7.おまえが魔王になるんだよッ!!!!!!!!!!!!(終)
涙の最終回。(主人公が)
目を覚ますと、ふかふかのベッドにいた。
しばらく寝ぼけて、自分が昨日カラクサ村に帰り損なったことを思い出す。
「あぁ……」
特殊部隊第一小隊ステッペンウルフの隊長だからと、兵舎の隊長格が暮らすための特別な一室を与えられたんだ。
家具以外には何にもないんだけれど、ベッドはふかふかでそれなりの広さがあって、窓からは早朝の朝陽が射し込んでいる。
今日はミーティングだけで、特に決まった任務はない。
それだけで寿命が数日延びた気分になれる。
「帰りたい……」
僕は顔を洗って獣人軍支給の軍服に袖を通す。一番小さなサイズを頼んだのだけれど、袖も裾もすっぽり覆って余りまくりだ。
だからといっていつものようにショートオールで行ったりしたら、あの怖いワーウルフさんたちに何を言われるかわかったもんじゃない。
仕方なく、僕は袖をぶら下げて裾を引きずりながら兵舎を歩く。
ワーウルフ、ワータイガー、ワーキャット、ワーベア、ミノタウロス、ガルーダ、下位魔族だから絶対数は少ないけれど、時々オークやゴブリンともすれ違う。
みんなみんな、僕を見て目を丸くしていた。
「クスクス……」
「……何だありゃ……」
「……かわい……」
「……子供!? なんで兵舎に?」
そりゃそうさ。コボルトってだけでもすでに軍部じゃ珍しいのに、小型犬豆柴種とか。しかも袖と裾が余りまくってる変な格好とか、場違い過ぎて鼻水噴くわ。
居心地悪いや……。やっぱ今夜にでも逃げよう……。
だいじょうぶ。深夜なら誰も見ていないさ。
うん! よし! 僕は今夜逃げるぞ! 決めた!
そうと決めれば少し気が楽になった。
僕はビスケット城兵舎のミーティングルームのドアノブに飛びついて、全体重でぶら下がって扉を開けた。
室内にはすでにみんなそろっている。
ショコラちゃんだけが長テーブルについていて、モウコおっちゃんやワーウルフさんたちは誰も座っていない。
僕が入室すると、なんだかワーウルフさんたちの何体かがうなり声を上げ、何体かは舌打ちをし、何体かはあからさまに視線をそらせた。
「ぐるるるる……ッ」
「ちっ」
「……けっ」
うわー、なんだこれ。雰囲気が悪いぞ。
いや、嫌われたって笑顔だ。笑顔は世界を平和に導くんだい。
「おはよー!」
「やっほ、プティちゃん……じゃないや、プティた~いちょ!」
「おはよ、ショコラちゃん」
僕はショコラちゃんの隣に座る。
そんな僕を、ワーウルフさんたちは睨んだままだ。
僕はショコラちゃんに耳打ちする。
「……なんでみんなご機嫌斜めなの……?」
「そりゃそうっしょ。だってワンコたち、み~んなステッペンウルフの小隊長を狙ってたんだから」
「わ、わ、声大きいよ!」
ぎろり、突き刺さる視線がさらに鋭さを増した気がした。
「し~かも? コボルトにその座を奪われただけじゃなくて、特別報奨金もたいちょとあたしで山分けだかんねっ。ねーっ♥」
「うぐぅ……っ」
壁にもたれたままだったワータイガー、モウコのおっちゃんが、変な声を出してうなだれる。
ワーウルフさんたちのように僕に怒りの矛先を向けないだけありがたいけれど。
「それよかプティたいちょ、袖と裾が余りまくってんね」
「そーなんだ。でもこれが一番小さいサイズなんだって」
そのときだ。ワーウルフさんの一体が、会話に割り込んできた。
「てめえ、遅れてきた分際でメスと雑談か? あ?」
「え、で、でも僕、決められた時間内には来た……よ?」
「ハッ、関係ねえな」
いや、彼だけじゃない。他のワーウルフさんもだ。
「てめえ、ろくすっぽ訓練も受けてねえ新顔の分際で身の丈に合わん階級もらって、調子こいてんじゃねえのか、おぉん?」
「言っとくが、俺たちワーウルフはてめえなんざ小隊長とは認めちゃあいねえからな。おぉん? ちっとでも任務上で失敗なんざしてみろ、おぉん? 隊長から引きずり下ろして、おぉん? ステッペンウルフから、おぉん? 叩き出してやっからよぉおん?」
そのしゃべり方! ちょっと悪っぽくってかっちょいい! おーん?
てゆーか、ステッペンウルフから叩き出されるのは望むところだあ~。失敗すればいいんだあ~。
「てめえみてえなクソザコボルトは、兵舎の掃除でもやってろっ」
でも残念。任務で失敗する前に、僕は今夜逃げるからね。カラクサ村に帰るんだ。
だからもうキミたちとも関係なくなるんだ。よかったね、ワーウルフさんたち。WIN-WINでお互い幸せに生きていこうね。えへへ。
「……てめ、ニヤついてんじゃねえよ、コボルトォ! やたらと癪に障る野郎だぜ!」
お互いの名前も知らない仲だったけれど、今日一日の辛抱だい!
会議の内容は概ねこうだ。
先日の山賊団急襲の際に、僕とショコラちゃんがどうやって山賊頭オロを捕らえることができたか。その方法と、今後似たようなケースに遭遇した場合、全員でどう動けばいいのか。
ショコラちゃんは当然として、モウコおっちゃんも比較的議論に協力的だったけれど、ワーウルフさんたちはやっぱりふて腐れたまま一塊になっていて、テーブルにさえついてはくれなかった。
ステッペンウルフはその名が示す通り、草原の狼。ワーウルフさんたちを中心に編成された特殊部隊だから、余計にだったのかもしれない。
なんだか悪いことしちゃったな。
ワーウルフさんたちのためにも、僕は今夜、ちゃんと夜逃げしなくっちゃだ。
※
夜。兵舎にある自室の窓から下を覗く。
お城の灯りが途絶えることはない。深夜であっても、炎の橙が各所で揺れている。
けれども光があれば影ができる。夜は影を濃くしてくれる。
僕は三階にある自室の窓から、シーツや毛布を結んだ紐を垂らして、それを伝って中庭に下り立つ。
「よしよし、ここまではうまくいったぞ……」
小さな体をフル活用、影に身を入れて見張りをやり過ごし、ビスケット城の裏門、閉ざされた格子門にたどり着いた。
正門から逃げるのは無理だ。見張りがいるし、あそこはいつも明るい。
けれど裏門には常に立っている見張りはいない。もちろん見回りはされているけれど、闇に紛れてやり過ごせば済む話だ。
この小さな体であれば、どこにだって潜り込める。
たとえばそう、ビスケット城裏門、格子門の格子の隙間を通ることだって可能なのさ。
僕は二日間お世話になったビスケット城を中庭から振り返り、ぺこりと頭を下げる。
「バニラ、ショコラちゃん、ボンボンさん、モウコのおっちゃん。みんな元気でね!」
僕? 僕は至って元気さ!
だってこれからあの平和で楽しいカラクサ村に帰れるんだからね!
物騒な戦いなんて、前世でもうこりごりなのさ!
と、スキップを踏んで。
「さーて、カラクサ村に帰――…………」
「……」
木造兵舎の壁に大量の薪と紙束を積んで、今まさに火を放とうとしていた山賊っぽい人間たちの集団と目が合った。
「あ……の……」
彼らが一斉に剣を抜く。
「ちょ――」
「クソ! 見られたぞ! 殺せッ!!」
ぴゃぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?
薙ぎ払われた白刃をかいくぐって僕は懇願する。
「違うんですぅぅぅ! 僕はもう帰るところなんですぅぅぅ!」
「――ッ」
けれど激昂してるヒトたちにそんな言葉は関係なかった。
刃は容赦なく振り下ろされ、僕は悲鳴を上げて逃げ回る。
「きゃああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~っ!!」
「絶対に逃がすな! 仲間を呼ばれちまったら終わりだ!」
「お頭を救い出さねーと、俺たちに明日はねえぞ!」
「こいつ、コボルトだ! オロの足をヤったやつだぜ!!」
オロの仲間? このヒトたち、オロが自分たちを見捨てて一人で故郷に帰ろうとしたことを知らないの!? てか、オロって案外人望あったんだな。
十人近くもの人間たちに囲まれながら、僕はショートオールのポッケからナイフを抜いてデタラメに振り回す。
「ぬあぁぁぁ、こないで、こないでったらーっ」
勇者だった頃に使っていた剣術も足運びも、事細かく覚えている。
「クソ! 意外と素早いぞ、こいつ!」
「コボルトの分際で!」
「大声を出すな! 発見されたら終わりだぞ!」
「く、痛……ッ!? ナ、ナイフに気をつけろ! こいつ、デタラメに振り回してるように見せて的確に足の腱を狙ってきてやがる!」
ただ、筋力が弱くなったせいでナイフしか持てなくなって、足が短くなったせいで足運びの規模が五分の一くらいになってしまっているから、ちょこまかとうろついて剣閃を避けるだけで精一杯だ。
そも、ナイフでは剣を受け止めることは愚か、受け流すことさえ危険だ。うまく力の方向を逃がせそうにないし、ヘタをすればナイフが前足から吹っ飛ばされちゃう。
そうなったら終わりだぁ~。
僕はただカラクサ村に帰りたいだけなのに、なんでこうなるの!?
そのときだ。
兵舎から大勢の足音が聞こえてきたのは。
視線を回すと、そこにはステッペンウルフ所属のワーウルフさんたちがいた。
「おい。あれ、コボルト野郎じゃねえか! あいつ何やってんだ?」
「騒がしいと思ってきてみたら、なんだこりゃ!?」
僕を取り囲んで殺そうとする人間たちと、兵舎に重ねて積まれた薪を交互に見て、ワーウルフさんのうちの一体がつぶやいた。
「あのコボルト野郎……十人もの人間を相手に、たった一体で戦ってやがる……」
「けど、なんで一体で挑んでんだ? 部隊に声かけりゃよかったのによ!」
「バカじゃね~の」
敵前逃亡しようとしてたからで~すっ! たっけて!
「まさか、いち早く夜襲に気づいて、報告する暇もなかったから真っ先に飛び出したってのか? 弱小種族のコボルト風情が、あんな小さななりでよ?」
「それって……兵舎にいる俺たち部下を守るため……?」
「マ、マジかよ……あいつ……」
違う! 違うけど早く助けて!? 死んじゃう! もう今にも死んじゃいそうだからっ!! たっけてーーーーーーーーーーっ!!
「すげえ……。あのコボルト、ちっぽけな見た目なのにすげえ漢だ……」
「おぉん。ちっぽけなのは、俺たちの方だったのかもな。仮にも隊長にあんな態度を取っちまってよ……」
「しかし、なんて胆力だ。熱いぜ。熱い漢じゃねえかよ!」
いいから早くたっけてっ!!
「おぉん? てめえら、命張ってる漢をォ、あのまま無駄に死なせていいのかァ!? イヌ科が義理を棄てちゃあ、ワーウルフが廃るってもんだぜ!」
「……へっ、惚れたぜ! 俺はあの野郎――いや、あの御方に惚れちまった! 隊長と認めるぜ!」
「おおぉぉぉっ! 隊長を救えッ!! ステッペンウルフ、突撃だぁぁぁ!」
七体のワーウルフさんたちが牙を剥き、次々と人間たちに襲いかかった。
決着はあっという間について、人間たちはいくらも数える暇すらなく、あっさりとワーウルフさんたちに捕縛されていた。
で、だ。
かくして僕の脱走劇は失敗に終わった。
のみならず――……。
※
翌日、ボンボンさん、曰く。
「あのまま兵舎に放火されていたら、獣人軍には取り返しのつかない被害が出ていたことでしょう。それをたった一体で身を挺し、未然に防いでくださったということを、ワーウルフのみなさんから聞き及びました。獣人王陛下も感謝の意を表明したいとのことです」
「……う、うん……。…………成り行きだけどね…………」
ボンボンさんが血走った目を剥いて、僕の小さな両肩に両手をドスンとのせた。
「よってプティ殿。貴公を本日より中隊長に任命いたします。特殊部隊第二小隊フォレストウルフ、第三小隊スカイウルフの各小隊長を貴公の指揮下に――」
僕は耳を塞いだ。
「あーあーあーあー何も聞こえないぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ほっほっほ。その謙虚さも人望を集める一端なのでしょう」
僕は血を吐く想いで泣きながら白目を剥いた。
前日、小隊長に昇格したばかりだった僕は、その翌日には中隊長になった。
最終的にどうなっちゃうの……? 死んじゃうの……?
一ヶ月足らずで獣人王に、翌月末には統一魔王になってしまったそうです。
(終)