第九十七話 残された会話
「これは、使えないか」
俺は、通勤鞄の中からケースに入った一枚のCDを取り出す。
それは、これまで樫山専務や美咲と交わした会話を録り溜めていたものを、ダビングしてCDに焼き付けたものだった。
「尚哉。お前、会話を録音して取って置いたのか」
CDを差し出して、それがどういうものか説明すると、達樹がまじまじと俺の顔を見て驚きの声を上げた。
以前、美咲が俺に薬を盛り強引に既成事実を作り上げた時、それを証明する証拠がなくて悔しい思いをしたことから証拠が欲しくて、それ以来ずっと俺は会話を録音し続けていた。
ただ、これを使う時が来るのかどうか分からなかったため、そのことは誰にも言っていなかった。
それを達樹に話すと達樹は黙って席を立ち、すぐにノートパソコンを持って戻って来た。
「それを貸してくれ」
元の席に戻りノートパソコンを起動させた達樹が俺に向かって伸ばしてきた右手に、俺はケースから取り出したCDを載せた。
ダビングするに当たって俺はいろいろ考えた末に、余計な手を加えて捏造された証拠だと判断されないように、オリジナルのものから一切手を加えず必要と思える部分を抜き出して複製していた。
達樹が受け取ったCDをノートパソコンにセットしてマウスを操作すると、間もなく再生されたくぐもった音が流れ出した。
それは、会話を録音し始めた料亭『水鏡』でのもので、ICレコーダーを上着のポケットに入れていたため音は鮮明とは言えなかったが、内容を理解するには十分なものだった。
料亭『水鏡』の建物の中に入り応対に出て来た仲居とのやり取りの後、移動する物音が聞こえ、樫山専務と美咲が待っていた部屋に案内される。
俺が録ったのは音だけだったため、何が行われているのか目で見て確かめることはできなかったが、耳に届く音からだけでも大体の様子は想像できた。
『詫びの言葉はないのかね』
『お詫び、ですか』
樫山専務の声に続いて俺の声が流れた。
「これは、いつのものだ」
再生された会話を聞きながら問い掛けてきた達樹に、美咲に妊娠の事実を告げられて達雄先生と達樹に相談した後、樫山専務から料亭『水鏡』に呼び出された時のものだと説明した。
『尚哉さん。お父様は、私とあなたの結婚を反対しているわけではないの……』
「他にもいろいろ入っているようだが、いつのものか分かるようなものはあるか」
美咲の声が流れ始めるとマウスを操作してCDの再生を止めた達樹に問われた俺は、録音した日付と時間や場所、それにその時の状況を記したコピー用紙を綴じたものを達樹に渡した。




