116 ……あげませんよ?
『115 仮入団』の後半部分を加筆修正したので、そちらからお読みいただけますと幸いです。
「どうしてこうなった……」
ギルドマスター室で仮入団を決めてから数分後。
俺は思わずそう呟いてしまうのだった。
場所は宵月ギルドの建物内にある、ギルドメンバーの待機所となっている一室。
そこには飲食スペースが備え付けられており、俺は他の3人と一緒にテーブルを囲んでいた。
そのうち2人は偶然にも先ほど遭遇した零と由衣。
そして問題の残る一人が……
「……? どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもない」
俺の左隣に座る少女、クレアの問いかけに対して首を横に振る。
そう、なぜかこの場にはクレアもいるのである。
話の流れは簡単だ。
零と由衣の2人(特に零)が宵月ギルドにいることに驚いた俺と同様、2人も俺がここにいることに驚き、仮入団したことを伝えると、せっかくなので少し話をしようということになった。
そして2人の案内でこの待機所にきたところクレアと遭遇したというわけだ。
「よかったらこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
ギルドの事務員らしき方が小さな和菓子を2つと温かい緑茶を人数分持ってきてくれたので、ありがたく受け取っておく。
にしても気まずい。
この部屋には俺たち以外にも数人いるが、初めてここにやってきた俺に興味があるのか、ほとんど全員から視線を向けられてしまっている。
……気にしないよう心掛けるか。
というわけで、さっそく話題を提供することにする。
「それにしても、まさか零まで宵月に加入してるとはな」
「ソロでやっていくにも、限界があるから」
ここにいた時点である程度予想はできていたが、零も宵月ギルドの一員になったらしい。
きっかけは由衣から誘われたからとのことだが、零のユニークスキルが優秀でギルドマスターのお眼鏡にかなったとのこと。
それに何より、零がここの環境を気に入ったことにより加入を決断したらしい。
不思議な縁だなと思っていると、斜め前にいる由衣が笑いながら言った。
「それにしても、まさか凛先輩までこのギルドに来るだなんてびっくりしました。何か心境の変化でもあったんですか?」
「まあ、色々とな」
「私としては、凛先輩も入団してくれたら嬉しいです!」
「……善処するよ」
なんというか、こうしてまっすぐに好意を向けられるのはなかなか恥ずかしい。
「……ふむ」
すると、隣にいるクレアが興味深げに頷いた。
「葛西さんと天音さんはずいぶん仲がいいんですね。学年は1つ違うようですが」
「えっと……実は冒険者になりたてのころに助けてもらったことがあって。その後に凛先輩の妹さんが私の高校時代の後輩だったことが分かって、仲良くなったって感じです」
「なるほど。ということは、葛西さんが以前話していた尊敬できる先輩とは天音さんのことだったんですね」
「尊敬できる先輩?」
「ちょ、ちょっとクレア先輩! それをここで言うのは……」
クレアの発言に対し、由衣は顔を真っ赤にしながら慌ただしく両手をあわあわと振る。
ふむ、今の反応を見るに、本当にそんなことがあったのか。
まさか由衣が俺のポジティブ・キャンペーンに努めてくれていたとは驚きだ。
気分は悪くない。
「よし、由衣にはこれをあげよう」
「えっ? あ、ありがとうございます……?」
感謝の意を込めて、自分の皿の上から和菓子を一つ由衣の皿に移す。
由衣は戸惑いながらもお礼を言っていた。
しかし、それを見て不満げな表情を浮かべたのは零だった。
「むぅ、由衣だけずるい。凛の素晴らしい点を語るなら。わたしも負けない」
そんなよく分からない前置きとともに、なぜか対抗心を燃やした零が俺をすごい勢いで褒めていく。
それもかなり長く、30秒ほど経ったが終わる気がしない。
「分かった分かった。そのへんで十分だ」
「んんっ、もぐもぐ」
そろそろ静かにさせるため、楊枝で刺した和菓子を零の口の中に放り込む。
少し乱暴にはなってしまったけど、なんか幸せそうな顔で食べ進めてるからいいか。
小動物みたいで可愛い。
しかしながら、これで俺の皿から和菓子が消えた。
結局一口も食べることができなかったが……まあ別にそれはいいか。
「凛先輩、一口も食べてないですけどいいんですか?」
などと考えていると、由衣がそう尋ねてくる。
ふむ、罪悪感を抱かせないためにも、ここはそれっぽい理由で返すべきか。
「ああ、実は今ダイエット中なんだ」
「「「――――――!」」」
その瞬間、場の空気が凍った。
由衣と零は仲良く顔を見合わせた後、まだ和菓子が残っている皿を同時に俺へ差し出してくる。
「実は私、凛先輩がおかしを美味しそうに食べるのを見るのが好きなんです。ですのでぜひ!」
「わたしもわたしも」
「そ、そうか」
全く意味が分からなかったが、気圧されるようにして皿を受け取る。
結果として、一瞬にして元通りの数になった。
と、ここで俺は先ほど2人と一緒に動きを止めていたクレアの方を向く。
彼女は一つだけ和菓子の残った皿を両手で持ち上げ、俺と何度か見比べた後、自分の体にすすっと寄せて言った。
「……あげませんよ?」
「――――っ」
少しだけ控えめで、それでいてしっかりと主張するクレア。
そんな彼女を見て生じた感情を誤魔化すように、俺は残った和菓子をパクパクと口に放り込む。
「ごちそうさま」
食べ終わると、少しだけ冷めた緑茶でのどを潤す。
そこでようやく、ほっと一息つくことができた。
それからしばらく話を楽しんだ後、今度こそ俺は宵月ギルドを後にするのだった。
その足で直接向かうのは――もちろんダンジョンだ。




