112 最強
「ギルド【宵月】……?」
俺はクレアの告げた内容を復唱する。
その名前には心当たりがあった。
ここ数年で国内上位ギルドに入ってきた、少数精鋭を謳う実力派のギルドだ。
確か由衣が所属しているのも宵月だったはず。
そんなギルドが俺を勧誘?
なんだかきな臭くなってきたぞ。
誘いに乗ってついてきたのは失敗だったかもしれない。
いやまあ誘いも何も、クレアからほとんど説明を受けていないうちについていった俺の自己責任なんだが。
しかし、まいったな。
このまま変なことに巻き込まれてしまえば、家に帰ってから華に『知らない人についていったらダメでしょ』と手酷く叱られるかもしれない。
それはそれでいいかもしれない。
とまあ、それはさておきだ。
「で、なんで宵月は俺を勧誘しようと――」
しているんだ?
そう尋ねようとした次の瞬間だった。
「――ッ、これは!」
突如として、前方に高密度の魔力が出現するのを感じる。
ダンジョンの外でこれだけの魔力を感じることなど、普通ならありえない。
だとするならこれは――
「迷宮崩壊ですね」
――俺が答えに辿り着くのと同時に、クレアはそう告げた。
迷宮崩壊。
それはダンジョンが消滅する際に、極稀に起きる現象。
ダンジョンの出入り口であるゲートを魔物も通ることが可能になってしまい、外に魔物が溢れてくるという恐るべき現象だ。
それを止めるためには、誰かがダンジョン最奥にいるラストボスを討伐しなくてはならない。
だけど、大きな問題が一つだけ存在していた。
俺は確認の意を込めてクレアに尋ねる。
「なあクレア、この先にあるダンジョンってまさか……」
「ええ、そのまさかです。この先にあるのは攻略推奨レベル15000のBランクダンジョン――不知火ダンジョンです」
「15000……!」
これまでに攻略はおろか、足を踏み入れたこともない超高難易度ダンジョンだ。
しかも迷宮崩壊時は、魔物の強さが通常時の倍以上になることも多い。
一刻も早く誰かが何とかしなければ、被害は相当なものになるだろう。
そんなことを考えていると、クレアは俺を見て言った。
「天音さん、私たちはこれから現場に向かいます。天音さんを巻き込むわけにはいかないので、申し訳ありませんが、また後日お伺いさせていただいてもよろしいですか?」
「なっ……お前も行くのか?」
「はい」
至極当然といった風に、クレアは頷いた。
先ほど彼女は俺と同じ年だといっていた。つまりまだ19歳なはず。
その年齢で討伐推奨レベル15000のダンジョンから現れる魔物と戦えるとはとても思えない。
それとも、もしかしたら八神のサポートとして行くのだろうか?
彼は20代半ばに見えるし、それだけの実力を持っていてもおかしくはない。
冷静に考えるなら、ここはクレアたちに任せて俺は離れるべきだ。
あそこにいる魔物に必ずしも勝てる保証はないし、仮に勝てたとしても実力が周囲にバレることになってしまう。
ありとあらゆる点から、理性がそう判断を下す。
だけど――
「なら、俺も行く」
「えっ?」
――理性ではない本能の部分が、なぜかそれを選択していた。
俺の言葉を聞き、クレアは出会ってから初めてとなる、戸惑ったような声を漏らした。
「天音さんも、ですか? ですがかなりの危険が伴いますよ?」
「分かってる。けど、市民の避難を手伝うことくらいならできるはずだ」
「しかし……」
少し悩んだ素振りを見せるクレア。
そこに割り込んできたのは八神だった。
「ソイツが来たいと言うのなら、そうさせてやればいいでしょう。まだうちのギルドにも所属していないんですし、自己責任ですよ。それよりも、もう不知火ダンジョンに着きましたよ」
八神の言う通り、車は既に不知火ダンジョンに到着していた。
そこでは強力な魔物たちと、もともと不知火ダンジョンに挑戦していたのであろう冒険者たちが戦っている姿があった。
どうやら、まだなんとか均衡は保たれているみたいだ。
車から降りた俺たちは、まず後方で待機している冒険者に話しかける。
「救援に来ました。状況を教えてください」
クレアがそう尋ねると、その冒険者は手短に説明してくれる。
どうやら外に出てくる魔物を食い止めるのに精いっぱいで、まだラストボス討伐に向かったパーティーは存在しないようだ。
それもそのはず、通常、迷宮崩壊時にラストボス討伐に向かうのは、ダンジョンよりも一つ上のランクの冒険者だ。
最低でも20000レベルを超えるAランク冒険者が、すぐにやってこられるはずがない。
だけどそんなこちらの事情などお構いなしに、残酷な現実が俺たちに襲い掛かってくる。
「ッ!」
突如としてダンジョンを中心に発生する激しい震動が、俺たちの体勢を崩した。
これと同じことを、つい最近経験したのを思い出した。
剣崎ダンジョンの迷宮崩壊時のことだ。
その時の記憶を思い返すなら、この震動が指し示す事象はただ一つ――
「グゴォォォアアアアアアアアアア!」
――鼓膜を破りかねない程の大声量が、辺り一帯に響き渡る。
その叫び声と同時に、それはダンジョンの外壁を破壊して姿を現した。
全長が10メートルにも届かんばかりの巨体。
筋骨隆々の肉体で巨大な鉄の棍棒を振り上げる、一つ目の巨人。
ただその存在がそこにいるだけで、形容しがたき威圧感が襲い掛かってくる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【サイクロプス】
・討伐推奨レベル:40000
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
鑑定を使用した俺の目に飛び込んできたのは、あまりにも規格外の数値だった。
「40000……!」
その怪物を見て驚愕したのは俺だけではない。
周囲にいる冒険者たちも、自分の実力を遥かに上回る強敵を前にして恐れおののいている。
「――無名剣」
だが、ここでコイツを放置するわけにはいかない。
俺はアイテムボックスから無名剣を取り出して、両手で構えた。
仮にここで俺の実力がバレることになったとしても、この怪物が人を殺すのを、ただ指をくわえて眺めているわけにはいかない。
なんとかして食い止める必要がある。
しかし――
「やれるのか、俺に」
――根本的な部分について、俺は自問自答する。
本当に俺に、この怪物とやり合うことなど可能なのだろうか?
今の俺のレベルは13000と少し。
無名剣の効果や各スキルの効果を合わせれば、攻撃力と速度については40000レベルの水準にまで上げることは可能。
だが、それ以外の部分は圧倒的に劣っている。
一撃でも喰らえば即死と考えていい。
それに何より、最も重大な問題が残されていた。
その問題とはつまり、ここがダンジョンの外であるということ。
俺のユニークスキル、ダンジョン内転移――その中でも最も戦闘に活用できる瞬間転移を発動することはできない。
それだけで、俺の実力は大きく低下する。
ついでに言うなら、巨体相手には有効な体の内部からの攻撃を実践することもできない。
かつてない絶望的な状況だといっても過言ではないだろう。
「……だとしても、やるしかない」
手足が震えそうになるのを無理やり堪え、真正面からサイクロプスを見据える。
サイクロプスの巨大な一つ目が俺を射抜き、排除すべき敵と定められる。
俺は力強く地を蹴り、サイクロプスに向かって駆け出そうとする――その時だった。
「下がっててください、天音さん」
「……え?」
そんな言葉とともに、クレアが俺より一歩前に足を踏み出した。
そしてあまりにも自然な立ち居振る舞いのまま、目の前にいるサイクロプスを見上げる。
並の冒険者では、勝利はおろか善戦すら叶わないであろう怪物。
その怪物に挑もうとするクレアを止めなければと思った。
だけど結果的に、俺がそれを口にすることはなかった――否、できなかった。
彼女の後ろ姿に、俺は目を奪われてしまったから。
「――氷葬剣」
クレアが右手を前に出して小さく呟くと、何もないはずの空間から一振りの剣が出現した。
刀身は氷で創られているのだろうか、透き通るような水色をしている。
その剣は、風になびく白銀の長髪ととても調和していた。
この場にいる全ての人間の視線が、サイクロプスではなくクレアに向けられる。
それほどまでにクレアが纏うオーラは圧倒的だった。
クレアはその視線を物ともしない軽々とした動きで、その場から消えた。
「――――なっ!」
転移? いや、違う。
もっと単純な話だ。
クレアはただ、俺が目で追えないほどの速さで動いただけ。
――――決着は一瞬だった。
水色の剣閃が、サイクロプスを下から斬り上げるように瞬いた。
剣閃が消えたころ、ようやく俺は空中に浮かぶクレアの姿を発見した。
クレアは空中で身をひねると、鉄の棍棒を振り上げたサイクロプスに背を向けて、そのまま地面に着地する。
直後、サイクロプスの体が左右に分かれ、左半身、右半身といった順番で崩れ落ちていく。
大量の血が噴き出るはずの断面は、輝く氷によって覆われていた。
クレアは氷の剣を数回振るった後、悠然とこちらに戻ってくる。
その姿を見て、俺はとあることを思い出していた。
それは、ここ数日ずっとテレビで流れていたニュース。
世界最年少のSランク冒険者が日本から現れたという内容だった。
点と点が線で結ばれる。
「まさか、お前は――――」
驚愕と動揺を隠しきれないまま、俺はクレアにそう問いかける。
するとクレアは俺の考えていることが分かったのか、その場に立ち止まって、蒼色の瞳をまっすぐ俺へと向けた。
「そう言えば、まだ所属ギルド以外の素性についてお伝えしていませんでしたね」
そんな前置きの後、彼女は告げる。
「私はギルド【宵月】に所属する、日本で12番目のSランク冒険者――」
そして――――
「――朝倉くりゃっ」
――――盛大に噛んだ。
「……………………」
「……………………」
場が凍る。
まるでサイクロプスの断面のように。
もしかしたらあの氷の剣にはそんな効果まであるのかもしれない。
違うか、違うね。
今はそんなふざけたことを考えている場合じゃない。
この場をどうにかするべきか考えるべきだ。
えーっと多分、名前は朝倉クレアでいいんだよな。
うん、まあたしかに噛んでも仕方ないよね。
よし、TAKE2だ。
「まさか、お前は――――」
「く、繰り返そうとしていただかなくても結構です。意地悪ですよ、天音さん」
クレアは白い肌を赤く染めながら、恥ずかしそうにそう言った。
なぜだろうか。先ほどまでの圧倒的オーラから一転、その姿はとても可愛らしく見えた。
こんな風にして、不知火ダンジョンにおける迷宮崩壊は無事に解決するのだった。
……………………
………………
…………
朝倉?




