第九話 捕縛
予定通り投稿できました。
楽しんで読んでいただければ、と思っています。
よろしくお願いします。
専務室の扉の前に立ち、腕時計に目を遣ると終業時間からまだ十分も経過していなかった。
いつもなら終業時間など気にもせず仕事をしているのだが、今日は樫山専務による事前の根回しで残業が禁止されていた。
俺は、専務室の扉の上に貼り付けられた『専務室』と書かれたプレートを見遣りながら
“俺は帰る。必ず、梨奈の下へ”
と決意を新たに、目の前の扉をノックした。
専務室の中に入ると電話で聞かされた通り、樫山専務の娘の樫山美咲がいた。
「遅刻よ」
接客のために置かれている応接セットの長椅子に一人で座っていた美咲が、俺を見て発した第一声がそれだった。
「それぐらいにしておきなさい。今日は、記念すべき日だろう」
「分かったわ。それじゃあ、行きましょうか」
執務用に備え付けられている堅牢なデスクから立ち上がり、娘の美咲の方へ歩きながら注意した樫山専務の言葉を、美咲は小さく息を吐いて受け入れると、俺に向かって手の甲が見えるように右手を差し出してきた。
その手を見た途端、俺は叩き落としたくなった。
『長くても四ヶ月だ』
耳の奥で達樹の声が木霊した。
この数ヶ月間、消えることが許されず、俺の中で燻り続けている憎悪の炎に熱が加わった感触がした。
だが、耳の奥で響いた達樹の言葉に敢えて意識を逸らし、自分の感情を無視して美咲に歩み寄り、俺は差し出された美咲の手を取って立ち上がらせた。
美咲は満足そうに微笑み、差し出した手を引かれたまま俺の前まで来ると手を離して横に並び、当然のように離した手を俺の肘に置いた。