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第03夜:破壊の天使

 ベッドサイドに置かれている宝玉(オーブ)へと、レイシャはおもむろに手を伸ばす。呪文を唱えて指先より魔力を放出すると、宝玉は多色の彩りを得て輝き出した。


「誰ぞ、居るか?」

「ハッ、隣室にヒルデガルドが控えております」


 これは主に磨き込んだ水晶などに魔力(オド)を封じ込めて作られる、いわゆる魔法の水晶玉だ。その利用方法は多岐に渡り、音声会話、映像の投影、果ては魔族や神族の封印などに利用される、万能な魔法の物品(マジックアイテム)である。


「……早いな」

「ハハッ、これが小職の職務で御座います故」


 此度のレイシャはこの宝玉を、自らの親衛隊への音声会話に利用している。

 それにしても親衛隊隊長ヒルデガルドの反応の速さは尋常ではなかった。いくら帝国のレイシャ付き直属と云えど、まるで宝玉の前にじっと待機していたかのような速さだ。

 我が配下の迅速な対応、毎度のことながら少々驚かされる。正直、ちょっと引く。


「丁度良かった、ヒルデガルド。先ほど何か余に伝えようとしたが、何か」

「ハハッ! 実は昨夜より、ヴァンフリーデ帝国元帥の姿が見えません」


 やはりそうか。途中で遮ることなく最後まで聞くべきであった。瑛斗にも「人の話は最後までちゃんと聞きなさい」って言われてたっけ。うっかりした。レイシャ反省。


「ヴァンフリーデの姿は、いつ頃から見えぬのか」

「ハッ、彼是十八時間と三十分ほど……陛下が魔術試技場にて、時空間多重結界の最終工程に入られた直後あたりからであります」


 それを聞いたヴァンフリーデが、銀の片眼鏡をクイッと上げてニコリと微笑んだ。

 この変態さんは本当に窓から侵入するだけのために、数百メートルある城砦外に十八時間も張り付いて、複合式多重結界鍵を解除していたのか。想像するだけで、ゾッとするな。


「そうか。ヒルダの気遣いと忠義、痛み入るぞ」

「ハハッ! 有難き幸せに存じます、陛下!」


 宝玉による通信を停止させるや、ヴァンフリーデがぶつぶつと口を開く。


「なるほど……最近の行動が筒抜けなのは、ヒルダの仕業ですわね」

「いや、余が命じた。貴様から目を離すと何をされるか分からんからな」


 このヴァンフリーデという、類稀なる美貌を誇るダークエルフ。

 皇帝の私室に勝手に上がり込むという変態的なことを平気でしでかすが、こと戦場に於いては常勝無敗。二つ名を『破滅の天使・創世の悪魔』などと呼ばれている。

 数多の戦略(ストラテジー)戦術(タクティクス)を身に着けた帝国元帥であり、これまでに滅ぼした王国の数は七つ、然して滅びかけた二つの王国を再建した手腕と実績を誇る。


「お姉さまったら、ひどい!」

「そういう面では、まだヒルダの方が信頼できる」

「ううっ、私とは長い付き合いですのに……」


 確かに、数多居る帝国の重臣の中でヴァンフリーデは、最も長い付き合いである。

 瑛斗と別れて長い旅路の果ての果て――レイシャは身寄りのない少女をよく拾っては、大きくなるまで育ててきた。思えばレイシャもそういった奴隷であったし、何よりも敬愛する瑛斗は、そういった少女をよく拾っていたからだ。

 自分は元より、チルダとかサクラとか、ライカとカルラとか。それを見て育ったせいか、道端にぽつんと少女が落ちていると、なんとなく拾いたくなるレイシャである。


 そんな中で誰よりも最初に出逢ったのが、このヴァンフリーデであった。二百年ほど前に出逢った当初は、汚れて惨めなダークエルフの孤児であったと記憶している。

 幼少の砌より傍に置き、よく懐いていたのが気に入って、ずっと可愛がってきた。

 それがみるみるうちに魔術の才能を開花させ、レイシャの『片腕』と呼ばれるまでの腕前になった。そうしていつしかレイシャを「お姉さま」と呼ぶようになってから、ちょっとおかしくなってきた気がする。


「だってお姉さまのお姿は全て記録して、この両の眼に焼き付けたいのですもの!」

「そうだろうと思っていたから、油断したのだ!」


 何しろ時空間転移の際には、自らの過去と現在の身体を入れ替えねばならない。つまりそれは、幼い頃のレイシャがこちらの世界へ顕現することを意味する。


「てっきり時空間相転移の魔法陣の方へ張り付くものだと思っていたぞ」

「だからといって酷くありませんこと?」

「なにがだ」

「時空間相転移魔法陣を、八層からなる四重の防護結界で囲うなんて……」


 そう思い込んでいたからこそ、注意深く仕込んでいた防護結界である。これには無防備となるエイティシア皇帝である我が身を護る意味もあった。

 ただし、ヴァンフリーデの魔の手から自らを護る意味も、あながち無きにしも非ず。


「そんな強固な防護結界なら、第八階層の複合式多重結界鍵を破る方がまだマシです!」

「だからといって、高層にある窓の外に十八時間もへばりついて何をしている!」


 途方もない労力と尋常ではない能力を、とんでもないことに使うものである。その根性と発想と集中力には、流石のレイシャも恐れ入るしかない。


「しかし、貴様としたことが珍しい」

「はい、なんですの?」

「幼い頃の余の姿は、見ていないのだな」

「まさかそんな、もったいない」


 この「もったいない」という言葉。いい日本語(コモン)だと日頃からそう思う。

 だが、こういう時に使うべき言葉かどうか。レイシャは甚だ疑問である。


「当然、使い魔(ファミリア)に録画させています」

「おい」

「それはもう、多角的に」

「やめて、ホントもうやめて」

「とても可愛らしい寝姿で、私は……尊い……」

「おい、泣くな。こっちが泣きたい」


 感極まって本格的に号泣し始めたヴァンフリーデは、ついに手を合わせて拝み始めた。ダークエルフは基本的に暗黒神を崇拝するが、いったいどこの宗教観だろうか。


「公式から供給された熱湯の海で、生きるのがしんどい」

「言っている意味がよく分からんが、手出しはなかったということだな」

「御意。見ているだけで至福。手など出そうものなら吐血して死にます」

「うむ、信じてるぞ」

「実際、見ているだけで吐血しましたし、涅槃が見え掛けました」

「本当に信じているからな……!」


 次の時空間転移の際には、必ずやコイツを厳氷地獄(コキュートス)あたりへ叩き込んでおこう――そう決意するレイシャである。

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