第三十二話:出発の朝
朝の通勤ラッシュでごった返す地下鉄を乗り切り約20分、渋谷駅から歩いて数分。
大勢のサラリーマンからの洗礼を受けた敬司の顔には、早くも(精神的に)疲れが出始めていた。
それでもなんとか如月ビルにたどり着くと、見慣れた人影を確認できた。
玄関前に立っている金髪美少女は、ビルに近づく俺の姿を見つけると笑顔で手を振ってきた。
ちなみに今の美玲はもちろん私服だ。
空色の薄手のカーディガンに白い花のネックレス、白を基調に青い花の柄が載った膝丈のスカートだ。
シンプルながら美玲の雰囲気によく似合うデザイン。まさに『お嬢様』って感じだ。
「おはよう美玲。集合場所はここでいいんだよな?」
「おはようございます。ここで大丈夫ですよ。もうそろそろ出発の準備が整うそうです」
「今日は何で行くんだ?リムジンか?それとも飛行機?」
「いえ、どちらでもありませんよ?」
「え?じゃあヘリコプターか?」
と、疑問を美玲に投げかけていると、
「あら、ようやく着いたのねケイジ」
ビルの中からアリスが出てきた。
こちらも制服ではなかったものの、アリスは魔道士協会編入試験の時と同じ赤と黒のドレスを着ていた。
「ああ、おはようアリス。二人とも早いんだな」
「私たちが早いのではなく貴方が遅かったのよ。全く、女の子二人待たせるなんてどういう了見かしら」
「いや、まだ集合時間の30分前だぞ?」
敬司としても二人を待たせないよう早く着いたつもりだったのだ。
「何を言ってるのかしら?男なら三時間前行動でしょう?」
「俺に電車の始発で来いと…」
「それくらいの意気込みは見せなさいって話よ。まあ三時間前行動はさすがに冗談だけれど」
アリスはそう言うとビル入口の階段から降りて敬司と美玲の元へやって来る。
「まだ出発時間よりも早いけれど、ケイジとミレイと私の三人が揃っているし、出発の準備も整ってるからもう行きましょう?」
「そうですね、ここで喋っていても時間の無駄ですから」
二人はそう言うと如月ビルに入って行く。
「え、ちょっと待って?出発するんだろ?なんでビルに戻るんだよ」
「それはもちろん、出発するためよ」
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「おお、神田君。よく来てくれた」
「三人とも、準備はできておるぞ?」
美玲とアリスに連れられ如月ビル最上階の社長室に入ると、出迎えたのは樹と守織だった。
「守織さん、どうしてここに?」
樹がいることは分かっていたが、守織の事は予想外だった。
「私も合宿に参加するのじゃよ。まあ、参加というか見守るだけじゃがの」
「参加って…協会本部の方は大丈夫なんですか?」
「心配するな、もし何かあった時の手は既に打ってある。ちっちゃいからって舐めるでないぞ?」
「いえ、舐めてるつもりは無いですが…わかりました。それなら安心なんですけど、その…」
「ん?何じゃ?」
「えと…その服は?」
「ああ、その事か」
前に協会本部で守織にあった時は着物を着ていたのだが、目の前にいる守織はピンクと黄色のレイヤーワンピースを着て麦わら帽子を被り、サンダルを履いているという格好だ。
見た目だけで言えばどっからどう見たって金髪の女の子にしか見えない。
「着物で外に出るとこの季節ではとにかく暑くての。薄着で外に出ようにも、私の体に会う服は子供服ぐらいしか市販で売ってないのじゃ。故にこの格好じゃ」
守織は両手を広げてその場でクルンと一回転する。
「どうじゃ?可愛いじゃろ」
「まぁ、可愛いのは認めますけど…」
(あんた、中身おばさんだろ…)
「む?お主、何か失礼な事を考えなかったか?」
守織の瞳がキランと光る。
「いやいや!考えてないですって!」
「本当か?まあ良い、今は合宿の事じゃ。それでは出発するとしよう」
「ちょっと待ってください!出発ってここからですか?」
「何じゃ、お主は聞いておらなんだか?移動はこいつで行う」
守織はそう言うと銀色に光るキューブを差し出した。
「これってもしかして、転移結晶?」
色こそ違ったものの、如月ビルの地下にあるドームに転移した時のものと同じような作りをした立方体だ。
「その通り。じゃが、この転移結晶は合宿の開催場所へのものでは無い。これはカストレア魔法学園に繋がっておる」
「魔法学園?もしかして学園を経由して会場へ行くと言う事ですか?」
「まあそれもあるが、主催者である学園長に挨拶する理由も兼ねてじゃ。それからカストレア魔法学園にある転移結晶で、他の参加者と一緒に会場へと向かう」
守織は社長室の真ん中に移動し、転移結晶を起動する。
「転移結晶、解除」
その呼びかけに応じるようにキューブが光り輝き始める。
「それでは皆、荷物をまとめて私の周りに集まるのじゃ」
敬司、美玲、アリスの三人は守織の周りに移動する。
しかし、樹だけ離れた場所にいて集まる気配はなかった。
「樹さん、行かないんですか?」
「私は会社の業務があるからな、合宿には参加しない。楽しんでいってくれ」
「わかりました、いってきます!」
「お父様、いってまいります」
「いってきますわ」
「それでは転移開始じゃ。『瞬間移動』!」
敬司達の姿は光に包まれ、一瞬にして部屋から消え去った。
・・・・
・・・
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「…ん?ま、眩しい…」
どうやら転移は成功したらしく、敬司はさっきの部屋から屋外に移動していた。
薄暗い社長室に目が慣れていた敬司は、いきなり日光に晒されたため目が眩む。
目を隠していた手を退け、目の前の風景を見ると、
「おお、すげえ…」
まず一番最初に目を引いたのは、まるでイギリスのバッキンガム宮殿を思わせるような西洋風の巨大な建物だ。
そして端が見えなくなるほどに広がった柵が建物全体を覆っている。
敬司が立っていたのは豪華な装飾が施された門の前だったので、おそらく正門と思われる。
門から建物までは噴水などが設置された公園のような広場があった。
門の外からの景色のため、詳しい内装は分からないが、いままでアニメや漫画などで度々目にしてきた『魔法学園』のイメージをそのまま形にしたようだった。
「これは、間違いなく魔法学園だな。雰囲気がそう物語っている。なあ美玲、これどうやって入ったら…」
そう言って後ろを向くと、そこには美玲の姿はなかった。美玲だけでは無い。アリスも、守織もそこにはいなかった。
「え?ちょっと待て、皆どこ行った?俺迷子?」
慌てて周りを見渡してみたものの、三人の姿は確認できなかった。
「みんな同時に転移したはずだよな…」
転移結晶で転移した時は、確かに美玲とアリスと守織は一緒だったはずだ。
敬司が正門に近づいて見ると、そこには『カストレア魔法学園』と確かに書いてあった。
「正門に名前が書いてあると言うことは、目的地にはついているみたいだ。迷子なのは俺以外の三人ってことか?」
敬司が今の自分の状況を必死で把握しようとしていたその時、
『ガチャン!』
「うぉあ!」
目の前にある巨大な正門から、まるで鍵が外れるような音が響き、正門の両扉がゆっくりと開き始めた。
しばらく待っていると門は完全に開き、その後は何も起こる気配はなかった。
「何だこれ、入れってことか?」
まるで中に誘っているような雰囲気に、敬司は戸惑ったが、
「まあとにかくここが目的地なんだ。入ってみたら何か分かるかもしれない」
そうして敬司はキャリーバッグを引きずりながら、恐る恐る学園に入っていくのだった。




