第四十五話:魔界門(サモンズ・ゲート)
「開け、魔界門」
美鈴の魔法を受け、片膝をついていた日向がゆらゆらと立ち上がる。
そして、彼女の右手に握られた魔導書は今までよりも一層強い光を放っていた。
「え、日向・・・いったいそれは何ですか?」
そんな日向の姿を見て、驚愕の表情を浮かべる美鈴。
否。美鈴が見ていたのは日向ではなく、その後ろにあるモノだった。
高さ五メートルにも上る巨大な黒い『扉』。
その縁には禍々しいスタイルの彫刻がなされ、周囲には漆黒のオーラが漂っている。
今すぐにでも中にあるモノを吐き出さんとガタガタと揺れる『扉』を無理やり抑え込むように、極太の鎖が幾重にも巻き付いている。
まさに、『魔界へ通ずる門』。
そう言うに相応しい成りをした召還物が、いきなり美鈴の目の前に現れたのだ。
『ほおぅ、これはなかなかに凄まじいものを召還したのぉ・・・』
実況席に座る守織も驚きの声を上げる。
「おい、なんだよあのでかい扉」
「あんなの授業で習ってない・・・」
「なんか、見ているだけで気持ち悪くなりそう・・・」
学園側の生徒たちも神妙な顔つきで成り行きを見守る。
そんな中、「ガチャン、ガチャン」と、
『扉』に巻き付いた鎖が一つずつ解けていく。
そしてすべての鎖が解け、
「我が呼びかけに答えよ、『フェンリル・レプリカ』」
日向がそう言うと、ゆっくりと開いた扉の中から四足歩行の生き物が表れる。
全長およそ三メートルを超える、大型の狼。
全身は真っ黒い棘のような体毛に覆われており、金色に光る二つの目は敵意をむき出しにしながら美鈴を見つめていた。
・・・・
・・・
・・
・
【美鈴】
「あの黒い生き物は、狼?」
日向が召還した『扉』の中から出てきたのは、一匹の狼であった。
しかし、ただの狼ではない。美鈴は一目見た瞬間それを悟った。
「日向、まさか貴方がここまで・・・」
「これが・・・私が持てる魔力全てをつぎ込んだ召喚獣。止められるものなら、止めてみて」
『■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』
日向の声に反応するように凄まじい咆哮を放った狼は、美鈴に向かって全速力で駆け出す。
日向と美鈴の間は距離にして十メートル程。
しかし狼はひとっ跳びでその距離を詰め、美鈴を引き裂かんと鋭い爪を携えた前足を振り下ろす。
(もう狼が目の前に!?早すぎる!!!)
「女神ノ盾!」
美鈴は咄嗟に前方の狼に向かって防御魔法を展開する。
ガキィィン!という衝突音とともに、狼の攻撃を半透明の盾が阻む。しかし・・・
「なん・・・ですか、これ・・・!攻撃が重すぎますよ・・・!」
狼が振り下ろした前足は、拮抗する女神ノ盾を次第に押し曲げていく。
同時に美鈴の顔が苦痛に歪んでいく。
(このままでは防御を突破されてしまう・・・!まずはこの状況だけでも打破しなくては!)
「フラッシュ!」
美鈴は咄嗟に光属性魔法「フラッシュ」を発動させ、広範囲に広がる強い光を発し対象の目くらましを図る。
「ガァァァ!!!」
突然の閃光に視界を奪われた狼は後ろに数歩よろめき、目を強く閉じて首を振る。
狼が怯んだのを好機とした美鈴は、無属性魔法で身体能力を強化し、後ろに飛んで再度狼と距離をとる。
(さて・・・距離はとれたものの、どうしたものか、ですね)
美鈴は現在狼と二十メートルほどの距離を取っている。
しかし、最初に襲われたときの狼の跳躍力を考慮すると、倍の距離でも油断はできない。
(私が狼の攻撃を必死に耐えている時に日向から攻撃されていたら、防ぎきれませんでしたね・・・あら?)
そこで美鈴は違和感を覚えた。
最初に美鈴が狼に襲われた時、美鈴の全神経は狼の攻撃を防御することに注がれていた。
いわばその瞬間だけ彼女は「隙だらけ」だったのである。
その隙は日向にとっては大きなチャンスだったはず。
美鈴の死角に回り込み、攻撃魔法を浴びせればそこまで手が回らず倒されていただろう。
(日向はそれをしませんでした・・・何故?)
不思議に思った美鈴は日向の方を見る。
美鈴の視線の先の日向は、『魔界門』を発動させた場所から一歩も動かず、魔道書をもって立っているだけだった。
しかし日向の足元を見ると、彼女の両足には地面から不自然に生えた黒い鎖が巻き付いており、それが動きを拘束しているように見えた。
(なるほど・・・日向が動かなかったのは魔法のリスクによるものだったのですね)
そう、日向は『動かなかった』のではなく『動けなかった』のである。
この世界に存在する魔法の一部には発動の際、術者に何らかの代償を負わせるものがある。その代償を魔導士は一般的に「リスク」と呼ぶ。
そのように「リスク」を持つ魔法はその分強力な効果・威力を持つ。
まさに「ハイリスク・ハイリターン」というわけだ。
おそらく日向が先ほど発動させた魔法、『魔界門』には、リスクとして自分自身は動きを拘束され、魔法を発動できないという枷があるのだろう。
(それはつまり、この戦闘中は日向が召還した狼にだけ集中していいという事です!)
そうして美鈴が一連の考察を終えると同時に、怯みから立ち直った狼が美鈴に向かって一直線で走り出す。
二十メートルの間合いを一気に詰めた狼は、初撃と同じく前足を美鈴に向かって振り下ろす。
「女神ノ盾!」
美鈴はそれに対抗し再度防御魔法を発動するが、この魔法ではさっきと同じように狼の攻撃を防ぎきることはできない。
(でも、それは正面から受け止めた場合です!)
美鈴は半透明の光の盾を正面の狼に対して斜めに発動。
そうすることにより攻撃の衝撃を受け止める範囲を広げて威力を分散し、狼の体を美鈴から見て左方向に受け流す。
狼はそのまま美鈴の横を通り過ぎたため、引き返そうとブレーキをかける。
その折り返し地点、狼の動きが一瞬止まるその隙を美鈴は見逃さなかった。
「今です!!!拘束!」
動かない格好の的となった狼に対し、美鈴は拘束魔法を発動。
拘束が成功すれば、魔法によって召還された狼は「バインド」の副作用である魔力封じによって消滅するだろう。しかし、
「グルァア!」
自分の足元に光属性の魔法陣が展開されたことに気づいた狼は、その凄まじい瞬発力で美鈴から離れるように飛びし去り、鎖に拘束されるのを回避することに成功した。
「急な方向転換によって崩れた体勢から、あんな動きができるんですか・・・これは予想外ですね」
そしてまた狼が美鈴に向かって突進していく・・・かと思いきや、狼はその場から動くことなく美鈴に向かって大きく口を開く。
その大きく開いた口の前に緑色の魔法陣が展開され、
「グルァァァァアアアア!」
美鈴に向かって、咆哮とともに空気砲のような風の衝撃波が放たれる。
(この魔法は、「ウインドショック」!?)
これに対し美鈴はすかさず女神ノ盾を発動。
風属性魔法「ウインドショック」は美鈴の防御魔法に阻まれて消滅する。
「なるほど、今度は遠距離ですか」
狼は近接戦闘では突破が困難であると判断し、魔法による遠距離攻撃に切り替えたのだ。
そして狼は美鈴を中心に円を描くように走りはじめ、全方位から魔法の連続攻撃を仕掛けてくる。
これでは美鈴は「拘束」の狙いを定めることができず、さらに死角から襲ってくる魔法の対処を強いられることとなってしまった。
美鈴は何とか女神ノ盾でその攻撃を凌いでいくものの、度重なる魔法の使用により彼女の魔力は限界に近付いていた。
(このままではジリ貧です。この状況を打破できる策は・・・!?)
全方位から襲ってくる狼の攻撃魔法。
そのすべてに対処していたのではいずれ押し切られてしまう。
ならば攻撃魔法に対処するのではなく、狼自体をどうにかするべきである。
そう考えた美鈴は再び防御魔法、女神ノ盾を発動。
しかしそれは美鈴の目の前でなく、彼女を中心に狼が描いている円を遮るように『壁』を展開した。
「ガウ!?ギャン!」
すると、突然目の前に現れた壁に驚いた狼が衝突を避けようと急ブレーキをかけたものの、勢いを殺しきれずに女神ノ盾に衝突する。
「今度こそ!!!『拘束』!」
壁にぶつかり完全に停止した狼に向かって美鈴は拘束魔法を発動する。
そして今度は間違いなく、地面の魔法陣から伸びた光の鎖が狼を拘束した。
・・・と思ったその時、拘束されたはずの狼の姿が黒い煙となってフッと消える。
「どうして!?・・・まさか!!!!」
美鈴はこの消え方に見覚えがあった。
日向を最初に拘束したときに対処に使われた、偽物を作り出す魔法。
(影人形!!!!!!!!)
美鈴が拘束したのは、狼が自身の魔法で作り出していた偽物だったのだ。
しかし、もう時すでに遅し。
美鈴の死角から近づいていた本物の狼の前足が、後ろを振り向いた彼女の眼前に迫っていた。
(防御魔法が、間に合わない・・・!)
真正面から女神ノ盾を打ち破れるほどの一撃を防御魔法もなしに食らえば、戦闘不能になるのは目に見えている。
(私の・・・負け?)
これから受けるであろう衝撃に備えて、美鈴は体を強張らせる。
そして、美鈴に向かって振りぬかれた狼の前足が・・・消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
食らう事を覚悟していた衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
まさかこれも偽物では!?と周囲を見渡してみても狼の姿は見られなかった。
その代わりに美鈴の目に飛び込んできたのは、実技場の中央で仰向けに倒れている日向の姿。
その右手から魔導書がポトリと落ち、煙とともに霧散して消えていく。
「ひ、日向さん?」
「もう、無理。限界」
「え、限界って・・・」
「魔力切れで動けない。降参」
『はーい。ここで日向が降参宣言したため試合終了なのじゃ。よってこの勝負は美鈴の勝ちとする。両者良い戦いじゃった。皆の者!拍手!!!』
突然観客席から守織の試合終了宣言が言い渡される。
「私・・・勝ったんですか?」
『日向が降参すると言ったんじゃ。それに見るからに日向はもう戦闘続行不可能じゃろうからの。正真正銘お主の勝ちじゃ』
「あ、ああぁぁ・・・」
美鈴は安心したようにその場にへなへなと座り込む。
「今回は本当に負けたと思いましたよ・・・。日向さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫に・・・見える?」
「すみません見えません」
「でも、今回の負け方は不服。もう少しだった」
「そうですね。結局私の勝ち越しとなってしまいましたが、またいつか手合わせしましょう?」
「・・・・・・・」
日向からの返事がない。まるで屍のようだ。
「日向さん?」
「すぅ・・・すぅ・・・」
極限までの魔力消費で疲弊していたのか、いつの間にか日向は眠りに落ちていた。
『あれま、日向が寝てしもうた・・・救護班!今すぐ担架で日向を救護室へ!美鈴?お主はどうじゃ?』
「私は、少し休めば・・・立てるくらいには・・・」
『いや、無理はせんほうが良いじゃろう。救護班!美鈴も一緒に運ぶのじゃ!』
守織が指示を出してすぐ、救護班が日向を担架で、美鈴には肩を貸して救護室へと運んでいく。
かくして練習試合第二戦、美鈴VS日向は、さらなる激闘の末美鈴に軍配が上がることとなった。




