第八十五話 独りの夜
この回からは尚哉の視点になります。
十二月三十日は、四葉環境株式会社においてはその年の最後の営業日だった。
前夜、美咲と揉めた俺は達樹の好意に甘えて達樹の家に泊まり、三十日はそこから出勤した。
翌日から一月七日まで、年末年始休暇となることが決まっていたため営業部のフロアもどこかそわそわと落ち着きがなく、早めに仕事を終えて帰って行く同僚に合わせて俺もいつもより早い時間に仕事を切り上げて社屋から出た。
タクシーを使い空港に程近いビジネスホテルに移動した俺は、マンション『イリス』へは帰らずそのままチェックインした。
部屋に落ち着いてから美咲に電話を入れる。
「今、どこにいるの。明日は、ハワイに向かわないといけないのよ。忘れたとは言わせないわよ」
待つほどもなく電話に出た美咲は、俺を咎めるように捲し立てた。
「ハワイへは、行かないと言ったはずだ」
マンション『イリス』へは帰らずビジネスホテルへチェックインしたのは、明日の早朝の便に搭乗する予定だったこともあったが、美咲と顔を合わせてハワイ行きの件で不毛な言い争いになることを避けるためでもあった。
「そんな我侭が通らないことは分かっているでしょ。いつまでも子供のように駄々を捏ねていないで、早く帰って来なさい。ハワイ行きは決定事項よ」
美咲と話す機会が増えれば増えるほど、俺には美咲との結婚は無理だと思う気持ちが積み重なっていく。
自分の思い通りに事を進めるためには俺の心情など気にも留めず、俺の意思を捻じ曲げようと腹立ちのままに責め立てる。
「私は、明日から恩師に同行してイギリスへ行く」
「何を馬鹿なことを言っているのよ。そんなことは、許されないわ」
「誰かの許しなど必要ない。自分の行動は、自分で決める」
常に俺を押さえ付け、自分の操り人形のように扱おうとする美咲との結婚は考えただけで吐き気がした。
「決定事項だと言ったはずよ。お父様だって……」
「言いたいことは、それだけだ」
電話に出た美咲の声を聞いた時から鈍い痛みを感じていた頭が、美咲と話しているうちにズキズキと痛み出し、俺はまだ言い足りなさそうだった美咲の言葉に被せるように話しは終わったと告げて電話を切った。
その後、美咲から何度も電話が掛かってきたが、俺は全て無視した。
昨夜、達樹から梨奈が俺の送ったメールの存在を知ったと教えられ、ほぼ間違いなくそれに目を通したはずの梨奈はどうしているのかと考えたら、居ても立ってもいられない思いに駆られた。
更には、『梨奈は俺を待っていない』と美咲が言い放った言葉が追い打ちを掛け、焦燥感に捉えられた俺は昨日の夜はなかなか寝付けなかった。
身体を休めて頭の痛みを和らげようとベッドに身を投げ出す。
泥のように疲れた身体は睡眠を欲していたが、頭は冴え、今夜もなかなか眠れそうになかった。
ただひたすらに、梨奈の温もりが恋しかった。




