1話
未だ慣れぬ地を徘徊する。
昔はそこには何もかもが揃っていて輝いているように見えた街が、今では眩しく鬱陶しく映っていた。
駅近くのホテル街をスイスイと潜り抜ける。
懐には手の感覚ではわからないが、確実に6時間前より0.数ミリ厚みが増えた財布を忍ばせている。
欲しいものはあるが具体的なものはない。
それでも暇があればお金を稼ぐのだ。
都市郊外の自宅へ電車で40分かけて帰る。六畳間の決して綺麗とは言えないアパートに辿り着く。
お金がないわけではないが、いい部屋に住みたいという意欲がない。
電気を付け、テーブルの前で胡座をかく。
部屋の中には、この場所に似つかわしくないブランド物が数点置いてある。
所謂勝負服というのか、将又 仕事の制服といえば良いのか。
私に似合っているとは思わないが、これが自分にできる精一杯の潤色なのだ。
「ボロは着てても心は錦」という言葉は良い意味で使われているが、その逆の表面だけ着飾ることはきっと悪いことなのだろう。
私だってこんな格好もこの格好をしている自分も好きな訳ではない。
それでもこうすることで魅力的に見えるのなら気に留めない。
より多くのお金が手に入るから。
いつからかそう思っていた。
そんなことを考えているうちに今日得たお金を数え終えていた。
こんな紙切れに今更何の価値も見出せないが、それでもまだ稼ぐ気がなくならないのは不思議なものだ。
お金がたくさんあれば欲しいものが何でも買える。なんて考えていた。だがそんなことはなかった。
お金を得てもお金が増えるだけだ。欲がないわけではないのだが、何も欲しくない。それは物欲だけでなく、食も性も同様に興味が薄くなり楽しくなくなっている。
強いて言えば寝ている時が幸せだ。
出来ることならずっと布団の中にいたい。
そんなことを布団の中で考える。
ダメ人間か。
目を覚ましたらもう日が高く昇っていた。
何が起因しているかわからないが動きたくない。
時間を確認するためにiPhoneを手に取る。
「Hey,Siri. 家事やって。」
やはり人工知能とは言え、そこまでやってもらえない。現代社会の技術に過信していた私が馬鹿だった。全部スティーブ・ジョブズのせいだ。
毎度毎度グレードアップした製品を出すくせにこんなこともできないのか。
そんな底辺からの嘆きを余所に洗濯しようと立ち上がる。案外やる気になると家事は楽しいのだ。
こうなってしまうと部屋の至る所の埃が気になりはじめ、洗濯機を回したら、その後はひたすら衝動に任せて掃除機をかけた。
そういえば最近のiPhoneはジョブズ関係ないじゃん。
掃除機の電源を切ると同時に轟音が収束されていく。すると次第に近所の小学校から運動会の練習をする音が聞こえてきた。
平日の日中に弛緩していることを改めて突きつけられた。
こんな生活をしている私は世間から見たらニートに分類されるのだろう。
いや、会社に所属してはおらず働いているわけではないのでニートなのだ。
表層的に見れば、男の人と遊んでお小遣いを貰い、それで生計を立てている。
字面だけ見ると素晴らしいことこの上ないだろう。
だが私は仕事として捉えているので、楽しいと思ったことはない。
工場でお弁当にパセリを乗せる仕事をしている人と同じくらいつまらない作業だと思っている。
ただ楽に大金を得られる手段として、こうしているだけだ。それ以外に理由はない。
まあそんなことはどうでもいいのだ。とりあえずパセリを乗せる仕事がつまらないと決めつけたことを謝っておこう。ごめんなさい。
煙草を吸うためにベランダへ出ると小学校のグラウンドでは今流行りの音楽に合わせてダンスの練習をしていた。
私にもあんな可愛い時期があったことを切に願う。
ついでにあの子達はこんな大人にならないことも願っておく。
今日は家にいよう。
仕事はしない。
そう心に決めた。
どことない気だるさと、子供たちの無邪気さを見て思わず仄々してしまったが故か。
未だベランダの桟に腰掛けて紫煙を燻らせている。
そこでベランダ用の椅子が欲しいと思い続けていたことを思い出す。それと同時に、思い出したところで結局また買わないのだろうと悟る。
そんな自分に辟易とするが、自然と口元は綻んでいた。
こんなどうってことない時間が続いてくれたらどれだけ幸せか。
家のことを済ませていると気付けば小学校のグラウンドでは学童の子たちがワイワイと遊ぶ時間帯になっていた。
洗濯物を干すか、煙草を吸うか少し迷ったが煙草を選ぶ。
こんなに御膳上等な日だというのに、何もすることがないと明日のことを考えてしまう。
そんな脳を呪わずにはいられない。
そんなこんなで明日こそは仕事をしようと、スマホのロックを解除する。
所謂出会い系サイトと呼ばれるものを立ち上げる。
うまく予定を組んで、なるべく多くの人数に会えるように熟考する。
賢い人なら浅慮する程度だが私は熟考しなければうまくいかない。
人生と同じでうまくいかない。
明日は夕方から0時前までで3人と会うことになった。短時間でこんな稼げる。これは辞められないと改めて思ってしまった。
甘い汁を吸ってしまったら人として終わりなのか。
そう思う時がある。楽な方へ流れて行くと碌なことがないという風潮からか、そう思えてしまう。
だが女は甘いものが好きだって相場で決まっているだろう。
目の前に甘い汁があれば吸うに決まっている。
しかも女の体の仕組みでは甘いものは別腹という消化器官へと流れていくらしいではないか。
それなら吸い続けるしかないだろう。
結論、私のしていることは合理的であり、間違ってなどいない。
うん、完璧だ。
そう自分に言い聞かせてみたものの、もうわかっている。
わかっているよ。
いつか苦汁をがぶ飲みするって。
はじめまして。
はじめて物語を書きました。
どうぞ宜しくお願い致します。