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3.いきなり二階級特進やで

 カラクサ村から獣都ビスキュイまでの途中、山賊が現れて御者が逃げちゃったもんで、僕とバニラは草原をトコトコ歩いた。

 その後も何度かでっかい魔物が現れたけれど、僕らは震えながら木陰や岩陰に身を隠しつつ、どうにかビスキュイまでたどり着くことに成功した。


 どろどろに汚れて、あまつさえ山賊からの返り血まで浴び、疲労困憊の千鳥足。

 涎を垂らして若干白目を剥きがちになりつつも、どうにかビスケット城までたどり着いた僕らは、しかし汚れきった容貌がアンデッド軍のスパイと見間違えられたらしく、ビスケット城正門前の橋で衛兵に捕縛されてしまった。


 まあ、そこはさすがにお姫様のバニラが誤解を解いてくれたのだけれど。

 

 ビスケット城の客室で、僕はふかふかのソファにお座りして待つ。

 赤くて踏めばやたらめったら沈み込む絨毯に、今にも動きそうな鋼鉄鎧のオブジェ。意匠の施された金張のテーブルに、高そうな銀の燭台。首から下の毛を剃られた寒そうな猫が描かれた絵画に、マッチョの二足歩行土佐犬像。


 なんてゴージャスな部屋だ。


 城に招かれてすぐ、バニラとは引き離された。バニラは、彼女の父ちゃんである半獣神(ファウヌス)様に呼ばれたみたいで。


 ――ちょっと家出の件でお父様に叱られてくるわー!


 と、両腕をごっついワーウルフさんたちに抱えられ、元気に連行されてしまったのだ。


 僕は客室で、やたら豪華なケータリングのビスケットを囓りながら、紅茶で喉を潤す。

 七種類の木の実のジャムや、すっっっごく濃くてまろやかなバター、涙が出るほどくっさいチーズクリームに、カレー汁まで浸け放題だ。



「はががむ、んぐ、もがが、んぐっく! んむ、んまい、んまい! もぐがぁ――」



 コンコン。



「――!? んぐっ!? ふ、ふ、ふんがーくっくっ!」



 ふいにノックの音が響いて、僕は喉に詰まったビスケットを紅茶で流し込む。



「――ふぁ~い!」



 客室の扉が開かれる。

 バニラだと思ってソファから飛び降りた僕は、尻尾を振りながら扉に駆け寄って足を止めた。



「失礼いたします」



 入室してきたのは、綺麗な身なりをした大きな大きな熊人(ワーベア)さんだった。扉をくぐる際に上半身を折り曲げなければならないくらい、大きな。

 豆柴の僕なんて、ワーベアさんの足首までしかないぞ。


 くるんと上を向いていた僕の尻尾が、スパーンと下向きに股間を覆うように曲がった。


 ひぇ!? こ、こ、怖えぇぇぇぇ……!



「あばばばばば……っ!?」

「おや? お客人? むう? プティ殿はどこに……む、お、おお。足下においででしたか」



 危ない。踏まれてしまうところだ。

 てか反射的にお腹を見せちゃったじゃないか。


 僕は慌てて起き上がり、ピッと背筋を伸ばして立つ。

 クマさんは僕にソファに座るように促して、自らも向かいのソファへと腰を下ろした。よく見れば年老いていて、温厚そうなクマさんだ。

 でも大きいから、三人がけのソファが気の毒なくらいにひん曲がっている。



「さて、バニラ様よりお聞きしましたぞ。プティ殿はその小さななりで、すさまじい腕をお持ちだとか」

「……?」

「ああ、これは失礼しました。私の名はボンボン。ワーベアのボンボンです」



 可愛い名前だな~。



「獣都ビスキュイで執政官をしておる者です」

「し――ッ!?」



 政務を取り仕切る最高職の、超絶ど偉いヒトだ。事実上、この獣都ビスキュイを動かしているのはボンボンさんということになる。


 とりあえずお腹をもう一度見せておこう――と思った瞬間、ボンボンさんが僕に大きな頭をぺこりーと下げた。



「……?」

「この度は我らが姫バニラ様の危機を二度もお救いくださり、誠にありがとうございます」

「や、それは偶然で……」



 大きな顔がぐわりと迫る。



「そこで、隠形(おんぎょう)の術に優れた貴公に頼みがあるのですが……」

「いや、それは僕が小さすぎて、みんなが勝手に見つけてくれないだけで――」



 あなたもさっき体験したでしょうに!



「それはますます僥倖(ぎょうこう)!」

「はあ」

「隠形に加え、生来の肉体を生かす術があることは、実に素晴らしいことではありませんか」



 居住まいを正し、ボンボンさんがにっこり微笑む。


 そう言われると悪い気はしないな。


 実のところ、僕は勇者時代に覚えた剣術や魔法の詠唱を忘れたわけじゃない。

 ただ、剣術には最低限の肉体的質量と筋力が必要になるし、魔法は詠唱ができても魔力がないと発動しないだけのことだ。


 つまり今の僕は、まごう事なき頭でっかちの無能なのだ!



「ご存じの通り、魔軍は今や人間軍だけが敵ではなく、魔王位を争って魔族同士で内紛を繰り広げている状況です。我ら獣人軍もまた、バニラ様を魔王にすべく内紛に身を投じているのが現状です」

「はあ……」

「南の不死(アンデッド)軍に、西の巨人(ジャイアンツ)軍、東の幻獣軍、いずれも相当な使い手がそろっており、殲滅に動き出せば民にまで被害が及ぶことが予想されます」

「怖いねー……」



 ずず、紅茶を飲む。


 冷めていても、豊かな香りが鼻から抜ける。さすがはお城。いい茶葉だ。カラクサ村の雑草ティーとはレベルが違いますな。



「どこの国にしても、内紛での大規模な戦争は避けたいところなのです。魔族全体が弱体化すれば、間髪を容れず人間軍が北進してきますことは明白ですからな」

「だろうねえ」



 ビスケットもまたこれ。コケモモのジャムがたまらん。



「しかし魔王位を空位のままにしておけば、それもまたいずれ人間軍の侵攻を止めらなくなりましょう。何せ内紛状態では、敵である不死軍を救うために獣人軍を派兵するわけにはいきませぬゆえ」

「へぇ~、お尻の穴のミニマムなお話だよねー」



 カレー汁はビスケットに合わないな。

 しかし紅茶がなくなると、ビスケットは喉に詰まる。最終的にはカレー汁で流し込むしかなくなってしまう。



「いやはやまったく、お恥ずかしい限りで。そこでなのですが、獣人軍は大規模な内紛には参戦しないことにしました。むろん、領土を侵す者を相手には戦いますが」

「ふーん。いいんじゃないかな。その方が民に被害も出ないだろうし」



 カラクサ村が戦争に巻き込まれることもなさそうだ。

 めでたしめでたし。



「だとすれば、バニラの魔王位はあきらめるの?」

「いいえ。バニラ様か獣人王様のいずれかには、魔王になっていただきます」



 僕は首をかしげる。



「?」

「獣人軍はなるべく内紛に大規模な兵を送り込むことなく、隠形に優れた特殊部隊での暗躍に賭けることにしたのです」



 隠形……。いや、待って?



「そこで貴公!」



 剣呑な爪の生えた巨大なクマの手が、僕の両肩をがっちりと挟み込む。



「隠形術に優れたプティ殿にも、新設予定の特殊部隊、その初編成である第一小隊ステッペンウルフに入隊していただきたい!」



 はい死んだ! 僕死んだ!



「む、無理だよ! 僕コボルトだよ!? そんなの強いワーウルフさんや足音のないワーキャットさんの方がいいに決まってるじゃないか!」

「いえ、一度ならず二度までもバニラ様の危機をお救いくださった方です。貴公には必ず適正がございます」

「嫌だ! 帰る! 僕はカラクサ村に帰るんだい!」

「お、お待ちを! 特殊部隊といえば優れたエリートから選抜される少数精鋭! すなわち今なら小姓や従騎士位を数年単位ですっ飛ばし、いきなり正騎士となれるチャンスなのですぞ!」

「超興味ない!」



 だって僕、人間軍では勇者だったんだもの。

 あっちじゃ大将軍とだって、ため口で話してたもの。アホの統一王のせいでしんどかったけど。



「しかし、事情を知った後では、敵前逃亡と見なされる恐れがございます。特殊部隊ステッペンウルフの編成は最上級の国家秘匿情報ですので、プティ殿をそのまま帰しては私もあなたも、あなたのご家族までもが獣王様から睨まれることになってしまいます」



 な、なんやてぇぇぇ!? 勝手すぎる!



「ヘタをすれば一族郎党コレですな。お互いに」



 ボンボンさんが首を自らの爪で引っ掻くそぶりをした。

 僕は白目を剥く。



「ま、待って! そうだ、試験! 入隊試験はないの!? ほら、騎士になるには試練みたいなのがあって――」



 落ちればいい! 落ちてカラクサ村に帰るんだい! 僕は野山で戯れながら平和を愛するコボルトとして生きて死ぬんだ! 前世みたいな生き方は嫌だ!


 ワーベアのボンボンさんがにっこり微笑みながら、親指をビッと立てた。



「王族、神族からのご紹介は、免除という規定でございます」

「はい死んだ僕死んだ今死んだ!」



 そして今日。

 僕は獣人軍に強制加入させられたと同時に、正騎士にまでなってしまった。


巨人軍いるんだ……。

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