第01夜:序章
異世界より来訪せし勇者の時代より、凡そ三百年の刻が過ぎた。
西方大陸の中央に位置するエルディス台地の荒野に、巨大魔法都市国家群がある。
魔法都市国家群とは、古代語魔法を中心とした文化圏で形成せし八つの魔法都市を、ひとつの国家群として纏め上げた帝国である。
そんな魔法都市国家群・エイティシア首都、此処はパルフェルム。
かつて六英雄の一人・エリノアが『西方の魔女』と呼ばれていた時代。彼女が住まいとしていた『魔術師の塔』を中心とする世界最大の魔法都市である。
其処に強大な帝国を治めし皇帝にして、類稀なる美貌を誇る大魔導師がいた。
その者の名こそ、レイシャ・エイティシア。
そう――彼女こそ、かつて勇者と共に旅をしたダークエルフの少女である。
年端も往かぬ小さな身ひとつで強大な魔法を操りし彼女は、勇者と共に大陸全土を駆け抜けて、数々の伝説と神話にも似た奇跡を遺す。
三百年の刻を経て魔法技術の真髄を極めた彼女は今や、他の追従を赦さぬ程に見目美しく成長し、巨大魔法都市国家群を統べる皇帝の座へと登り詰めていた。
それでも尚、炎の如く熱く燃ゆる彼女の心は、決して満たされることはない。
何故ならばその心は、三百年の遥か遠い昔から鋼の大地が如く揺るぐことなく、ずっとかの勇者に囚われ続けたまま。まるで従順な奴隷のように変わらぬままであるのだから。
今日も彼女は、都市を見下ろす城砦の最上階は小塔の窓辺に佇み、首に巻き付けた『黒き精霊の腕輪』に触れながら、人知れず深い溜息を突くのである。
この物語は『爆炎の大魔導皇』と謳われた、ひとりの英雄の逸話である。