165 エピローグ
「……知らない天井だ」
目が覚めた時、そこは病室だった。
なぜこんなところに俺はいるのか?
記憶をさかのぼろうとした時、声がした。
「おはようございます、天音さん」
「……え?」
顔だけで横に向く。
するとそこにはクレアが座っており、リンゴの皮をむいていた。
ウサギではなく、ウルフんの形をしている。
器用だな――って、違う!
「皆は!? 皆は無事なのか――ッつ!」
ここに至るまでの経緯を思い出し、クレアに尋ねようとした時。
体中に激痛が走り、ベッドの中に落ちる。
それを見たクレアが慌てた様子で言った。
「落ち着いてください、天音さん。天音さんの体は今ボロボロなので、動いてはいけません。それから皆さんも無事ですよ。天音さんのおかげで」
「……よかった」
俺はどうやら皆を守り切れたみたいだ。
ホッと胸を撫でおろす。
ところで、
「俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「3日ほどです」
「3日!?」
想像以上に眠っていたようだ。というか、
「いつ起きるか分からないのに、リンゴを剥いてたのか?」
「いずれにせよ、お見舞いに来た由衣さんたちが食べて帰るので、まあいいかなと」
由衣たちは見舞いに来れるほど元気らしい。
なら、まあ、いいか。
それじゃ、そろそろ本題に入ろう。
「あの後、どうなったか聞いてもいいか?」
「はい。ダンジョン消滅後、念のため全員が病院で検査を受けました。強い魔力を浴びて気絶していた一般の方々も、もう元気になっています」
「そうか。それで、アイツについては……」
「……カインと名乗る男と異世界の存在については、冒険者協会に報告しました。事情が事情ですので、世間一般に公表するのはタイミングを見計らってからになります。それまでは一部の上位冒険者のみに伝えられるとか」
「まあ、そりゃそうなるよな」
ダンジョンに関して、俺たちはまだ知らないことだらけで。
世界規模で手探り状態といってもいい。
そんな中、異世界や意図的に自分たちの命を脅かそうとする存在がいることが判明すれば、世界は混乱に陥るだろう。
「こちらからも一つ、天音さんにお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ」
「あの後、天音さんが氷葬剣を使用したと零さんたちから聞きました。それは本当ですか?」
「本当だな。というか、あの剣のおかげで助かったんだよ。あの剣から供給される魔力がなかったら、MP切れを起こしてただろうしな」
「――――えっ?」
ここでなぜか、クレアは目を丸くする。
えっと、何かまずいことを言ったか?
「もしかして、あの剣を勝手に使ったのはまずかったか?」
「い、いえ。あれが天音さんの力になったのなら、それに越したことはありません。お気になさらず」
「? わかった」
正直かなり気になったが、あまり訊いてほしくはなさそうだったので、やめておくことにする。
最低限、いま話し合っておかなければならないことが終わり、俺たちの間を静寂が支配する。
ゆったりとした時間が流れる中……不意に、クレアは切り出した。
「天音さん」
「ん?」
名前を呼ばれたため、彼女の顔を見る。
そして俺は言葉を失った。
どこか悲しげで儚い、それでいて美しいその笑みに、思わず見惚れてしまったから。
「本当にありがとうございます。今回の一件、あなたがいなければ皆を救うことは叶いませんでした」
「それは、クレアが礼を言うことなのか?」
「……確かに違うかもしれません。それでも、言わなければと思ったんです」
その物憂げな表情を見て、俺は一週間前のことを思い出す。
カフェで見た彼女の姿に、とても似ていた。
あの日、彼女は言った。
全てを守ることが自分の使命だと。
それを成し遂げられなかった自分を不甲斐なく感じ、代わりに皆を守った俺に感謝しているのかもしれない。
そう考えるなら辻褄は合う。
だけど俺は、その姿に何か違和感を覚えた。
それを確かめなければならない気がした。
「クレア――」
「さて。これ以上、私がここにいても迷惑になりますね。そろそろ退室しようかと思います」
だけどそれを尋ねるより早く、クレアは立ち上がると、俺に背を向ける。
それを見て、俺は彼女がイフリートを一瞬で倒した時の背中を思い出した。
誰よりも強かったはずの背中が、自らの弱さを悔いる今の彼女と、なぜか重なって見えた。
俺はそれが、どうしても気になって仕方なかった。
もし、仮に。
クレアが言う使命とやらが、たった一人で全てを薙ぎ払うほどの、彼女の強さに起因するものだったとしたら。
そして。
『ええ、きっと。願わくば、私はその末にあなたが――』
あの日、俺が冒険者になった理由を語った時。
クレアが言おうとしたことが、俺の予想通りだったとしたら。
伝えなくちゃいけないことがある。
いや、違う。
ただ俺が伝えたいって思ったんだ。
だから。
「待ってくれ、クレア」
「……天音さん? 動いては!」
「大丈夫だ。このくらいなら」
扉に手をかけた彼女を呼び止め、俺はベッドから降りる。
あの日のカフェでは、ここから何も言うことができなかった。
だけど今回は違う。
俺はもう、彼女に伝えるべき言葉を持っている。
彼女がいったい何を背負っているのか。
それはまだ分からない。
それでも、俺の想いを伝えることだけはできるから。
「感謝を告げるのは俺の方だ、クレア。あの時、クレアが来てくれたから俺たちは救われた――俺なんかとはかけ離れた、君の圧倒的な強さに憧れた」
「強さに、ですか……」
クレアは困ったような表情を浮かべる。
それもそうだろう。
きっと彼女はこれまでに多くの人から、それに対する称賛を受けていて。
だけど、俺が本当に伝えたいのはここからだった。
「――だから、追いつきたいと思ったんだ」
「……え?」
「俺は強くなりたい。全てを守れるだけの力が欲しい。そのためにクレアのような強さが必要だと言うのなら、絶対に追いついてみせる――いや」
そうじゃない。
これでもまだ足りない。
かつて、俺は世界最強を目指すと誓った。
なら――
「その末に、必ず君を追い越してみせる。だから待っていてくれ、クレア」
「――――ッ」
それはきっと、あまりにも身勝手な宣言で。
とてもじゃないけど、クレアのことを思っての発言なんかじゃなくて。
でも、だからこそ、彼女の心にまで届いたのだろうか。
クレアは蒼色の双眸を大きく見開いた。
わずかに潤いを溜めるも、それは一瞬のことで。
笑みを浮かべた彼女は、力強く告げる。
「申し訳ありませんが、その宣言が現実のものになることはありませんよ。私だって、これからも強くなり続けますから」
「なら、俺はそれを超えてレベルアップしてやるまでだ」
「そうですか……では、受けて立ちましょう。勝負です、天音さん」
「ああ、望むところだ」
光差す病室で、俺たちは誓い合う。
まだお互いのことなんて、ほとんど知りもしないけれど。
それでも構わない。いま俺たちが交わした言葉が本物であることは、俺たち自身が誰よりも知っているから。
それでも足りないものがあるというのなら……これからゆっくりと知っていけばいい。
だって。
俺たちの物語は、まだ始まったばかりなのだから。
『世界最速のレベルアップ』 第三章 完
あとがき
これにて、第三章は完結となります。
主人公の敗北イベントが連発し絶望シーンが続くという、Web小説ではなかなか見ない展開が続く章となりましたが、凛が最強を目指す中で、一度はこういった戦いを経験させなくちゃいけないなと思って執筆させていただきました。
最後までついてきてくれた読者の皆様には、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます!
第四章について少しだけお話しすると、第三章とはまた少し変わって、シンプルな熱さと爽快感をふんだんに盛り込んだ展開にしようと思っています。
第三章が溜めの章だとすれば、第四章が飛躍の章といった感じですね。結果的に第三章でも最後はだいぶ飛躍していましたが、第四章ではもっと飛躍します。
よろしくお願いいたします!
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