第四十四話:貴方に、勝ちたい
『それでは練習試合第二戦目、如月美鈴対景浦日向。開始!』
守織の宣言とともに二人の戦いが始まる。
先に動いたのは、日向だった。
彼女が右手に持つ魔導書が勝手にパラパラめくれ、止まったページが光りだす。
「読唱、魂を屠るその音は 汝を深淵へと突き落とさん・・・」
日向の詠唱とともに魔導書の輝きが増していく。
すると、それを観客席から見ていたアリスが、焦ったように席から突然立ち上がる。
「え!?いきなり!?これはまずいわ!!!!」
「え?まずいって何が」
「説明している暇はないわ!ケイジ、私の後ろに隠れて!!!」
アリスの表情からただ事ではないことを察した敬司は、アリスの言う通りに後ろに隠れる。
「そのまま動かないで!清浄の盾は我らに安らぎを与えん!心理障壁!」
アリスが魔法を発動したと同時に、アリスと敬司の体の表面が金色に光り始める。
他の生徒たちを見てみると、アリスと同じ魔法を使っているのか皆金色に光っていた。
そして、その表情には一様に焦燥が見られた。
(一体、何が始まるっていうんだ・・・)
前に立つアリスの横から日向を覗くと、それはちょうど彼女の魔法詠唱が終わった時だった。
「彼の者の精神を喰らえ。精神破壊」
『ギィイイイイイィイイイィイイイン!!!!』
「ぐっ!ああっ!な、なんだ!?この音は!!!!」
突然頭の中に響き始めた、黒板を爪で引っかいた音をさらにひどくしたような
不協和音。
その凄まじい音に敬司はたまらず耳を塞いでその場にうずくまる。
(これは、ヤバイ!頭が割れる!)
その音はほんの数秒しか続かなかったものの、敬司にはまるで永遠のように感じられた。
そして音が収まり、何とか精神を保った敬司はおずおずと目を開く。
「はあっ、はあっ・・・危なかった・・・」
「ケイジ、大丈夫?」
目の前にいたアリスもつらかったのか苦悶の表情を浮かべていた。
周りを見ても倒れている者はいなかったものの、アリスと同じように苦しそうにしていた。
「はあっ。あ、ああ。何とかな・・・。アリス、今のは一体?」
「ヒナタが使ったのは、精神破壊。闇属性に属する精神干渉系の魔法よ。対象の精神と思考回路を破壊して喪心状態にさせる、かなり高度な魔法よ」
「精神干渉?じゃあ今聞こえた音は・・・」
「そう、あの恐ろしく不快な音を対象の脳内に直接響かせるの。対抗術式に当たる心理防御で何とか緩和できたけど、ここまで強いとは予想外だったわ」
じゃあアリスが使ってくれた魔法がなきゃとっくに気絶していたわけか・・・
精神破壊。なんておっかない魔法だ。
「そして、今私たちが受けたのは精神破壊の余波に過ぎない。今さっきよりも何倍も強い精神干渉が、魔法の対象となるミレイを襲っているはずよ」
「余波って、今の威力でか!?ってか美鈴!美鈴は大丈夫なのか!?」
アリスの言う事が本当ならば、日向の精神干渉魔法の余波で敬司は気絶しかけたのだ。
美鈴がその何倍も強い精神干渉を受けたのであれば、彼女が聞いたであろう不協和音を想像するだけで恐ろしい。
慌ててアリスの横に並び、実技場に立つ美鈴をみる。
美鈴は何事もなかったかのように立っており、苦しそうにしているようには見えない。
「やっぱりミレイはさすがね。先の精神干渉を受けても彼女は眉一つ動かさなかったわ。相変わらず防御面に関しては鉄壁ね」
まじか・・あんなのをまともに受けて立ってられるのかよ・・・
・・・・
・・・
・・
・
「読唱、魂を屠るその音は 汝を深淵へと突き落とさん・・・」
試合開始と同時に、先手必勝とも言わんばかりに日向が魔法の詠唱を始める。
その詠唱から、美鈴は日向の使う魔法を予測する。
「この詠唱術式は、精神干渉系・・・精神破壊!?」
精神破壊は、闇属性の第七位界魔法。
対象の精神に干渉し、破壊する。
中級魔法とは言えど、その習得難度は上級魔法にも匹敵するほどの高度な魔法だ。
これに対抗するためには、心理防御と呼ばれる光属性第五位界魔法で精神干渉を緩和する必要がある。しかし・・・
(日向の闇属性魔法の強い適正、さらに触媒による効果上昇を考えると、ただ心理防御を発動しただけでは防ぎきれませんね・・・ならば・・・)
発動する魔法は心理防御。
その抵抗力を何倍にも引き上げるイメージを膨らませる。
(もっと厚く、もっと・・・もっと頑丈に!)
本来であれば一層のみで構成される精神防御の盾を、多重展開して強度を上げるイメージ。
「清浄の盾は我に“絶対不可侵の”安らぎを与えん 複合連続心理障壁。展開!」
「彼の者の精神を喰らえ 精神破壊」
魔法の詠唱を終えた美鈴に、同時に発動した日向の精神干渉が襲う。だが、
(対抗術式の詠唱が間に合いました・・・これなら楽に耐えられそうです)
アリスや敬司、ほかの学生たちが必死で抵抗する精神破壊を、美鈴は済ました顔でやり過ごす。
そして数秒続いた不協和音が収まる。
「・・・防がれた。結構本気出したのに」
日向が少々不機嫌そうな顔で美鈴を見つめてくる。
「いえ、もし対抗術式が間に合っていなかったら私もどうなっていたことか・・・というか日向さん、この魔法の余波の影響を考えずに発動しましたね?」
精神干渉の魔法は強力で、発動時に対象以外にも魔法の効果が余波として影響する。
「もちろん考えてる。アリスや生徒たちなら耐えられる」
「敬司君はその精神防御魔法、習ってないので使えないんですよ?」
「あ・・・」
日向が慌てて観客席の方を向く。
敬司は非常に苦しい表情を浮かべているものの、意識を失ってはいないようだ。
「おそらくアリスが守ってくれたのでしょう。気を付けてくださいね」
「・・・後で謝る」
「それがいいでしょう。それでは気を取り直して続きを始めましょうか、日向」
美鈴がにっこりと笑顔を浮かべると、彼女の周りに十個の光属性の魔法陣が一気に展開される。
その数と詠唱速度に日向の顔が若干引きつる。
「え・・・無詠唱・・・しかも魔法陣多い」
「そうですか?あなたが開始早々やらかしてくれた魔法に比べれば、これくらい軽いものですよ?」
少々棘のある口調で言葉を発しながらも、美鈴の輝くような笑顔は崩れない。
「美鈴・・・怒ってる?」
「いえ、怒ってないですよ?さすがにあんな危険な魔法をいきなり使うとは思ってませんでしたから驚いただけです。敬司君も被害を受けたようですが無事だったみたいですし。何も言うつもりはありませんよ?ええ本当に」
美鈴はそういいながら日向に向かって右手をかざす。
すると、彼女の魔法陣が日向をロックオンするように向きを変える。
「だから、少しは反省してくださいね?日向♪」
「・・・やっぱり怒ってる」
すると、美鈴が展開した魔法陣のうちの一つが消え、一瞬で日向の足元に現れる。
「拘束」
美鈴がそう呟くと、魔法陣からいくつもの金色の鎖が飛び出し、日向の両手両足胴体を素早く巻き取り拘束する。しかし、
「あら、外しましたか」
美鈴が放った魔法で拘束された日向の体が、まるで陽炎のようにゆらゆらと揺れ出し、すぐに黒い煙となって消えていった。
そして日向の姿が消えたと同時に、美鈴を中心に円を描くように、地面に五個の闇属性魔法陣が展開され、そこから出た煙が日向の形を成していく。
「なるほど、私がとらえたのは偽物だったのですね」
「「「「「影人形。危うく拘束で魔法を封じられるところだった」」」」」
美鈴の周りに現れた日向達が同じ口調で、同じ言葉を口にする。
日向の言う通り、先ほど美鈴が放った光属性拘束魔法「バインド」は、ただ対象の動きを封じるだけでなく、対象の魔力を封じ込め絶縁状態にする。
魔導士同士の戦闘において、魔法が使えなくなれば戦闘続行は実質不可能。
故に捕まればその時点でゲームオーバーである。
「その五人の中にいる、本物の日向を捕まえればいいんですね?」
「「「「「そうかもしれないし、いないかもしれない」」」」」
「いなかったら、その時はその時です。行きますよ、複数同時拘束!」
美鈴の周りに展開された残り九つの魔法陣のうち五つが消え、先ほどと同じようにそれらが五人の日向の下に現れ日向を拘束する。
拘束された日向は次々と黒い煙となって消えていったが、美鈴の真後ろにいた日向だけは違った。自身が拘束される前に魔導書を取り出し、
「無力化」
日向がそう言った瞬間、美鈴が展開した魔法陣と鎖が音を立てて崩れる。
無力化とは、無属性第七位界魔法の中級魔法。
自分を対象として発動された魔法の発動に対して、それを魔法陣ごと無力化させる魔法である。
本来であれば、美鈴ほどの光属性魔法の使い手が放った魔法を消滅させるのは困難であるのだが、日向の持つ触媒(ア―カイブ)による魔術強化がそれを可能としていた。
そして、
「闇の礫よ。 黒弾」
日向が続けざまに発動した魔法によって、複数の黒い球が日向の周りに現れ、高速で美鈴に向かって飛んでいく。
「やはり後ろでしたか、女神ノ盾!」
後ろを振り向いた美鈴は防御魔法を発動させ、透明な盾によって日向の攻撃をすべて相殺する。
自身が放った魔法がすべて防がれたことを確認した日向は、即座に次の魔法を発動させた。
「もう一回。影人形」
今度は先ほどよりも多い、十人ほどの影でできた日向の分身が表れる。
その多さに一瞬硬直する美鈴だったが、すぐに気を取り直して対応する。
「何度やっても同じことです!複数同時拘束!」
美鈴の周りに日向の数と同じだけの魔法陣が表れ、それらすべてが一瞬で日向達の下に移動する。しかし日向は焦る様子もなく冷静に対応し、
「「「「「それはこっちのセリフ。無力化」」」」」
拘束に対抗するようにすべての日向達が魔導書を開き、地面に展開された魔法陣をすべて破壊する。
「拘束がすべて解除された・・なるほど、触媒(ア―カイブ)の力は侮れませんね。なら、これならばどうでしょうか?」
美鈴が日向達に向かって両手を突き出し、魔法の詠唱を開始する。
「我求むるは闇を葬る慈愛の光 光在る所に闇は在らず 全てを照らせ」
美鈴の詠唱終了とともに、日向達の上空に半径十メートルほどにもなるであろう巨大な魔法陣が表れる。そして、
「滅せよ。滅闇閃光陣!」
日向達に向かって魔法陣から真下に強力な光が降り注ぐ。
殺傷能力こそないが、その光は確実に日向の偽物を蝕んでいく。
「くっ、ディ、無力化!」
日向も負けじと魔法の無力化を図ろうとするも、やはり強い光に照らされた影は次第にその形を失っていく。
そして数秒の閃光の後、最後に残ったのは本物の日向だけであった。
日向は息を切らせながら、その場に片膝をつく。
「はあっ、はあっ、対闇属性特化魔法・・・強力・・・」
美鈴の魔法の光を浴びて影響を受けたのは影だけではなく、日向本人にも確実にダメージは通っていた。
「そんな魔法、美鈴は学院にいるときは使わなかった・・・」
「試合前に言いましたよね?俗世に降りて何もしていないと思ったら大間違い、と」
日向は、ゆっくりと立ち上がり、先ほど自分の魔法を消滅させてくれた美鈴を見据える。
(迂闊。美鈴を侮っていた)
美鈴はあの頃より確実に強くなっている。
俗世に降りてからもきちんと魔法の訓練は欠かさなかったのだろう。
「美鈴、試合前の発言、撤回する。あなたは確かに強くなっていた」
でも、自分の魔法を磨いてきたのは私も同じ。だから・・・全力で。
「開け。魔界門」




