第二話 商品の発注
あれ?週一ペースのはずが……
ま、いっか――
な、なんかソフィーが変な方向性に……
精霊ってみんなこんな感じなのか……?
皆さん、おそよーございます……。
現在昼の二時でございます。
ええ、たった今起きたところでございます。
ハ?夜何をしていたのかって?
いや寝てましたよ。で、起きたら今の時間だったというわけでございます。ガッツリ十四時間!……ま~寝過ぎとも言うけど、人生初仕事で、その仕事先が異世界で、しかも飛んでって魔法なんかぶっ放す精霊っ子なんかいたりして……そりゃ疲れもしますわ……。
しかし、こんな時間に起きると外は眩しいですな〜……。
と、ベッドから降り立とうとした時……ユラリと世界が一瞬揺れた。喉はカラカラ、腹は減ってるし……そこから連想できるものは――
「脱水か〜……」
とりあえず壁伝いに冷蔵庫まで行き、中からよく冷えた南アルプスなミネラルウォーター五〇〇ミリリットルのペットボトルを一気に飲み干し、しばしそのまま……。
冷たい水で脱水から開放された俺の目はようやく覚めた。キッチンにある時計を見る。午後二時一四分。時間が経つの早え~な……。
今日の講義はすべてアウト。ま~まだ単位自体はあるからいいだろうけど……今度雅樹のやつにノート借りよう。せめて試験では『可』を取らないとな。
時間も押してるしってんで、朝風呂ならぬ昼風呂なシャワーを浴びて頭をスッキリさせる。最近運動なんてしてないからお腹周りがそろそろはヤバそうだ。
もし、異世界の仕事で落ちなければコミットしに行くか。鏡の前で結果にコミットしたフリーアナウンサーなポーズを取ってみる……が、自分の情けない体に気落ちしてしまったので終了。
着替えて準備をして遅めのブランチをパンと缶コーヒーで済ませて、時計を見ると午後三時一〇分。余裕で間に合うことは間に合うが、何より昨日の件があるので、早めに行って気持ちを落ち着かせなきゃな。ドアくぐったら異世界でしたって、どんな罰ゲームなんやねん。しかも、そこでアルバイトしなきゃならんって……。ま~クレアさん美人さんだし、精霊もいるし、リアル猫耳もいるし。その手が大好きな人なら大いにオススメできる世界であることは間違いはない。ただ、日本みたく安全なところとは言えないが……。
実際、昨日ソフィーが言ってた「戦争」という言葉。日本ではタブー視されてるっぽいが、恐らくエーリシアみたいなところの考え方が本来の自衛の考え方なのではないかと思う。――けど、今の日本でそんなことを言おうもんなら変人扱いされるか、精神病院につっこまれるかするかもしれない。それくらいタブー視されていると思う。国会中継を見てても、明らかに「それおかしいだろ」というような野党側の論調がマスコミではこれが正しい認識みたいに報じられる場面が多々あるのも事実だしな――。
ま、俺一人があれこれ言ったところでこの国が変わるとも思えないからな……。
俺は一度フゥッと息を吐いて、戸締まり、ガスの元栓、電気の消し忘れ、余計なコンセントの抜き忘れのチェックを一通り確認して、家を出る。いや、これしないと安心できないんだよ。小さい頃から「戸締まり確認して」とかってずっと言われてたし、最近は変なボヤ騒ぎも多いからな。あと、コンセントの待機電力も馬鹿にならない。これも親の躾に感謝かな。おかげで夏や冬でも電気代が一万円を超えることはない、というか一番高くて七千円ちょっとだったから、エコ生活はしてると思う。
玄関に鍵をかけていると、一〇一号室の奥さんに声をかけられた。珍しい時間に出かけるから少し驚いたそうな。まぁ俺自身十四時間もよう寝てたわと驚いているのだけどな……。
奥さんと他愛のない話をして、先を急ぐ。それにアルバイトはしているがすぐそこのコンビニでなんて言えない。そもそもこんな時間にアルバイトなんてコンビニかそういうスーパー系くらいのものではないだろうか。ならば、下手にアルバイトなんて言ってしまって嘘つき呼ばわりされるのも嫌だしな。アルバイト先はすぐそこのコンビニなんだけど、実は異世界なんですって言ったところで、「お前頭大丈夫か?」なんて言われそうだしな。
俺も一応コンビニでアルバイトしてるんだし、異世界だろうがなんだろうがコンビニらしい仕事したいよな〜……。無理な相談かなぁ――。
そんなこんなで五分かからずに着くコンビニ。
――裏に回って右側のドアを解錠し扉をくぐると、そこは異世界だった――
川端康成風に書くとこんな感じだろうか――。
しっかし、ここでだけ日本と異世界とつながってんだよな。考えれば考えるだけ不思議な扉だ。
今度聞いてみるか――。いや、聞いたところで「お前を帰すわけにはイカン」とか言われるのも嫌だしな……。
『なにブツブツ一人で言ってんの、ショウタ?』
「へ?」
あたりを見渡すと、俺の肩口から手のひらサイズの緑の光が飛んできた。
「うわっ!」
俺はびっくりして尻餅をつく。よく見ると尻餅をついた俺を空中に浮かびながら腰に手を当て、ぷ~っとふくれっ面で俺を見下ろしてくるソフィーだった。
あ、紹介しよう。この緑の光に包まれて空中に浮かんでるちっこいのが、クレアさんの風の精霊ソフィーだ。
昨日はあんなに可愛かったのに……。
『ワタシは今日も可愛いわよ!』
と、ソフィーは俺に軽く風を当ててクレアさんのところへ飛んでいく。
――つか、勝手に人の心読むなよな……。
で、カウンターでレジ打ちしてるエルフの超美人がクレア・ウェインさん、御年六八歳!
「ショウタ、出勤したなら早く準備して手伝ってよ!」
意外にツンデレな人だ……。
「誰がツンデレだ!」
ゴンッ!
い、痛いです……。
「オイオイ、この『木彫りの熊』投げたの誰だ!ジャポネでしか手に入らない逸品だぞ?……おいショウタ、お前さんこんなところで寝てたら風邪引くぞ?」
……このズレた髭のおっさんがクレアさんの親父さんでグレイグ・ウェイン――つか、投げつけられたのって『木彫りの熊』だったのかよ……よく無事だったな、俺……。
「それくらいじゃ死にゃしないわよ!ホラ、お客さん待ってんだから早くする!雷撃ほしいの!?」
「はい、今すぐ!」
俺は急いで事務所の奥にある更衣室へ走る。たぶん、ウ○イン・○ルト真っ青な速さだったに違いない……そーゆーことにしといて――
にしても理不尽だ……。
こうやって俺はこの店でのヒエラルキーで最下層に追いやられていくんだ……。
バイトってそんなもんさ……。
ひゅ〜〜……
☆☆☆ ☆☆☆
更衣室の中――
ロッカーと呼ぶには程遠い棚の蓋を開け、中に置いたカバンから制服を取り出して袖を通す。一応昨夜簡単にのり効かせたアイロンをかけてきたので、折り目はバッチリだ!やっぱりピシッとしてると気持ちがいい。
さて、今日も頑張りますか!
棚の蓋を閉めて手をかざす。一瞬赤く光ったら施錠完了!
なんでも知り合いの魔道具師が作ってくれたものなのだそうだ。現代日本でいうところの静脈セキュリティとかになるのだろうか。まぁそれはいいや。早く行かないと、ホントにクレアさんに雷撃食らわされかねない。
更衣室を出て、事務所を抜けて店内に戻る。
因みに更衣室はひとつ。男も女もない、たった一つの更衣室なので、女性が入ってる時は気を付けるようになんて言われたけど、まぁ、入るときはノックするようにしよう。ノックの意味が通じればいいのだけど……。なんせここは異世界だからな――。
「あら、意外に早かったわね」
クレアさんが面白なさそうに言う。
そんなに雷撃撃ちたかったのかよ……。
「ん?やたらと折り目がハッキリしてるわね……」
クレアさんが俺の制服の折り目に気づいて近寄ってくる。クレアさんの甘い臭い……じゃなくて「いい匂い」が……。鼻の下が伸びてくるのが自分でもわかる。それをソフィーに見られて蹴りを食らう。
痛ぇ~な〜……
『フーンだ!ショウタのバカ!鼻の下伸ばしちゃってさ!、昨日はワタシの裸見て鼻血吹いたくせに!スケべ!ヘンタイ!オタンコナス!』
ソフィーはクレアさんがまだソフィーの声が聞けないからと、これ幸いにアレコレ言ってくる。
こ、こいつ……いつかやっちゃる!
俺が拳握り締めると、
「ん?なんかやる気満々ね。じゃあ、ギルドまで行ってきてもらおうかしら」
何も知らないクレアさんが、これまた意外そうな表情で言う。
「ハ?ギルド……ですか?」
俺の頭の上に「?」が付く――あ!そういやココって異世界だっけか!
「あ、そっか……ショウタはまだわかんないわよね……」
クレアさんが、あっちゃ〜な表情で「どうしよっかな〜……」と唸っている。
それにしても冒険者に憧れてるクレアさんらしからぬお言葉ですな。『ギルド』に他人をやるなんて……。しゃーない、ここは俺が引き受けようではないか!
「俺行ってきますよ。昨日グレイグのおっさんから地図もらいましたんで……」
「あ、そう行ってくれる?」
「はい、行きます!」
クレアさんがニッコリ笑顔になる。クレアさんの笑顔、爆弾級にいいですな〜――
「いや~、助かるわ〜」
「そうですか?興味あったんですよ……」
「冒険者ギルド!」「じゃ、商業ギルドよろしくね!」
「ハ?」と俺……
「ン?」とクレアさん……
な、なんか「商業ギルド」って聞こえたんですが……?
「いや、だから、商業ギルド。私苦手なんだよねあそこ」
え~!ゴツいお兄さんたちがオウオウ言ってるところじゃないんですか〜?……
ガックリうなだれる俺。
「ん?」な表情するクレアさん。
聞き間違いではなかったのか……。
どうやら俺たち二人の呼吸は合っていないようだ……。
けど、ま~しょうがない。「行く」といった手前、「ヤッパリ行かない」なんて言った日にゃ、たぶん雷撃どころでは済まないだろうからな……。
いいさ!商業ギルドだってファンタジーなところではないか――トホホ……
クレアさんの影でクスクス笑ってるソフィー……いつかやっちゃる!
商業ギルドへの用事が何かと聞けば、「発注」という。
…………
現代日本人はダメですな。思わず「そんなの電話かネットで済むんじゃね?」と言ってしまいそうになった。
ここは異世界、ファンタジーな世界――
そう自分に言い聞かせて、詳細を聞くことにする。違うもの発注しようもんなら、たぶん俺の命はない……。
「じゃあ、発注するもの言うわよ?」
メモ用紙とボールペンを準備する俺。ソフィーが物珍しそうにボールペンを眺めて来るので、途中で邪魔されるなら最初からおもちゃを渡しておけばいい……と、筆入れに入れているもう一本のノック式三色ボールペンをソフィーの目の前に置いてやる。
『うわぁ〜すごい綺麗!アハ!ワタシの顔が映ってる!』
ソフィーは渡したボールペンがお気に入りになったようだ。あっかんべーな顔したり、笑った顔したり、怒った顔したり、横向いたり、髪をアップにしたり……そんないちいち映る自分の顔とにらめっこしながらキャッキャはしゃいでいる。邪魔はされなくなったが、笑い声や独り言が余計にうるさくなった気がする。ちょっと失敗したか……?
クレアさんも三色ボールペンではしゃぐソフィーに笑顔を見せる。
笑顔なクレアさんはいつまでも見ていたいのだが、今は仕事中だ――
メモを取る用意をして「お願いします」と、クレアさんに詳細を催促する。
「じゃあ、まずは……」
クレアさんがリストアップする発注物をメモに書き取っていく。
今回発注するものは……
・ロブスを六〇匹
・カリーネを一二五頭
・赤サンズを二五八匹
・ガズーラを六五〇頭
・ハイポーションを二〇〇〇本
・赤ロッカーを三〇〇〇個
・緑ロッカーを二五〇〇個
・鋼の甲冑を二〇〇個
以上。
ロブス、赤サンズは魚介類らしく、店で出しているホットスナックの中でも売れ筋商品になるらしい。昨日のお礼に後で食べさせてくれるって!
カリーネは地球でいう羊みたいなもので、カズーラは鹿のようなものらしい。どちらもかなり美味らしい。今度食べてみよう。
赤ロッカーと緑ロッカーは鍵。最近は、この世界も物騒になってきたそうで、鍵は欠かせないのだとか……ん?もしかして、現代よりも治安いい……のか?――いやいやそれはないだろう……。さすがに昨日のを見ていて治安がいいとは到底思えないからな。
最後の甲冑は、昨日運んでた奴の上のモデルらしい。総重量は昨日のやつよりも重いそうだ……。この世界の奴らはどんな体してるんだよ……。あ、目の前にも自称冒険者いたっけ……。
と、目の前の自称冒険者の超美人さんを見る。
「ん?なんかついてる?」
と、顔をペタペタ触るクレアさん。天然キャラ入ってるよな。まぁあのおっさんの娘だしな、入ってて当然か……。と、かなり失礼なことを思ったりする。
「あ、いえ……この甲冑、どんな人が着るんだろうかと……」
「あ、あー!」
と、ぽんと手を叩くクレアさん……そして、ジィーッとクレアさんを見る俺。しばらくして自分を指差すクレアさん……。
「え?私?……私はこんなの着ないわよ?こんな重たいもの着たら筋肉隆々になっちゃうじゃない!」
と、顔の前で「ナイナイ」と右手を振るクレアさん。
「ですよね〜……あーびっくりした!」
少しオーバーに驚いてみせると、クレアさんも一緒になって笑う。
しばらくして……
クレアさんがガタッと立ち上がって俺を見る。何故かその表情は笑って入るものの目は座っている。何か良くないことが起きそうな気がして、俺は後ろに逃げようとするけど椅子の背もたれが邪魔して逃げられない。
「私が筋肉隆々だって言うの!?やっぱりショウタは雷撃がほしいようね!」
「ハ?なぜ!?……」
「問答無用!」
ビリビリビリ……!
「んぎゃぁぁぁあああ!」
り、理不尽だぁ〜!
☆☆☆ ☆☆☆
今、俺は商業ギルドに向かって移動中。何かあった時用に護衛としてソフィーが俺の肩に乗っかっている
「ひどい目にあった……」
『ある意味自業自得なんじゃない?』
サラッと突っ込むソフィーにガックリ肩が落ちる俺。
『もう!いきなり肩落とさないでよ!落ちそうになっちゃったじゃない!』
なんて理不尽なこというソフィー。
「いや、飛びゃいいじゃん。羽根付いてるんだろ?」
『だって、疲れるじゃない』
『フン!』とそっぽを向くソフィー。なんか間違ってる気がするのは俺だけだろうか……?
しばらく行くと、橋が見えてきた。
地図を確認すると、あの橋を渡った先の左側に冒険者ギルドがあり、冒険者ギルドを過ぎた先のT字路を右に曲がったところに商業ギルドがあるようだ。
橋が近づくにつれて、冒険者らしい鎧を纏い、腰に剣を差している無骨な男達が多数いる。その中に先の細い、この人が冒険者?というような中性的な人がいた。体から見るに男かな〜とわかる程度に中性的だ。しかし、女だと言われれば信じてしまうだろう、と思う。
橋を渡り終えて冒険者ギルドの前を通り過ぎようとした時、
「やあ、ショウタ君じゃないか!」
と、突然声をかけられた。
声の方を向くと、昨日店に来たランディさんだった。
「どうも、ランディさん」
ランディさんは俺の肩にいるソフィーに気がついた。
「おや?クレアの精霊ちゃんじゃないか」
と、ソフィーに手を挙げて挨拶をする。ソフィーもランディさんの手を叩くようにして挨拶を返す。
「ま、僕も精霊の声は聞こえないからわかんないんだけど……ショウタ君は聞こえるんだったね」
「ええ。なんの因果かわかりませんけど……けどソフィーのおかけで昨日は助かりましたから」
「ソフィー?」
ランディさんが目をぱちくりさせるので、クレアさんがソフィーと名付けたんだと説明した。
「へぇー!やっと名前つけたんだ!ソフィーちゃんか〜やっぱりそうつけたんだね……」
意味深なランディさんの言葉に俺は首を傾げた。すると、ソフィーが、ソフィーという名前はクレアさんのひいお祖母さんのソフィアという人の愛称なんだと教えてくれた。しかも、そのソフィアさんはソフィーの母親にも当たるシルフという風の大精霊を自分の水の精霊とは別に契約していたのだという。普通は自分の精霊と契約するだけで魔力はいっぱいいっぱいになるらしい。それを普通の精霊の何十倍という魔力を必要とする大精霊と契約したのだから、ソフィアさんの魔力は半端なかったらしい。それに、当時エルフ族も裏で仕切っていた人でもあるらしい。それだけでもすごいのに、その人の愛称をつけてもらえるなんて。
だから、昨日あんなにはしゃいでたのかか……なるほどな――。
そうそう、昨日の一件で捉えられた魔術師の、アジトを調べたところ、総勢二六人の誘拐された婦女子が開放されたらしい。中にはひどく精神的にダメージを負った人もいたらしく、念のため全員王立病院に搬送され、治療を受けているらしい。人数が人数なので、冒険者ギルドに所属する回復系魔法、精霊魔術が使える名のある魔術師が駆り出されているらしい。
「ホントにクレアも君達も怪我がなくてよかったよ」
ランディさんは、そう言って俺の肩を軽く叩いてくる。で、解決した立役者でもあるソフィーはというと……
『あんなのワタシの力をほんのチョット出しただけなんだけなんだから!』
と自慢げに『ふん!』と胸を張る。
それにしちゃ……
「俺に何度も『ご飯頂戴』ってデコチューしてきたような……」
『デコチューゆーなー!』
ピシャーッ!
「んぎゃぁぁぁあああ!」
雷に打たれたような衝撃が――いや、今まで雷に打たれたことないけどさ――。
「な、なにするんだ、ソフィー!?」
『ショウタがデコチューなんていうからでしょ!』
ソフィーが顔を真っ赤にしてプーっと膨れている。
「デコチューなんて言ってねーよ!」
『また言った!』
「ショウタくん……口に出てたよ……」
とはランディさん。
『ほらァ!この人も言ってるじゃない!』
「え?俺言ってた?」
自分を指差して二人に尋ねると、二人とも「『うん』」と大きく頷く。
やべぇ。自分で気付いてなかった……。
「けどさ、ご飯頂戴ってデコにチューしたのは本当だろ?」
なんか理不尽だと思った俺は、敢えてソフィーに聞いてみる。他の方法あるんならそれに変えればいいだけなんだから――しかし――
『し、しょうがないでしよ!あの方法が一番なんだから!』
と、更に顔赤くしてぷくっと膨れるソフィー。
ランディさんはソフィーが何を言ってるかわからないのでポカンとしている。
「マジかよ……ならしょうがねえのか……」
『いいじゃん!こんな可愛い精霊にキスされんだから』と前かがみのポーズを取るソフィー。
「キスゆーな!デコだデコ!」と額を指差す俺。
『おデコでもキスには変わりないでしょー!』と、ムッとするソフィー。
「キスっていうと、口づけなんだよ!」
『うっわー!スケべ!ヘンタイ!』
「なんでだ……」
ザッパーン!
空から水が落ちてきた――いや、雨じゃなく、水が……。俺もソフィーもずぶ濡れ……。
「二人とも、仲良いのはわかったから落ち着いて!」
と、ランディさんか右手を挙げて人差し指で空を指して言う。
「『ハイ……スミマセン……』」
俺とソフィーはランディさんに謝った。
どうやら、あの水はランディさんが魔法で出したもののようだった。
その後、ソフィーに魔法で全身と服を乾かしてもらって、ランディさんと別れると、俺達は商業ギルドへ向かった。
乾かす魔法を使うときにもう一度デコチューされたのは言うまでもない。あ、あんな大勢の人に注目された中で――やっぱり罰ゲームなんでしょうか……?
冒険者ギルトの先の突き当たり、右手に大きな立派な建物を右に曲がる俺とソフィー。
「ひゃー、こりゃまたデカイ建物だな」
四階建ての建物で、外壁は白を基調としたもので、各階の窓枠あたりの高さに青いラインが入っている。日本の建物と比べるとやはり中世感は漂っているが、遠目で見る分にはモルタル加工のようにも見える、そんな作りの壁だ
俺がこのでかい建物を眺めていると、『ここは、王都警備隊の本部だよ』とソフィーが教えてくれた。建物の二階の左から三番目の窓から昨日駆けつけてきた警備隊隊長のスコットさんが顔を出してきた。そして、下にいる俺たちを見つけると、笑顔で手を降ってきた。思わず振り返してしまう俺とソフィー。その後スコットさんは窓の中に消えた。スコットさんが中に消えた窓をしばし見て、目をぱちくりさせて顔を見合わせる俺とソフィー。
タッタッタッと軽快な足音が聞こえたと思ったら、一階の入り口からスコットさんが出てきた。
「やあ、君たち!」
爽やかに軽く右手を上げて駆け寄ってくるスコットさん。今日は鎧とか纏っていないようで、麻作りのようなTシャツっぽいものに綿パンみたいなものを履いている。靴はこれまた軽そうな、日本だとコン○ースのスリップオンっぽいもの。いや、実にラフだ――こうしてみると細マッチョっぽいし、爽やかイケメンだし、日本人で例えるなら、ワットな二人組のハーフではない方に雰囲気は似てるだろうか。
「昨日はどうも……」
現場荒らした張本人たちでもあるので、一応頭を下げる――しかし、
「頭を上げてくれないか。こっちが恐縮してしまうから」
なんとも爽やかな声で制止してくるスコットさん。こんな爽やかで隊長っすか……モテるんだろうな〜。俺なんてちょっと裕福な家庭に生まれましたってだけだもんな――ちょい嫉妬。
「昨日は助かったよ。君たちのおかげで王都魔術師団の汚職を暴くことができたんだから。だから、お礼したいんだけど、もう一人のクレアさんだっけ……。彼女も一緒に明日の日中とか時間取れるかい?」
ハ?
俺とソフィーは再び顔を見合わせる。
さっきスコットさんが顔を出してた窓から隊員らしき人がスコットさんを呼んでる。
お礼の件はクレアさんに聞いてみることを告げると、スコットさんは「頼んだよ」と軽く手を上げると、そこから三階の窓までジャンプした。スコットさんは忍者か何かですか……?
スコットさんと別れた俺達は、警備隊本部の隣にある商業ギルドへ向かった。これまた呆れるくらいの立派な中世風の建物で、なんと五階建てだ。外壁は薄い水色を基調としていて、入り口の門構えには
「ラースィートオウコク
オウトエーリシア ショウギョウギルド」
とバカでかい金の板に掘られている。
さすがにこれは引くわ……。ここだけでもクレアさんが苦手だというのがわかる。やっぱりあれか?成金が集まっているのか?それとも金の亡者の集まりなのだろうか――。
『と、とりあえず入ろうよショウタ……』
そう言ってくるソフィーもこのドデカイ門構えの圧力に当てられているようだ。
「お、おう……」
まぁ俺自身、当てられまくりで対応に困っているのだけどな――。
中に入ると、これまたバカでかいロビーが広がっていて、ロビーの奥にはエレベーターのようなものが二基あり、右手はカフェテリア風になっていて、左手は大きなカウンターの受付になっているようだ。そして、床には赤い絨毯が隙間なく敷き詰められている。そういや、ホテルとかも赤い絨毯なところあるよな。なんか意味あるのだろうか?……わからん……ま、いっか――。
とりあえず、受付であろうカウンターに向かう。日本ならスーツでないと格好つかない場所だな――。今日の俺の成りはというと、制服の上着にジーンズ。制服に乗り聞かせて折り目バッチリにしてあるところが救いだろうか……。
そういや、さっきランディさんの魔法でずぶ濡れになってソフィーの魔法で乾かしてもらったのに、のりは取れてないんだよな。不思議だ……。それはまぁいいか。ある意味ラッキーってやつだし――。
カウンターに行くと、青い髪の青い目をした銀縁のメガネっ子が出てきてニッコリ微笑んでくれた。あー萌え〜ってこんな娘の事なんだろうな〜……なんて思ってたら、ソフィーに首筋にビシッと電流を流された。
「ギエッ!」
思わず変な悲鳴を上げてしまう俺。
「ギエ……?」
と、首を傾げるメガネっ子。あーやっぱ萌えだよ、この娘――。
あーイカンイカン……。確か発注先は……
「いい?発注先はスウェードさんだからね。スペードさんって言っちゃダメよ!すぐ機嫌悪くするんだから……」
クレアさんが口を酸っぱくして言うシーンが頭に蘇る。
そしてもう一つ……
「私あの人苦手なのよ。お願いだから機嫌損ねないでね!」
と、俺を拝むクレアさんの図――。なんか笑える。
スペー……違ったスウェードさんだったな……。
「どうかなさいましたか?」
クレアさんのシーンを思い出していたためか、その場でけっこう長くボーッとしていたのだろう、メガネっ子が心配そうに俺を見ていた。
「あ、スミマセン。スペ……じゃなかったスウェードさんお願いします」
やっべぇ~、やっちまった!
ソフィーも『あ~あ……』と呆れている。
しかし、受付嬢はクスクス笑って、
「大丈夫です、内緒にしときますよ」
と、コソッと言ってきた。
カウンターには俺以外に客らしき人はおらず、カウンター内の受付嬢の綺麗どころ全員が揃いも揃ってニッコリ笑ってサムズアップしてきた。
その圧力に、俺もソフィーも釣られて小さくサムズアップして返した。
メガネっ子が、電話っぽいもので誰かと話す。しばしの後――
「ご案内いたしますので、一緒にお越しください」
メガネっ子に連れられて、エレベーター――こちらでは「自動昇降機」というらしい……まんまだな――で三階まで行き、右手突き当りの「第一取引室」へ通され、上座を勧められるままソファに座る。ソファの前のテーブルには羽筆とインクがおいてある。やっぱり羽筆かよ――。
俺が座るとメガネっ子は一旦出ていき、すぐに二つのコーヒー――ひとつは小さなカップで――を持ってきて、俺達の前におき、再度お辞儀をして出ていく。
この国はコーヒーが好きなのか?
因みにカップは白い陶器製だ。ソフィーのは、精霊用なのかものすごく小さいカップだ。うさぎのファミリーなぬいぐるみの家具セットに出てきそうな小さいカップだった。
ソフィーが、物珍しそうに俺のカップと自分のカップを交互に眺めている。そして、俺のカップに自分の顔が映ってるのを見たソフィーはまた百面相を始める。
――やっぱソフィー見てると和むな――
そうだ、一応持ってきてたペン型カメラをオンにしておくか――
百面相なソフィーを尻目にペン型カメラをオンにする。
ん?マーシーな変なことに使ってたんじゃないかって?んなもんに使うかい!つかそんなことで人生棒に振るほどバガじゃないから大丈夫!バカは認めるけど……自分で言ってて悲しい――
百面相なソフィーがペン型カメラに気付いて俺の手元に興味が移る。
『ショウタ、これ何?』
「これは動画撮影機、このスイッチを入れて、ここに緑のランプが付けばスタンバイで、このボタンを二秒くらい押して……よし、点滅しだしたな、これで指話せば'……よしランプ消えたな。これて撮影できてるはずだ」
俺はペン型カメラを制服の胸ポケットに刺す。ペンクリップの上側に小さなかめらなしくまれていて、ハイビジョン形式での動画撮影が可能になっている。もちろん静止画撮影も可能で、記憶媒体はマイクロSDカードだ。このカメラには32ギガバイトのものを入れている。そのため、だいたい四時間くらいは撮影可能だ。確か記録する解像度の変更もできたはずだが、俺にそんな小難しいことなんてできるわけないじゃないか!なので、いつもドノーマルで使っております!ふんっ!
ソフィーはとにかく好奇心が旺盛で、今はペン型カメラに夢中。カメラの前で百面相をしている。
「ソフィー、もう少し離れないと鼻の穴の中ばかりが映るぞ?」
『ふぇ?ヤ、ヤダ!!後で絶対消してよ?』
と、鼻を抑えて俺の背後に隠れるソフィー。からかい甲斐のあるやつだ。
そんなやり取りをしていると、ノックもなしにいきなり扉が開いた。
扉を開けた主は、『お勉強しかしてきませんでした』『勉強のできないバカは嫌いです』『それであーだこーだ御託を並べるくらいなら俺に跪け』なオーラをビシビシと出している、正確悪そうなインテリオヤジだった。
――このオヤジがスウェードさんかな――
『コイツ、信用ならないから気をつけて』
ソフィーが耳ともでそう囁く。俺は小さく頷いてソフィーに「わかった」と合図する。ま、ソフィーからすればかなり大きな頷きに見えるはずけど。
俺は立ち上がって、大学で教わったとおりのビジネスマナーで対応することにした。名刺はないので名刺交換な部分は割愛。
「わしがスウェードだ。発注なんぞわしの仕事ではないが、一応あそこ一体がわしの縄張りじゃからな。聞くだけは聞いてやる」
スウェードはそう鼻であしらうように言うと、下座にドカッと腰を下ろした。こういう奴なら上座よこせと来ると思ったのだが、この世界には上座下座はないのかな……いや、もしかしたら上下が逆なのかもしれない。ま~いいや……。
俺も座り、メモを取り出すと、クレアさんからの発注物を読み上げる。
しかしスウェードはそんなことお構い無しで、耳をほじりながらふむふむ頷いているだけだ。
――こいつ、ちゃんと聞いてないだろ――
俺が全ての発注物を読み上げると、スウェードが一枚の紙をピッと投げてよこしてくる。この世界での発注書はギルドで直接書いて出すものらしいので、こうやって一度読み上げてからその場で発注書、受注書を書いているらしい。
「ほら、そこにほしいものと数を書け」
ふんっ!と鼻で笑うようにしている。「どうせ書けないんだろう?」そんな感じを受ける。
けど、俺は識字率ほぼ一〇〇パーセントの現代日本人だぜ。文はカタカナ、数字はアラビア数字なこの世界の文字なんて俺にはお茶の子彩々。
「書け」というから書いて渡すと、
「ふん、文字だけはわかるようだな……」
と、スウェードが言ってくる。ハイハイ――
今度はスウェードがそこに単価と小計そして合計を書いていく。
・ロブス 単価五G、数量六〇、小計三〇G
・カリーネ 単価五〇G、数量一二五、小計六、二五〇G
・赤サンズ 単価四G、数量二五八、小計二、六〇〇G
・ガズーラ 単価三五G、数量六五〇、小計二二、七五〇G
・ハイポーション 単価五〇G、数量二〇〇〇、小計一〇、〇〇〇G
・赤ロッカー 単価一五G、数量三〇〇〇、小計四五,〇〇〇G
・緑ロッカー 単価一五G、数量二五〇〇、小計四五,〇〇〇G
・合計一三一、六三〇G
と、なるところが、
・ロブス 単価五G、数量六〇、小計三三G
・カリーネ 単価五〇G、数量一二五、小計六、五〇〇G
・赤サンズ 単価四G、数量二五八、小計二、九〇〇G
・ガズーラ 単価三五G、数量六五〇、小計二二、八五〇G
・ハイポーション 単価五〇G、数量二〇〇〇、小計一二、〇〇〇G
・赤ロッカー 単価一五G、数量三〇〇〇、小計四五,五〇〇G
・緑ロッカー 単価一五G、数量二五〇〇、小計四五,六〇〇G
・合計一三五、三八三G
と、小計ごとに微妙に水増しされ、合計で三、七五三Gも多く取られることになっている。まだこっちに来てこれがどれくらいの価値があるのかなんてわからないけど、四千に手が届きそうな額であることは結構な額であることには違いないだろうと思う。
「あの……」
俺が言いかけようとした時、
『後でいいよ。今のやり取りって後で見れるんでしょ?これいい証拠になるからこのまま放置しておこうよ』
と、ソフィーが耳元で囁く。
確かにソフィーの言うとおりだ。今やってしまうよりコイツの水増し被害にあってる人達と共闘した方がいいだろうと思い、言葉を飲み込んだ。
「なんだ?言いたいことがあるなら言え」
自分が水増し受注書を作っておいても常に上から目線なんだな……。なんか滑稽に見えてくる。
「い、いえ。何でもありません」
俺がそう答えると、「これだからバカの相手は嫌なんだ」とぶつぶつ云いながらも水増し受注書作成に勤しむスウェード。実に滑稽だ。
いまアンタがやってる行為は全部録画されてるのにな――
スウェードは書き上げた受注書をピッと投げ渡すと、「ふん!」と鼻で笑って部屋を出ていく。
『ねぇショウタ。これちゃんと映ってるんだよね?』
俺達しかいなくなったあとの部屋で、ペンカメラの前まで来て、また百面相を始めるソフィー。だからそんなに近づいたら鼻の穴が丸見えだぞ?
しかし、顔を手で外側に引っ張るようにして『ンバァ!』と変顔をするソフィー。
動画をチェックした時に何か喋ってる風のソフィーの鼻の穴がドアップで映っていて、みんなで大爆笑したのは後の話だ。
第一取引室を出て、自動昇降機で一階に降り、受付カウンターに挨拶をして商業ギルドをあとにする俺達。
商業ギルド隣の王都警備隊本部前で、スコットさんと再会。ちょうど王都南部にある歩哨所へ向かうところだというので、一緒に馬車に乗せてもらい、そのままコンビニ「カータル」へ。その時にクレアさんにスコットさんからの話を伝えたら、OKとだというので、その旨をスコットさんに伝えた。
「じゃあ、明日お昼前に迎えよこすから」
ということに相成った。
――俺、明日も大学休むんですね……――
いや、ま~諦めてたけどね?やっぱ単位とか気になるわけですよ。学生の身としては。しかも、親の遺産で学校通ってるんで尚更……。
ま、いっか。一年休学して遊んでたんだし。なるようになるさ。最悪の時は、本格的に株運用してもいいしな――
そんなこんなで今日もお仕事終了。今日は発注に行ってくれたからと、早めに終了させてもらえることになった。
今の時間ならドアくぐったら夜八時前くらいだな。駅前の家電量販店に走ったら間に合うか?一応タブレットか軽いノートPCは買っといたほうがいいだろうな。動画見せるのに必要だし、俺も欲しいと思ってたしな。
ま、これでPCの新調は後ずらしって事になるけど、ま~しゃーないか――
じゃあって事でとっとと帰ります!
更衣室に誰もいない事確認して、ぬいだ制服をカバンに突っ込み、
「おつかれさまでした!」
「あ、明日は十一時には来てね!」
と、事務所を出ようとする俺にクレアさんの言葉が飛んできた。
「了解しました!」
俺は返事して、ドアを開ける。そこは夜七時四〇分に差し掛かろうとする日本だった。駅へ向かう歩道橋を駆け上がり、駅前の『大きなカメラ屋さん』に言い間違えそうな名前の家電量販店に駆け込む。
店内はいつもの軽快なこの店独自な音楽が流れている。俺はタブレットか薄型のノートPCを購入するため、パソコンなどの情報機器を取り扱うフロアに向かう。望むのはマイクロSDカードが入れられて、機械音痴な俺でも使えてそれなりに大きな画面なタブレットか、薄くて軽い、それでいてマイクロSDカードも入れられてなるべく長く使えそうなノートPC。
エスカレーターを上がると、すぐ目の前にアウトレットなタブレットがワゴンでおいてある。実機もあったので色々と操作してみる。なかなかに使いやすそうだけど、アウトレットって何か問題でもあるのか?残り三台だったので一応確保だけはしておく。
次にノートPCを見に行く。そこでノートPCや変なタブレットよりもMSが出してるタブレットの方が何かと使いやすいかもなと、少し高くても使い易さはプライスレスだろうと、店員さんにMSのタブレットを教えてもらい、本体とカバーにもなるキーボードにおそらく必需品になるだろう太陽電池な蓄電池の全部まとめて、消費税とかその他いろいろ負けてもらって十万円きっかりで購入。その代わり店長さんは泣いてたけどな。負けた店長さんが悪い。俺は知らん。
けど、やっぱりそれなりに高いものを安く手に入れようと思ったら土砂降りで客少ない日中か、閉店ぎりぎりを狙うかどちらかだなと思う俺だった。それに、運良く在庫もあったしな。これで明日持っていく準備もできるな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、突っ込みなどなど、お待ちしております。
クレア 「ねぇ、週一ペースじゃなかったの?」
翔太 「奴にもいろいろあんだよ、たぶんな……」
ソフィー『私は今回出番多かったから構わないけど?』
翔太 「ソフィー、お前変顔ばっかだっただろ……」
ソフィー『そ、そんなことないもん!ショウタのバカ!』
クレア 「?……アンタ、ソフィーになんか変なことした?」
翔太 「なぜそうなるんですか?」
クレア 「問答無用!雷撃!」
翔太 「ぎゃぁぁあああ!」
クレア 「悪は去った……」
ソフィー『ショウタ……死んだ?』
勝手に殺すなソフィー!!