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筋肉が行くギャルゲー

作者: さらみぱすた



「……聞こえますか……」



 大海原に揺蕩う様に優しい何かに包まれる感覚が広がる。

暑すぎず冷たすぎず実に心地の良いぬるま湯の様な温度。

夢だ、これは夢、明晰夢で在ろうか、そんな事を考えていると



「聞こえますか、私の声が聞こえますか、愛おしい我が子よ」



 声が頭に響き渡る。これは夢だ。だって俺の母親は……



「愛し子の事を聞かせてください」



 そう、我が産みの母親はこんな手の込んだことなどしないで布団を引っぺがすからだ。こんな優しい言葉など掛けずにさっさと起きないとご飯が冷めるからと残酷に暖かい温もりを奪うのだ。まあ俺が早起きをするようになって起こされる事も無くなったのだが。ほんと……。



「愛し子の家族はいますか」



 にしても変な夢だ、俺の事を聞き出そうとしているのだろうか、ちなみに俺には優しくも芯の通った両親と美しい義姉と可愛い義妹がいる。人生勝ち組だ。やっほー。

 家族仲もいい方だと思う、皆と仲良くやってるつもりだ。昔といっても数年前、俺が中学一年生頃までは万能超人の姉や天才肌の妹に嫉妬して家庭内に要らぬ不和を齎していたが、俺が改心して以来そんな事は無くなったのだ。


 ほんと……い。



「愛し子の得意な武器は何ですか」



 武器……武器?随分と過激な事を問う夢だ。釣り竿だとか丸太とか告げたらどうするつもりなのか。



「ええ、愛し子よ、貴方の得意な武器は何でしょうか」



 男の武器はその拳だと、古事記にもそう書いてある、ちなみに日本書紀には日本刀と記載されている、植生では無いから滅多に手の入らないのだが。



「拳、つまりナックルですね」

「愛し子は格闘家か何かなのですね」



 まあ似て非なるものだ。

 そして、茸派か筍派かだとか、眼鏡とコンタクト、視力が落ちたら何方を選ぶかだとか、金髪な幼馴染と青髪のお嬢様のどちらを選ぶかとか、様々な良く分からない質問をされる。

 些か突っ込みたい内容だったり其れはギャグで言っているのかと問いたかったり本当に変な夢だ。だが気にしないで質問に答えよう。昔と違い細かい事を気にしなくなったのだ。


 ……万歳。



「最後に、愛し子の座右の銘を教えて頂いても良いですか」



 やっと終わるか。座右の名か、突然言われても思いつかないな。



「貴方の寄る辺とする言葉を、教えてください愛し子よ」



 如いて言うのならば、『鍛えた筋肉は裏切らない』だ。


 覚醒だ、意識がすぅっと明るくなる。


 恐らく時間が来たのだろう、夢が終わり目を開ける時が来た。

一気に意識が鮮明になる本当に刹那の間で何かしら声が聞こえる。

 筋肉万歳だろうか。



「え、筋肉?待って!聞いてないのですけどちょっと、え、時間!待って」



 声が遠ざかる。素晴らしい朝が来た。さあ筋肉を称えよ。



「なんかさっきから変な事ばっか頭に浮かんでいたけど、ふざけていたのではないのですかね?愛し子!リテイク、リテイクをお願いします」



 俺の名は松崎みつる。年齢は十七、趣味は筋トレ。身長百九十cm、体重百キログラム。スポーツジムをのぞき込めばそこに一人はいるだろう、ラットプルダウン前でよく見る様な平凡な男子高校生である。








 変な夢だった。フロイト先生に依ればきっとこれは男根の暗喩だとか云々あるのだろうが、今回の一件は本当に良く分からない不可思議な夢。

 いや、大概において夢なんてそんな物であるかと一人納得して時計を見る、朝五時半、いつも通りの時間だ。



 ゴールデンタイムと呼ばれる筋肉の成長に必須なある種のホルモンが最も分泌される筋肉愛好家にとって夢のような時間は夜の十時から翌三時くらいまでとされる。

 その時間帯に睡眠状態であるために俺は夜の九時くらいには寝ているのだ。その結果大体翌日五時には目が覚める。


 寝起き直後の栄養の不足した体は栄養を求める其処で口にするは神器プロテイン、と言う訳にもいかない。筋肉は蛋白質だけ摂取すれば付くものでは無い。各種栄養を補給しなければ筋トレは唯の徒労に終わってしまうのだ。




 夜遅くまで勉学に励む可愛く努力家な自慢の姉妹の一時の癒しの時間、朝のぬくぬくタイムを邪魔しない様に、音を立てずに廊下を渡り、一階のキッチンの冷蔵庫から牛乳を取り出して、朝食をとる。

 バナナを食べて、牛乳を飲む。この程度では物足りないが今は是だけしか口にしない。別にカロリー制限と言う訳でない。今の自身は成長期、栄養制限をすることは長い目で見て百害あって一利なし。



 日課のランニングをする時に食べ過ぎて消化不良を起こすとか笑えないからだ。



 自身の使った食器を洗い終えると、洗濯だ。水道代が勿体無いからお風呂の残り湯を洗濯槽に汲む。そうして洗濯スタートだ。

 それが終われば本日の授業の用意をする。もちろん宿題だってやり終えている。そうこうしていると、時間的に良い具合になる。

 二三十分で消化しきるバナナは筋トレ前、あるいは有酸素運動前の栄養補給に最適なのだ。トレーニング前に栄養を補給しない事はダイエット目的でない限り止めなければならない。




 日課のランニングの為に特注サイズのジャージに着替えて廊下に出ると姉さんと鉢合わせをした。松崎京子、義姉だ。

 義姉というのも母さんの親友の残した二粒種を両親が引き取り我が子のように育てただけで特にドラマがあった訳では無い。


 そんな彼女は生徒会長として皆に慕われ、文武両道で、容姿端麗、運動神経に優れ、筋量では俺に大きく劣る癖に運動では自分の上を往く傑物だ。

 成績も優秀で学級主席という完璧超人、そんな自慢の姉が俺の姿を見て、はぁっとため息をつく。



「何でこんなになっちゃったの、あたしが育て方間違えたのかな」

「そんな事は無い、俺は成績優秀で文武両道、友達だってそれなりに居る。近所の人にも何かと頼られるし、全部、姉さんのご指導ご鞭撻の御蔭、そう自身を卑下しないでほしい」




 小、中学生の頃、かっこよくて、何でも出来て、俺に比べて実に優秀な姉さんに憧れて、嫉妬して、恨めしくて。

 でも俺には姉さんでは絶対に持ちえない才能が有った、つまり筋力だ。

 細身の姉さんではその骨格の造りから掲載できる筋肉量が実に少ない。もともと女性という大きなハンデを抱える彼女ではどう頑張っても大柄な男で有る俺とは勝負にならない。


 そう、明確に姉さんに勝ち得る何かを得た事が俺にとってどれ程救いだったのか。たった一つだけでも自信の持てる物を得てから己の人生は彩を変えた。自分自身の手で狭めていた視界は開けたのだ。筋肉万歳。

 皆違って皆いい、俺には俺の良さが有るとそんな当たり前のことに気が付いてから随分変わったものだ。皮肉なことにあれだけ見つけたかった姉さんの弱点は意外な所にあった。

 姉さんは些か自罰的な所が有るのだ。そう云う所はあまり好きでは無いのだが。今回の様に突然発狂したかのように頭を抱える姉さんのそんな人間的な弱さを知る事が出来たのも全部筋トレの御蔭です。




「違う、違うの、そうじゃないの」

「どうしたんだ、姉さんは何も間違っちゃいないよ」

「あんなに可愛かったみー君がこんな肉達磨に」



 どこか精神的な暴力で設けたかのように陶磁の様にな美しい白い肌は青く染まる。貧血ならばあんまり無理をさせるべきでは無いから、仕方が無いが本日の朝のトレーニングはお休みだ。



 確かに筋トレは大事だが、大事な姉さんに要らぬ負担は駆けたくない。



「姉さん、朝の諸々は全部俺がやるから、今日くらい少し横になった方が良いよ」



 両親が出張で不在の今、料理を作るのは基本姉さんである。でも俺だって姉さんから見れば劣るが、料理全般が其れなりに出来る。

 というのも筋肉を付ける事において一番重要なのは栄養補給だ。その摂取栄養量を外食で賄うのは結構大変で。かといってサプリで取るのも家族に心配をかけるから、半ば義務感から始めた料理作り、しかしこれが結構楽しくて。

 プロには程遠いし、専業主婦たる母さんや完璧超人の姉さんと比べたら遥かに劣るが、自炊できるのだ。



 ふらりとした姉さんをしっかり抱きすくめ、膝下に手を回し横抱きをして、彼女の部屋に向かうその途中で。



「中身は完璧なのに、ほんと格好いいのに」



 姉さんはちょっと顔を赤らめてそうつぶやいた。その呼気が若干荒い。軽く興奮してるようで。ああなるほどとその発言の意図を察する。つまりもっと体脂肪率を落とせばいいのにと言う事か。

 俺としても本当はもっと体脂肪を落とした絞り切った身体にしたいのだが、若い頃にそこまで絞る事は体にかかる負担があまりに大きすぎる。

 全身の筋肉でさえこれ以上付けると内臓関連の成長に支障が出るらしく、筋量の増量はストップ中なのだ。キレッキレでデカい筋肉は成育しきった大人だけの特権なのだ。


 だからどうしようもない事なのだが、それでも姉さんとしては折角筋肉を育て上げたいい身体であるのだから、もっと完璧なスタイルになって欲しいのだろう。

 でもそう褒められると悪い気はしなかった。身近な人から頑張っている事を褒められると嬉しくて、照れくさくなるのだ。









 姉さんをしっかり寝かしつけてから朝ご飯を作成しようとしたら彼女が復活してきた。鼻歌を歌いご機嫌な姉さんは健康そのもの。一応念のために姉さんのお手伝いをしたが、元気そうで何よりである。

 そうして卵の焼けるぱちぱちという音と鼻腔を擽る香ばしい香りに招き寄せられて、ようやく目覚めた我が最愛の天使。

 

 彼女と姉さんと俺の三人で食事をとる。

 ちなみにお皿を洗うのは俺の仕事だ。姉さんたちの繊細で美しいお手手が有れてしまうのは申し訳ないのだ。

 それが終われば洗濯物を干す。これが意外と楽しいのだ。リズムゲーみたいにリズムに乗ってどんどん動きを効率化するのに快感を覚える。

 

 全てが終わり、学校に行くにはちょっと早い時刻で。時間が余った時に何をするのか、勿論筋トレと良いたいのだがストレッチだったり栄養補給だったりする時間を考慮するととても間に合わない。


 だからいつもよりもだいぶ早いのだが家を出る事にする。と偶然マイエンジェル、我が義理の妹、栞と出くわした。眠そうに欠伸をする彼女だが、その理由は毎日夜遅くまで勉学に励んでいるため。たびたびココアを差し入れたりしてるからよく知っているのだ。



「我が天使よ、一緒に学校行こうか」

「嫌よ、なんでわざわざお兄ちゃんと一緒に行かないといけないのよ」



 これが反抗期か、お兄ちゃんちょっと寂しい。でも気持ちはわかる。交友関係に親兄弟があまり口を出すべきでは無いのだ。青春の涙は大人になった時に宝物に変わるらしいのだから。あれもこれもやってあげる事は我が最愛の妹にとって良い事には為らない。

 筋肉と同じだ。負荷をかけなければ筋肉は育たないのだから。


 としょんぼりしたことを察したのか我が可愛い可愛い妹は大きく溜息を吐くと。



「わかった、わかったから、本当、お兄ちゃんはそう云うとこ強引なんだから。一緒に学校行きましょうか」

「かわいい」



 家の妹は本当にかわいい。

いい子で俺にとって密かというほど隠してない自慢の妹である。

そして俺の胸の内から飛び出した言葉は照れ屋で恥ずかしがりやな我が家の天使の顔を赤く染めた。

 かわいい。








「少しいいか松崎弟」

「何か御用でしょうか」



 ワイのワイの話しながら歩いていると凛とした声に呼び止められた。

 校門で服飾のチェックしている風紀委員長だ。俺はどうにも彼女に目を付けられているらしい。本当にどうでも良い事であれこれ文句を言われるのだ。

 真っ直ぐにきつい印象を覚える風紀委員の眼を見つめる。後ろ暗い事が無いから真直ぐにその疑うような目を見つめる。



「校則を破るようなことも風紀を乱すことも何もしていませんよ」

「よく言うな。今度という今度はお前も終わりだな」



 なんかしたっけな。記憶を探るもそこまで言われる様な事を一切した覚えが無いから、本当に困る。



「校内で上半身裸になったという証言がある」

「それは俺が美術部のモデルを頼まれたからですよ。その場にいらっしゃった教諭の指示によるものなのですが」



 困った顔で頬をポリポリ搔く。肉体のデッサンを取りたいと声を掛けられて、美術室に連れ込まれ、部員に嘆願されて、顧問の美術教師の指示で上裸でポージングを取った事を思い出した。

 確かに上裸になると言う行為は願う側も願う側であるが、請け負う側も請け負う側だ。

舌打ちをして要件が終わった事を示す風紀委員長は控えめに言ってチンピラみたいなものだ。



「李下で冠を正したこちらにも否が有るでしょうから」

「言われなくてもわかっておるわ」

「失敗は誰にでもある。大事なのはいかに再び走りだせるか否かですよ」

「……そういう所は本当に姉そっくりなんだな」



 こうやって絡まれても昔ならばグチグチと思い悩んだのかもしれない。だが筋肉をしっかり鍛えたおかげで思い悩まなくて済む、筋肉万歳だ。



「本っ当に自分たちの非を認めない人達ですよね」

「いやいや、俺にも否があったさ。脱いだことは事実だ」



 明確に不快感を露わにした最愛の妹を抑える。

 だって風紀委員長の気持ちは痛いほどわかる。それにまぎれも無く自身にも否があったのだ。だって学校内で上裸になったのまぎれもなく事実。若干高圧的であったがその理由も察しがついている。



「でも最初っからあんなに高圧的にきますかね」

「あれは嫉妬しているんだよ。俺のこの鍛え抜かれた筋肉にな。彼女は女性だからそこまで筋肉が付かないのだろう。全く困った人だ」

「それは絶対に違います。仮に嫉妬しているにしてもお兄ちゃんの筋肉に対してではではないです」



 そう、かくいう俺にも覚えがある。近所のジムに通うトーマスさん(自営業)とか岡本さん(サラリーマン)を見て俺もよく嫉妬するのだ。

 俺の骨格もまた一般的には恵まれていて筋肉の掲載量も日本人にしては多い方だが上には上が居て、そんな彼らに嫉妬してしまう事は良く有るのだ。


 感情の問題は理性でどうこう出来るものでは無いと、相談に乗ってくれたトレーナーさんや、理不尽な言葉を向けられた被害者であるトーマスさんや、岡本さんも笑って許して下さったけど、彼らが善人だからこそ、己の醜さを目にするようで淀むものがある。


 こういう時こそリフレッシュするといい。つまり筋トレして汗を流すのだ。


 そうして許されたことのある俺だからこそ、身に覚えがあるからこそ、あるあるだよねと笑って流せるものである。








 玄関で妹と別れ教室を目指す途中で人だかりが出来ていた。人よりも身長が高い俺はこういう人だかりを高い視線で素通りしてみることが出来る。

 その中心地帯に居たのはまるで妖精と呼ぶのがふさわしいようなピンクの髪の小柄な少女。

 確かに見惚れる美少女だ。多くの人は気後れして声を掛けることが出来ないのだろう。だが、こういう時に役立つのが筋肉を鍛えた結果得たゆるぎない自我。周囲の空気何て読まずに声を掛けるために近づく。



 周囲の眼差しが突き刺さる。でもそんなことどうでも良い。思わず小柄でパッと見小学生みたいな少女のの引き締まった上腕を見る。あれは非常に良質な筋肉だ。小柄な体格という大きなハンデを塗り替えうる非常に高品質な筋肉。武道か何かを嗜んでいるのだろう。


 小さな子供のようであるが鍛えた筋肉は嘘をつかない。彼女は立派な筋肉愛好家であるのだ。そして筋肉は一朝一夕にならず、少なくとも同学年以上だろうから。だが流石に教師では無い。であれば彼女の正体は一つだ。



「君は転校生か」

「ええ、そうよ。あんた……貴方は先生でしょうか」

「いや、君と同じ学生だよ、行く先は職員室であっているかい?案内しよう」



 変な時期に転校生が来るもんである。だが、その思考を中断する。下手な詮索をするのは筋肉愛好家のすべき事では無い。



「へー随分紳士的なのね。誰も声かけてこないから困っていたのよ」



 彼女はじろじろ見て来るだけでほんと嫌になっちゃうわとそうごちて。

 ちなみに俺は枯れている訳でも紳士だと言う事も無い、見慣れているだけだ。家で最高に美人の姉妹に挟まれて育った関係上、優れた容姿という物に慣れているだけ。



「今度なんかあったらあんたを頼るわね筋肉君」

「俺の名前は「あー転校生、そこにおったんか、先生探したわぁ」」

「貴方の名前は次に会った時に聞くわ、私の名前もね。じゃあまたね」









「おー、ないすかっと」


 

 教室に入ると声を掛けられた。

 たどたどしく声を掛けてくれたのは同級生の少女。その言葉はありがたい物の本物のビルダーさんに比べれば遥かに劣る筋肉を褒められても、のぼせ上がることは出来ない。



「応援ありがとう。しかし俺の筋肉はまだまだだよ。年齢も有ってそこまでがっしり鍛えることが出来ていないからな。そこまでキレていないしデカくも無い。」

「そ、そうなんだ、あははは。」



 心理的に若干距離感を感じる。と違う同級生、今度はギャル風から声を掛けられる。



「筋肉、ダイエットしようと思ってんだけどアドバイスない」

「そうだな、細かい事は部室で聞こう。あまり人がいるところで話したくもないだろう、そうだな、昼休みにうちの部室でどうかな」

「そうね、じゃあお昼休みにトレ部の部室に行くから、ヨロー」



 個人的に同級生とはうまくやれてる方だと思う。クラスでのポジションはマスコット扱いされている。恋愛対象にはならないが其れなりにクラスに溶け込めている。



「おい筋肉、今度、うちの面子にお前を紹介していいか」

「会うだけならいいんだが、暴力沙汰になるようなら遠慮してほしい。俺の筋肉は喧嘩用で無いんだ」

「分かってる分かってる、お前みたいなデカい奴がいるといろいろ伯が付くんだよ」

「だったらジムを紹介するか?お前だって素質はあるぞ」

「じゃあ、さっそく今日来てもらってもいいか」

「ああ、ごめん、今日はサッカー部に行くからな」

「そうそう、『筋肉』今日はうちの部活でトレーニングのあれこれを教えてくれるって言ってたんだよ」

「これ以上筋肉付けんのか、『筋肉』お前大したもんだぜ」

「いや違うよ。俺の知ってるトレーニング法はサッカーのような持久力を持たせるものと違うんだよ。だからちょっと気になってな」

「そうなのか!、顧問の禿の奴、嘘教えてたのかよっ!」

「違うから。筋肉の使用目的で鍛え方は変わるから。山本顧問は素晴らしい方だぞ、俺もあの人の指導受けたいし」

「じゃあサッカー部入れよ、禿にしっかり指導してもらえんぞ」

「俺は筋トレ部に入ってるしな。そもそも筋力で負ける気が無いが運動神経ではお前みたいな奴には勝てないから、絶対に嫌だ」



 そう何故だか俺は筋肉及び栄養補給の専門家扱いされているのだ。体育の教官さんや、運動部の顧問を担当なさっている方々の方が相談するのに向いているのだが、教諭方に相談する事は学生にとってどうにも敷居が高いのであろう。



 そもそも筋肉、及び人体の不思議さについて解明されてない事も多いのだ。例えば筋肉痛が起きる条件だって乳酸がたまる事によると一般的には信じられているのだが、それにはどうも矛盾点が生じるらしい。

 つまり乳酸は筋肉痛の理由では無いと言うのが今の学説。

 昨日の真が今日の虚偽に変わってしまう様に人体の神秘はまだまだ謎が残っているのだ。

 筋肉痛の原因以外にも栄養摂取、プロテイン摂取のタイミング、筋トレ後の有酸素運動の有無などなど。筋肉の専門家たちの間ですらも議論が紛糾し、答えが出ない様々問題はまだまだたくさんあるのだ。 プロでさえそうなのだ、アマチュアで経験だって不足している俺では答えられない問題だって多い。


 ホームルームで教師が教室に訪れるまでそうやって友達と馬鹿話を続けた。









 教室に入って来た教師はお知らせがあると切り出した。その言葉に俺は先程出合った同士の事を思い出す。本当に奇妙な縁である。同じクラスで有ったとは。



「今日は転校生が来るぞ。じゃあ入って来なさい」



 教師の言葉で一人の美少女が教室に入り、教室が歓声に響く。一大イベントだろう。美少女がやって来たのだ。俺だって嬉しいもん。かわいこちゃんと一緒にいろんなイベントを過ごして、あわよくばと考える男共の思想は良く分かる。俺だってそうだもん。

 湧いたクラスメイトに慄いて表情が固まる転校生に小さく手を振る。俺を見てその顔に浮かべていた緊張感がほんのちょっと減ったのは顔見知りを見つけたからだろう。

 彼女はちょっとだけ目を閉じて深呼吸する。


 そして。



「あたしの名前は越前マーガレット」



 目をかっと開いて堂々と告げる。

それは真正面からの宣戦布告。



「松崎みつるって奴にいいたいんだけど」



 その名は俺を指し示す物であり。



「あんたがあたしの婚約者だなんて絶対に認めないんだから」



 目の前の少女は俺の婚約者らしい、

 俺は何も聞いていないんだけどどうなっているのだ、これは。




 ざわりと周囲の視線が俺に向く。

ええっと、聞きたいのは俺の方なんだけど。







 それこそが俺が魔訶不思議な世界に巻き込まれた日の一幕。在り来たりな平凡な日々がずっと続くと信じていたある日の場面だった。


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