかしこまりながらも急いでニジマスに串を通している。途中からは二人になった。ワルスが串に刺したニジマスを10本、皿に入れてオレグの前に持ってきた。そして一言。


「お願いします。」


 オシップは失礼な料理人だと思ったのか、『こらこら、王様に毒見をさせるのか!』と、慌ててワルスに言い寄った。だがワルスは動じることはなかった。


「オシップ、この魚は俺が焼くのだ、それで塩コショウを見るように差し出されたのだから、怒るでない。」

「陛下がですか!……まぁ、なんとも。……はい。失礼いたしました。」


 オシップはオレグが調理するとは、隕石が降っても思いもしない、誰も考えも出来ないことだろう。オレグはニタニタと笑いながらそのオシップを宥めている。オレグの目は皿に盛ったニジマスに向いていた。この様子が可笑しいので、料理人は笑いたくとも笑えない、苦痛に満ちた笑いを腹に押し込めるのが精一杯だった。


「まぁ、お兄さま、お趣味がよろしくありませんわ!」

「そうなんでしょうか、臣下を可愛がるいい夫だと思いますが、」

「お姉さま、見る視点がずれておいでですわよ。それはご夫婦の時だけでお願いします。ここは王宮でなくてもまだ離宮ですのよ。」

「リリー、そうたくさんの言葉を並べてソフィアを苛めないでくれないか。俺にとってはとても頼りがいのある妻なのだから。」

「だあって、私が面倒みないと、とてもつまらないお姉さまですのよ?」

「だったらリリーが最高の女だってか?」

「もち、ろんですわ。『おっとりの姉にこの私あり、』ですもの。」

「ワハハハハ……。」


 もう、先ほどから居たたまれない料理人だけでなく、オシップも含めて大笑いになったが、ソワレだけは目頭だけで笑ったようだった。




*)昼食会


 オレグがニジマスを焼いていて、料理人とソワレが忙しく立ち振る舞っていた。


「陛下~、陛下~!」


 と、遠くから呼んでいるのは、来ないはずのギュンターだった。それに、護衛の兵士が三名。着くなり開口一番、


「オシップ、護衛も付けないでどうしたのだ!」

「も、申し訳ありません。今後は確実に。」

「もう、よい。だが次回はないぞ。」

「ギュンター、ここは離れてはいるが、王宮なのだから良いではないか。」

「ですが、街門がいもんを出ております。いくらなんでも許容は出来ません。」

(街門とは、街を壁で囲んだ場合その出入りする門の事。街の出入り口になる。)


「あ、それは俺が悪かった。今後は護衛とギュンターも連れて行くよ。」

「私はどうでもよろしいのです。ですが、このような楽しい場所には是非とも!」

「まぁ、ギュンターったら可笑しい!」

「はは、さようでございましょうか。何分、陛下が外出なさらないもので、私から城下に出るのはさすがに気が引けまして。」

「いいえ、全然。」

「そ、それは王妃さまが、わる……。」(悪いのです)

「ギュンターは、最後まで言えないのね。」

「言わないだけです。こころでは毎日のように王妃さまに対して呟いております。」

「わぉ、言ってくれるじゃないの。」

「はい、お褒め、ありがとうございます。」

「ソフィア、防波堤になってくれてありがとう。もう、津波も引くだろう。」

「わ、私が津波ですか! 言いえて妙でございます。はい、兵士を連れて参りましたので、津波は沖に帰ります。まだまだ今日は忙しいもので!」

「そうか、残念だな。」

「はい、ですので、一本は戴きます。」

「二本でもいいぞ。」

「はい、昼食抜きで励んでおりますので、もう三本を! と、ワクスを一杯。」


 ワクスを運んだのはソワレだった。そうして大臣の耳元で小さく囁いた。


「護衛なら見えない処に5人を待機させております。」

「え!」


 目を点にしたギュンター。少しの間黙り込んだ。そうして察した。木偶でくは不要!


「では、陛下。楽しい休日をお過ごし下さい。無粋な兵士は私の護衛ですので、連れ帰らせて頂きます。」

「ギュンターは大蔵大臣なのだから当然だろう。」

「陛下~、もっと危機感をお持ち下さいよ~! 陛下は少し家臣を可愛がり過ぎですので、もっと王の威厳をですね、も……。」

「その先は耳タコだから、言わなくていい。」


 ギュンターは右手を振って兵士に帰る合図を送った。兵士は終始無言で立っていた。『おう、とても美味しいですぞ!』という右手には串が一本。残りは兵士の右手だった。


「あんなのがそばに三人も、居られたら堪るものか!」

「はい、ごもっともでございます。」

「生煮えでしたが、大丈夫でしょうか。」

「餌のミミズが旨いだろうて!」



「お兄さま、リリーにも早く下さい。」

「魚なら5匹は焼いてやっただろうが。」

「いいえ、7匹です。可愛いのでつい食べてしまいました。いいえ、違います、お肉の事です。お姉さまばっかりに分けている感じです。」

「いいえ、事実でございます。陛下には今日にでも目的を達成して戴きたいのです。ですので聖女さまにはご辛抱を!」

「そんなのつまんな~い。オレグお兄さま~!」

「オシップ。ワクスの与えすぎだ、自重してくれないか。」

「いいえ、あれほどに大声でお遊びになられましたので、喉の渇きは相当だと? 思います。それにお魚の数が多いので、岩塩も相当な量をお口に入りましたでしょうか。」

「ふ~む、それはいかんな。まずいな。」

「いいえ、とても美味しいです。」


 とんちで返すソフィアは天然なのだろう。それに引き替え超が付くほど現実的なお嬢様がリリーで、別名、聖女さまとも呼ばれている。物事に欲のないソフィアは損して、現実的で要求が多いリリーは得なのだろうか。オレグに至っては金の猛者と自分では揶揄している。だからギュンターには受けがいい。いつも白いハンカチが贈られている。オレグには意味不明なのだが、ギュンターには大いに意味のある贈り物らしい。(部下が上司にハンカチを贈る意味は、もっと働け!だそうです)


「陛下、こちらを聖女さまには焼いて戴きたいのですが。」


 本日、二つ目の言葉になったソワレ。そのソワレが出した物は、白い果実の、そうリンゴだった。


「これ、焼いて食べるものなのか!」

「はい、美容と健康にとてもとても有効でございます。後程陛下にも召し上がって戴きます。」


 ソワレの言う美容と健康とは、リリーに向けた口上なのだとは理解できる。そうして焼き網に載せられたリンゴはオレグが焼いていたが、男の力の所為かポロポロと崩れていくのだった。


「ソワレ。」

「はい、承知いたしました。」

 

 ソワレは木の枝、先を平たく削ったもので、上手に掴んで裏返している。それを見つめる6つの目。いや、オシップを含めると8つになるのか。十分に焼けたリンゴは茶色の飴色になった。これとは別に黒パンを焼いていた。そのパンは薄く切られている。


「さぁ、聖女さま。出来上がりました。とても美味しいですよ。いくらでもありますので、たくさんお召し上がり下さい。」

「えぇ、ソワレ。ありがとう。……わ~! これ、すごく美味しい!!」

「え、ホント。私にも頂戴!」

 

 ソワレは目じりで笑ってソフィアの分を手早く作り上げる。


「さ、王妃さま、熱いですので焼けどにはご注意下さい。」

「あ、はい。……はい、とても美味しいです。こちらがお肉よりも好きになりました。ソワレ、次回もお願いします。」

「はい、畏まりました。ですが、毎日お出しする予定です。よろしいですか?」

「ええ!! 毎日、でしょうか。本当に……。」

「はい、陛下には後程ご了承を戴きますので、ご安心下さいませ。」


 オレグにはこのソワレがただのメイドには思えなくなってしまった。そう思ってソワレを見ていたら、隅っこでたくさんの細切れの黒パンを焼いていた。と、少しばかりの肉もだった。オレグはいささか不信に思えたが、黙って見届けようと思い注視することにした。ソワレはその後も二人にはリンゴを焼いてパンに載せて差しだしている。もう十分食べたであろうと判断したのか、今度は先ほどの細切れの黒パンを皿に盛っている。細切れのパンとは、二人の姫に出された黒パンの、硬い部分、通称パンの耳だ。山盛りのパンの耳は少量の肉と共に三皿に盛られた。


「ワルスさま、これ、頂いていきます。」

「あぁ、遅くなったと口添えを頼む。」

「はい、ありがとう存じます。きっと皆も喜ぶでしょう。」

「あ、冷めないうちに早くな!」

「はい、ありがとうございます。」


 そう言ってソワレは木々の陰に隠れてしまった。だが直ぐに姿を見せたと思ったら、対角上の木立の陰に隠れた。そうして直ぐに表れたソワレの手には、一皿しか持っていなかった。この皿はほかの二皿に比して少ないのだった。そうして、遥か遠くの、離宮の入り口の方に歩いて行って見えなくなった。


 オレグは少し考えた。そうして導き出したのが、護衛の昼食だった。犬に与えるとか、一瞬考えた自分が恥ずかしいと、改めて情けない自分が居たのだと思ってしまった。ソワレはやや少しして戻ってきた。そうしてワルスにお礼を言った。オレグとして、いや王として、一言を掛けたいと思って、


「ご苦労だった。」

「え! あ、はい。勝手なことをいたしまてすみません。以後は別な方法で、いい、」

「いや、あれでいい。俺には感謝しかないのだ。文句は言えないよ。」

「はい、あ、ありがとうございます。」


 そう言ったソワレの目じりには少し潤んでいたようだ。次は陛下とその侍従とばかりにたくさんのリンゴを焼きだした。一度に焼く量としたら、それは多すぎる程の量になる。リンゴばかりではないのだ。もれなく黒パンに載って出されるのだから。(こいつ、動揺しているのか!)と、オレグは感じた。


 当時の領主は黒パンが普通だった。そうして毎食の黒パンは貴族の取り皿に利用されていた。取り皿の黒パンには当然お肉の汁とかが付着して味がしみ込む。それらの黒パンは恵みとして、使用人やメイドの食事となるのだ。翻って国の王族は黒パンを食べない。肉の料理が普通なのだが、高級な小麦粉で焼いた白パンが出ることも多かった。他はスープだったりだが。だから王宮では残ったパンや肉は捨てられていた。


 だがオレグは公爵、王さまなのだから黒パンはありえない。それでもあえて食べる貴族も少しは存在していたという。銀貨を数える堅実家なのだ。オレグは一切の贅沢はしない主義だった。家族の時はだが。これがひとたびどこそこの貴族が来れば普通に貴族らしく、大きな肉の塊を焼いて出している。


「陛下、骨に残す肉が多すぎます。」

「あ、これが俺流なのだ、気にするな。贅沢、ぜいたく。」


 と、いつも言われては言い返していた。もちろん残る肉は全部下々に分け与えられるのだが。大きい豚の丸焼に比して等分にされて皿に載るころには、『さらに小さくなるのが不思議だ、』と、よく陰口をたたかれていた。オレグの捌くテーブルの下には、大きいバケツでも置いてあったのだろうか。口癖の贅沢とは、聞く方が、『陛下は贅沢だ!』と思えればそれでいいのだ。客に贅沢をさせるのは惜しいのだろうか、謎である。陰口かげぐちも高い評価の一つらしい。



 オレグの帰りがまだまだ先になると踏んだギュンターは、王宮の大騒動にさらに発破を掛ける。


「皆の者、陛下の為に死ぬ気で働け、陛下の帰りは夕方だ~!」

「大臣さま~、これ以上は無理です~。」


「ふむふむ、離宮を訪問して正解だったわい。」


 とりあえずの寝室は出来上がってしまった。改造とはいうものの、レンガを外してまたレンガを積んでいくだけで壊した壁は元のように出来る。ただし、隙間は沢山残っただろうが……。




 国王のオレグをソフィアが呼ぶ場合、陛下と言うのだろうが、他の面々と

混合しますので、あえて、オレグと言わせています。


 今回の物語は大河ドラマ以上の、数倍もの難しいようです。歴史もさること

ながら、国と国の関係がものすごく複雑で、手に負えません。


 沢山の登場人物にはとても考える事は出来そうもありません。

各部各部で人物を登場させて、使い捨てにするしかなさそうです。

使い捨て、そう都度に死んで頂きますか!!??

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