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第九十六話 促された決断

今週もよろしくお願いします。

「異動の話が立ち消えとなった今、私は訴え出ることはできない。だから、新井君が訴えなければ、この話はうやむやなまま幕引きとなってしまう。だが、新井君が訴えてくれれば、私は営業部の部長という新井君を監督する立場にある者として、監査委員会から意見を求められるはずだ。そうすれば、その時に私は今言ったことを述べるつもりだ」




 俺は、ハリス部長の気迫に呑み込まれてしまっていた。


一見すると物静かな印象を与えるたたずまいでありながら、その身の内からにじみ出てくるハリス部長の強い思いがひしひしと伝わり、俺はその思いにからめ取られていた。




「新井」


腹に響く力のこもった呼び方で佐伯課長に名前を呼ばれた俺は、正気に返り佐伯課長に顔を向けた。


「新井が迷う気持ちは、私も理解できないわけじゃない。だが、ハリス部長の話を聞いただろう。今、何をすべきか、新井なら言わなくても分かるはずだ」




正面から俺を見据え、俺の行動を促す佐伯課長の言葉からは、仲間に迷惑を掛けることを避けようとするのではなく、樫山専務に立ち向かうことで仲間を守れと言外に言われていることが分かった。


そして、俺自身にもこの機会に樫山専務や美咲の考えが変わることを待つのは止めて、間に監査委員会を挟んで敵対する立場を明確にし、樫山専務の言いなりにはならないのだと腹を括って宣言しろと、俺が決起することを勧めているのだということも感じられた。




俺は目を伏せ、この場で言うべき言葉を頭の中で確かめる。


言ってしまえば、もう後戻りはできない。


監査委員会の審判で、俺が望む結果を得られるとも限らない。


一緒に働く仲間から、非難されることもあるだろう。




それでも、俺はハリス部長と佐伯課長が後押ししてくれている今、賭けてみたいと思った。




そして、俺は自分に問い掛ける。


“逃げることは許されない、片道切符だぞ。行けるか”




俺は深呼吸して顔を上げる。背筋を伸ばして顎を引き、自分の中で出た答えを言葉にした。


「準備が整い次第、監査委員会へ訴え出ます」




 それから、五日後の夜。


俺は達樹の家の和室で、定位置となった席に達雄先生と達樹と共に座り座卓を囲んでいた。




 監査委員会へ訴え出ることを決めた俺は、その日の夜から四葉環境株式会社の監査委員会に関する資料を集めたり、これまでに監査委員会が取り扱った案件で公表されているものの中から、俺のケースと似たようなケースのものをピックアップしてプリントアウトしたりと、自分のできる範囲で準備を進めていた。


それらを整えた上で、俺は達樹に事情を話し監査委員会へ訴えたいと告げた。




「初めに言っておくが、訴えを起こすと言うのなら、第三者から見て納得できる客観的な証拠がなければ、困難な闘いとなるぞ」


俺が巻き込まれた問題とは無関係な監査委員会が事の善し悪しを判断することになるため、達樹が言うことはもっともなことだった。


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