144 変遷
「冒険者を目指した理由……?」
「はい」
質問の内容を復唱すると、クレアはこくりと頷いた。
「事後報告にて、天音さんがハイオーガを討伐したと聞き、こちらの想定を遥かに上回る実力があることを知りました。あなたの年齢で、それだけの力を得るのは普通ありえません」
それをお前が言うのか。
そんなツッコミをしたくなった。
ただ話の腰を折るのもなんだったので、とりあえず続きを聞くことにする。
「この世界にダンジョンが発生してから、約20年。世界は大きな変遷を遂げたと言われています。現に、人類はレベルシステムという超常的な力を手に入れました。当時はまだ、今でいうところのEランクダンジョンしか存在していなかったようですが……それでも、迷宮内から価値ある資源が取れることに変わりはありませんでした」
すると、クレアは突如として何もない空間から大小さまざまな魔石を取り出し、テーブルの上に置いた。アイテムボックスを使ったみたいだ。
「魔石から抽出される魔力がエネルギー源として使用できると分かったことで、多くの国が資源獲得を目指しました。Eランク魔物から入手できる魔石でさえ、当時は数十万の値がついたとされています。しかし、上位ランクのダンジョンが現れるにつれ、その価値は低下していきました。今では数十円から数百円といったところでしょうか」
「だいたいそのくらいだな。で、その傾向は今もなお続いている。今ならまだ、Cランク以上の冒険者になればある程度稼げるとは言われているけれど、数年後にはどうなっているか分からない」
そしてそれこそが、俺が周囲から冒険者を辞めるよう促されていた理由でもある。
才能のない人間は、世界の成長速度に追いつけない。
どれだけレベルを上げたとしても、その時にはもう迷宮資源の価値が変わり、以前のように金を稼げなくなってしまう。
そうなってしまうくらいなら、冒険者の優れた身体能力を用いて肉体労働でもした方がよっぽど稼げるだろという主張だ。
この世界にダンジョンが生まれてから、まだ20年。俺やクレアにとっては生きてきた期間そのものだが、世界の歴史の長さから考えるとまだまだ短い。
ダンジョンが世界に与える影響は、現在進行形で変わり続けているのだ。
そんなことを考えている俺の前で、クレアは続けて言う。
「さらにダンジョンのレベルアップ報酬と再挑戦期間の仕組み上、遅れて冒険者になったものは、どう足掻いても先達を超えられないというのが常識です。そんな中、上位に食い込めるのは優秀なユニークスキルを保有している者だけ。他者の努力を踏みにじるようにして、彼らは才能だけで高みへと駆け上がっていく……」
そこでクレアは、ぐっと手を握り締めた。
彼女自身、似たようなことを言われたことがあるのだろう。
俺には彼女の姿が、そのことを思い出しているように見えた。
「多くの者はそう言いますが、私はそう思いません。きっと彼らにも、力があるからこその苦悩はあって。それでも上を目指し努力を続けているのです」
クレアは俺に視線を向ける。
「だからこそ気になったんです。天音さんにハイオーガを討伐できるほどの実力があるのなら、そこに辿り着くまでそれ相応の苦労をしたはずで……それでも挫けることなく前に進み続けた理由を聞きたいと思ったんです」
まっすぐで、綺麗な蒼色の瞳。
そんな目で見つめられたら、とても誤魔化す気にはなれなかった。
ちゃんと答えたくなってしまった。
「俺は――」
俺が冒険者を目指したきっかけ。
10年近く前のことを思い出しながら、ゆっくりと話し始めた。