第八十四話 対抗策
今週もよろしくお願いします。
「これはまだ、尚哉にも言っていないことなんだが、そういう場合に備えて対抗策は考えてある」
「それは……」
まだ尚哉にも伝えられていないことを私が聞いてもいいのだろうかと、迷いながらも知りたい気持ちに後押しされて話の続きを促した。
「万が一、尚哉の子供であったとしても、樫山専務の娘との結婚は尚哉には苦汁を嘗めるものとなることは目に見えている。だから、代わりに条件付で子供の認知を提案する」
「それを、美咲さんが、受け入れなかったら……」
達樹さんの言う条件がどんなものか私には予想もできなかったけれど、それを美咲さんに拒まれたら尚哉は美咲さんとの結婚を受け入れるしかないのかと恐る恐る問い返した。
「条件というのは、生まれた子供は両親が愛し合った結果できた子ではなく、母親が父親に薬を盛り、有無を言わせず一方的に事に及んだ結果できた子だと、世間に公表するというものなんだ」
「そんなこと、聞き入れるはずがないでしょ」
反応が遅れた私に代わって、真衣が反論した。
「嫌でも何でも聞き入れてもらう以外にないんだ。そうでないと、生まれた子供は父親が母親と自分を捨てて梨奈さんの下へ走ったと勘違いをして、恨みを抱き途方もない要求をしてくるかも知れない。そうでなくても、何年か先に尚哉と梨奈さんが結婚して二人の間に生まれた子供に嫉妬して、危害を加えないとも限らない」
一瞬、時が止まった。
ゆっくりと動き始めた時の流れに合わせるように思考が動き出す。でも、私には言うべき言葉を見つけられなかった。
「今言ったことは、最後の手段だと思っている。いくら母親に問題があるからと言って、その子供にまで責任を負わせることは、俺としても気が進まない。だから、子供がまだ母親の腹の中にいて、父親が誰か医学的にはっきりさせることが難しいうちに、片をつけてしまいたいと思っている。そうすれば、たとえ子供が尚哉の子であっても、関わりを断ち切ってしまえば、親子関係を証明することはできなくなるはずだ」
達樹さんの話に、真衣と私は静かに頷いた。
「尚哉に、伝えてくれませんか。帰って来るのを待っているからと……。時間が掛かっても帰る場所を忘れないようにと……」
あれから一週間が過ぎた。あの後、達樹さんに勧められて、私は尚哉に手紙を書いた。
その手紙は、真衣を経由して達樹さんから尚哉に手渡された。
手紙を見た尚哉から、尚哉のパソコンにメールが送られて来て、そこには『必ず帰るから待っていてほしい』と『問題が片付いたら結婚しよう』と綴られていた。
それでも、これ以上問題が拗れないように尚哉のパソコンを利用しても、私からは連絡しないようにと達樹さんから釘を刺されていた。
尚哉からはそれからもメールが送られて来ていたけれど、会うことも叶わず、話すことさえ儘ならない状況は尚哉の気持ちを知ってしまった今は、それまで以上に辛く感じられた。
ストレスで体調が優れなかった私は、仕事帰りにドラッグストアまで足を伸ばし常備薬として用意している胃腸薬を手にした。
会計を済ませようとして視線を巡らせた先で、小さな箱が陳列されている棚に書かれていた文字が目に入り愕然とした。
そこにあったお洒落に飾られたプレートの中には、『簡易妊娠判定薬』の文字があった。




