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甲賀怪忍法帖  作者: シュリンプ
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最初の町

五島を発ってまだ幾ばくも経過していないが三人の顔つきはまさに鬼神と化していた。道程はまだまだ遠い。心していかなければならない。美夜は拳を強く握りしめた。今は何とか切り抜けられたが、いつ追っ手が来るかわからない。神経を尖らせる必要がある。「父上の恨みを晴らすまでは立ち止まれない。止まってはならない。」

「美夜、私もだ。父上は私たちを信用して送り出してくれたのだ。その気持ちに報いなければ。」

「美夜様、真夜様、私もでございます。必ずや吉報を」

三人は一致団結する。皮肉なことに水野の陰謀は結果的に三人の絆を一層深めることにもなったようだ。

「ここは五島からの船が出る港がある。それに乗って本土に。」

五島は海に囲まれた離島だ。ここから出るにはまず船に乗り薩摩藩に入らねばならない。船着き場を目指して三人は歩いてきた。

「いよいよか」

潮風が吹いてきた。もうすぐ海だ。三人とも道中そこで刺客のことを思い出していた。藤巻、館脇の剣も凄いが、あの忍者の剣術は超人的だ。また再開したら討てるかどうか、正直不安だ。

「あの忍…」

「あの黒い忍か」

「動きが全く見えなかった。次にあったらどうなるか」

「自信を持ってください。私たちならきっと大丈夫ですよ」

「沙希…そうだな」

「その通りだな、我々は大丈夫だ」

忍者は気になったが悩んでいても仕方がない。悩んで倒せるわけでもないのだ。そうこうしている内に船着き場が見えた。桟橋は活気に満ちている。

「あの船に」

沙希は一番大きな帆船を選んだ。すぐに出航できる用意が整っていたからだ。

「すまぬ。薩摩まで」

「へい!」

威勢良く返事が返る。逞しい船乗り達だ。これならあっという間だろう。

「美夜様、少しお休みになられては」

「そうだな。城を出てからずっと休まなかったからな。」

「はい。お休みになってください。」

「沙希、そういうお前もな」

「ありがとうございます」

三人は並んで横になると、あっという間に眠りに落ちた。


並みが船を揺らし、カモメの声が心地いい。それを破る殺気。ふと目を覚ました沙希が、殺気を感じて刀を抜く。

「何者だ!」

沙希の前に浪人が立っていた。ギラギラした目をしている。とても普通とは思えない。

「貴様!」

「五島藩の姫様達か。ついに見つけた。お前達を殺せば金が手にはいるのでな。」

「何!」

「羽振りのいいお方がいるのさ。さあ、覚悟しろ!」

浪人は刀を抜く。沙希も刀を構える。美夜と真夜も起きた。

「沙希、これは」

「刺客か!」

「下がってください!ここは私が」

沙希はそういうと前に進み浪人とぶつかり合った。刀が打ち付け合わされる。しかし、沙希は妙な違和感を覚えた。この男は剣の腕は立たない。出任せでいっているのだ。だがこの浪人は何故刺客達に雇われたのだろう。油断はできないが大した覚悟はない。

「ふん!」

ガキンという音がして刀が落ちる。浪人は完全に慢心していたようだ。

「どうした、太刀筋が緩んでいるぞ」

「うわっ」

「どうした!」

刀を弾き飛ばし、切っ先を浪人に向ける。

「ヒィッ」

「何?」

「た、助けてぇ」

「…」

「怖いよぉ…」

浪人は泣き出してしまった。情けなく喚き散らして。

「…なんなんだこいつは」

「みっともない」

「き、貴様何故泣く?」

「だ、だってぇ」

「ええい!泣くな!質問に答えろ!」

「ヒ!」

「誰に雇われた?」

「え?」

浪人がキョトンとした顔をする。

「とぼけるな!雇い主がいるのだろう。」

「と、とんでもない。俺は船着き場で黒装束を纏った女にあんたら三人から情報を聞き出せば金をやると言われたんだ。女だから少し脅かしてやろうかと思ったんだけど、いや~強いね。怖くなっちゃったよ。」

「こ、この馬鹿者が!」

「ヒィッ!ご、ごめんなさいぃ!」

男は床に頭を擦り付けて泣き出した。見たくない光景だ。

「わかったからいい加減泣き止め!」

「は、ご、ごめんなさい」

「貴様名は?」

「沼澤章吾」

浪人は力無くいった。

「沼沢、お前に話を振った女はどういう身なりだったのだ」

「確か、蜻蛉みたいな面を着けて、黒いマントを羽織った気味の悪い女でした。」

「やつだ!」

間違いない。あの黒い影だ。船着き場にもいたのか。だが、利用した男が悪かったようだ。この男はやつの想像以上に弱かった。

「貴様、これからどうするのだ?」

「これから…あてはない…です」

浪人が力無く言う。

「ならば私たちと一緒に来ぬか」

「貴女方と?」

「そうだ、旅は沢山連れがいたほうが良いしな」

「は、はい!よろこんで!」

「決まりだな」

三人はこの浪人が気に入った。悪い男ではない。可愛らしいところもある。父上の期待を裏切るわけではないがとても息抜きがないと心が耐えられない。

「よろしくな、章吾」

「ありがとうございます」

船は薩摩に到着しそうだ。


薩摩藩、代官所

代官の林勝元は今、女を侍らせていた。酒を飲み上機嫌だ。何故なら老中の期待に沿えば出世できるというのだから。勝本は酒を流し込むと前に座っている天住に言った。

「天住殿、その娘三人を始末すれば御老中様の御加護を?」

「あの者達は我々の知られたくない秘密を漏らそうとしている。それを消してくれれば御老中もさぞお喜びになられる。報酬は大きいであろうな。」

「わかりました。我らが必ずこの地で!」

「だが、甘く見てはなりませぬぞ。くれぐれもしくじりのなきように」

「それは重々承知。見ていてくだされ典住殿」

「あの娘共はもうじきこの町に来る、急いだ方がよいぞ」

天住はそれだけ言うと出ていった。

勝元は必ずこの地で、と繰り返した。


娘達は代官所のある街にたどり着いた。ここは街道沿いにある街だ。弱々しい沼澤を連れてここまで来た。江戸まではひたすら歩くのみだ。この町には悪い噂を聞いたことがある。代官が商人と結託して抜け荷を働いているらしいのだ。あくまでも噂だが気持ちいいものではなかった。不穏な空気を肌に感じながら三人は歩いた。景色は良いのだが、何というかさみれた街だ。悪政はどこにもあるがここまで来ると噂は本当かもしれない。と、その時武士の集団が近づいてきた。代官所の役人のようだ。

「貴様らは五島から来た娘だな」

「はい、そうです」

「貴様らを召しとる!」

「何故です!」

横暴な役人に美夜が叫ぶ。これはもしや刺客の差し金では。役人は怒りの表情を浮かべた。

「ええい、黙れ!問答無用」

役人が縄を取り出す。

手荒な真似は遠慮したかったが仕方ない。美夜達は縄をかけようとする役人の手を捻った。

「こやつら手向かいいたすか!」

役人が真っ赤になって叫ぶ。

「そちらがいきなり捕らえようとするからでしょう」

「ええい、黙れ黙れ!なんとしてでもこやつらを引っ捕らえい!」

役人は刀を抜いて迫ってきた。峰打ちにするつもりだ。三人も峰にして睨み合った。掴みかかってきた役人を峰で打つ。苦しそうな声をあげて倒れる。三人娘が大立回りをしていると見て次々と人だかりができていた。役人は三人の敵ではなかった。だが、状況が一変した。

「貴様ら、これを見ろ!」

役人が沼澤を人質に取っている。沼澤は恐怖で震えていた。

「く、卑怯な」

「沼澤…」

「仕方ない」

三人は刀を捨てた。満足した役人が縄をかける。

「よし、引っ立てい」

三人の女と一人の男は連行された。


代官所では勝元が娘捕獲の知らせを受け舞い上がっていた。これはワシの手柄だ。見ていてくだされ天住殿、この勝負はワシの勝ちよ。そこえ娘達が連行されてきた。勝元はその美貌に見とれた。

「とてつもない美貌よの。はっはっは、まあよいこれでワシのかちだ」

「何のことです」

「貴様らを始末すればワシは天領代官に任命されるのだ。さすればこのさみれた町ともおさらばよ」

勝元は浮かれ上がって笑う。

「そんなことはさせません!」

美夜が力強く言う。だが勝元は笑ったままだ。

「もう少し自分の立場をわきまえた方がよいですぞ。その状態で何ができるのかな」

「くっ」

美夜は悔しそうな顔をした。

「はっはっは、この娘を牢に放り込め。後でたっぷりと処理してやる。」

勝元の命で役人は三人を牢に閉じ込めた。するとそこには沼澤がいた。どうやら先に連れてこられていたようだ。

「三人とも無事で」

「沼澤!大丈夫でしたか?」

「はい、おかげさまで」

沼澤は元気なく言う。自分が足を引っ張ったことを悔やんでいるようだった。

「気にすることはありませんよ。あなたが無事で本当に良かった。」

「ありがとうございます」

「問題はこれからどうするか」

美夜は思案する。あの代官に条件を提示したのはあの暗い影のような忍に違いない。そして藤巻達もいるのかもしれない。だとしたら我々の始末も周到になされるはずだ。急いで手を打たなくては。

「とりあえずここから抜け出さないと。」

「しかし、どうやって」

「私に良い考えがある」

紗希が笑みを浮かべた。


そのころ代官の部屋では勝元が女達を呼び、祝勝の杯をあげていた。めでたい祝いに女達が次々と連れてこられる。勝元は酒を飲むとこれからのことを考えた。全てが上手くいった。三人の娘達を葬り去り、老中の信任を得て出世するのだ。もう決まったも同然。これ以上の喜びはない。天領になったら莫大な利益を上げてやる。それを考えるだけでも面白い。勝元は有頂天だ。女達をまさぐる手も勢いが増す。そこに黒い影が来た。

「勝元殿、三人を捕らえたようだな」

「おお、天住殿!良いところへ。ちょうどその話をしておったのだ。あの三人は殺すには惜しい女じゃのう」

「油断はなりませぬぞ。あの娘共は剣の達人なのですからな甘く見ていると死にますぞ」

「分かっておる。されど牢の中では何も出来まい。」

「勝元殿、これからの始末は私にやらせてもらおう」

「良いですぞ。私は出世さえ出来ればそれでよいですからな」

勝元は女達を見るのに夢中だ。いずれは町中の女をワシの物にしてやる。勝元の野望が光った。

「天住殿もどうですか」

「いや、私はあの娘共を始末する」

「そうですか、残念ですな。天住殿の美貌を崇めていたかったのですが」

「それでは」

天住はギロリと睨み、それだけ言うと音もなく天住は出ていった。

勝元は天住の消えた方を見ながら呟いた。

「あの忍もワシの物にしてやる」

老中に繋がるあの忍をワシの物にすれば思うがまま。あの三人娘も良い女だ。楽しみが増えていった。


「考えとはなんです」

「まさか牢破りを?」

「はい、私の着物の中には実は隠し武器が仕込まれております。これを使って牢を開けるのです。」

紗希が着物をはだけると中には大量の小物が入っていた。

「さすが紗希!道具の扱いに長けていますね。」

「良い場所に隠していますね。これでは簡単には見つからない。」

「さあ、これで牢を」

真夜が針金を取りだし施錠を解こうとしたその時、牢から音もなく黒い影が飛び出してきた。

「そうはいかぬぞ」

「お前は天住!」

天住はゆっくり前に進むと、牢の扉を開けた。

「お前達にはここで死んでもらわなくてはならん。牢を破る必要はなかったな」

「おのれ!」

美夜は戦おうとしたが刀がない。これでは勝てない。

「はっはっは、覚悟しろ!」

天住が刀を抜いた時、後ろから勝元の声がした。

「そこまでだ!天住殿!」

大量の役人を従えている。 

「何の真似だ」

天住が低い声で問う。

「その女達は殺すには惜しい。ワシの女になってもらう。老中には始末したという報告をしてもらう。ワシの女になった天住殿にな」

「貴様…」

「勝元!何と恥知らずな」

美夜が言うよりも早く天住は役人の波に入ったかと思うと一瞬で数人を斬り殺していた。まるで影の躍りのようだ。

「な、何をしておる。生け捕りにしろ。」

勝元が叫ぶ。が、天住の動きの方が早い。

「がぁっ」

「ぐぅあ」

「がはぁ」

次々に役人達が死んでいく。跳び跳ねてきた刀を掴み美夜が近くにいた役人を斬った。悲鳴をあげて倒れる。

「二人とも早くここから逃げるのです。」

「はい」

「こっちだ」

三人は天住の殺戮に紛れて代官所を抜け出した。沼澤も一緒だ。

「逃げられたか…貴様らは生かしてはおかぬ」

天住は役人の殆どを斬り殺し数人残った男達を瞬時に斬った。

「もはやお前だけだ…死ね」

「ま、待て天住殿。私はお主の美貌が欲しくて…」

「消えろ」

天住が冷たく呟くとその首を跳ねた。勝元はもうあの世に行っていた。

「逃げられたか。まさかこんな結果になろうとは。次で終わらせてやる」

血溜まりの中天住は跡形もなく消えた。


四人は近くの山に逃げ込んだ。息切れも激しい。だが逃げ切れた。

「あの忍がいたおかげて助かりましたね」

「あの代官も間抜けだったな」

「しかし天住の剣捌きはまさに神業…私達以上」

「前向きにならないといけませんよ」

沼澤が励ます。そうだ。今は考え込んでいるときではない。

「隣町まではしばらくありますよ。この山道を通っていきましょう。」

そうだ。私達は目的がある。そのために勝ち進む。上様に願うその日まで。四人は土を踏んで歩き出した。月の綺麗な夜だった。


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