第九十八話 足跡
受け取ったコピー用紙の束にざっと目を通した達樹は『これは、凄いな』と呟き、そのコピー用紙の束を達雄先生に渡した。
俺は料亭『水鏡』で会話を録音し始めてから、携帯電話に掛かってきた美咲との会話も可能な限り録音して残してあった。
その他にも佐伯課長からもたらされた樫山専務に関する情報も、佐伯課長の言葉で語られてこそ付加価値がつくのではないかと計算が働き、佐伯課長には申し訳なく思いながらも内緒で録音させてもらっていた。
また、樫山専務が庶務課への異動の話をした時にはプロジェクトチームの定例会議の場であったため、俺はいつも通り会議の内容を記録するためにICレコーダーを作動させて録音していた。
いつもなら会議が終了した時点で録音状態を解除していたのだが、その時には意表を突く樫山専務の話に動揺し、ICレコーダーの存在が頭から飛んでしまい、その存在を思い出したのはハリス部長との話し合いを終えて自分のデスクへ戻ってからだった。
そのため、その間ずっと忠実に録音し続けていたICレコーダーには期せずして人事部の部長の話も、ハリス部長が俺に樫山専務を監査委員会へ訴え出るように諭しているくだりも余すところなく記録されていた。
そして、俺は証拠品として使える可能性のあるものは一つでも多い方がいいだろうと考え、それら全てをダビングしてCDに焼き付けていた。
「どうだ。証拠品として使えないか」
達雄先生がコピー用紙に書かれている内容を読み込んでいるのを視界の端に収めながら、俺は単刀直入に一番気になっていたことを達樹に確かめた。
「全部聞いてみないと確かなことは言えないが、まるきり使えないということはないだろう」
「達樹。尚哉君の頑張りを無駄にすることはできないぞ」
達樹と俺が話しているうちにコピー用紙に書かれていたものを読み終えたらしい達雄先生が、コピー用紙の束を座卓の上に置いて話しに加わった。
監査委員会へ訴える場合、当事者本人が訴え出ることも認められていたが、下される審判の内容に公平性が求められることから、その判断基準に社則や法令が用いられていたためこれまでの多くのケースで代理人として弁護士が訴えを起こしていた。
そのため、俺も監査委員会へ訴える準備を整えた後、既に俺の顧問弁護士としていろいろ動いてくれていた達樹に相談したところ、二つ返事で監査委員会の件も引き受けてくれていた。
「尚哉の頑張りをどう生かすか考えるためにも、何を目的として訴えるのか、そこをはっきりさせる必要がある」
「確かに、そこがはっきりしないとこれからの方針も決められないな」
達樹の話に達雄先生も同意したが、達樹は達雄先生とは違うことを考えていた。
「それはもちろんその通りだが、それ以前に簡単に済ませようと思えば、樫山専務が何らかの処罰を受けたとしても、その道連れで尚哉も困ったことになりかねない」
俺は達樹の話を聞いて、これまでの経緯から詳しい内容を知らされる前にも拘わらず、溜息が零れるのを止めることができなかった。




