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第八十三話 傷つく心

“たとえ、美咲さんの赤ちゃんが尚哉の子供であっても、私のところへ戻って来てほしい……”




それが、今の私の思いだった。でも、それを言葉にすることが躊躇ためらわれ、俯いてしまった私に達樹さんが私を訪ねて来た理由を話し始めた。


「今日、俺がここに来たのは、梨奈さんと話がしたかったからなんだ。尚哉はメールにこれまでのことや自分の気持ちも全て書いたと言っていたけど、それだけでは分からないこともあるんじゃないかな。俺で応えられることなら全て応えようと思って、俺は今、ここに居るんだ」


達樹さんの言葉に顔を上げて達樹さんの目を見ると、その瞳には慈しむような優しい光がきらめいていた。




「……尚哉は……、美咲さんの、赤ちゃんが……、尚哉の、子供、だったら……、どうする、つもり、なんですか……」


達樹さんの瞳の光にいざなわれ、言葉を積み重ねるように話し出すと胸が詰まり、私の目に映る景色が少しずつ下に下がって行く。


話しているうちにサワーの入った缶を強く握り締めていた両手が完全に視界に入ると、涙がにじみそうになり私は一度きつくまぶたを閉じた。




「尚哉の身に起こった出来事を梨奈さんがどんな風に捉えているのか分からないけど、男女の立場が入れ替わったら、それはまぎれもない犯罪だ。それで、もし子供ができたとして、その子を愛情を持って受け入れられる女性は殆どいないんじゃないか」


淡々と語られる口調とは裏腹な話の内容に、思わず達樹さんに視線を向けた。




「尚哉のような状況に陥ったら、男の中には『据え膳』と思う奴もいるだろうが、そうではなく忌々(いまいま)しく思う者もいるんだ。少なくても、尚哉と俺や俺たちの父親はそうだ。他にも身近な者の中に俺たちと同じように思う人たちもいる」




 達樹さんの話に、記憶の中から尚哉のメールの一文が浮かび上がる。


そこには、美咲さんを目の前にして油断していた自分をどれ程に悔やんでも悔やみきれず、時間を巻き戻すことができるのなら樫山専務からの命令であっても、絶対に美咲さんを迎えには行かないと書かれてあった。




「そんな尚哉が、たとえ子供が自分の子だったとしても、受け入れることはできないだろう」




“でも、尚哉は、帰って来ない……”




「それでも、子供の父親として、責任を取るように、強く言われたら……」


美咲さんの赤ちゃんが尚哉の子供だとはっきりすれば、その子には尚哉を父と呼び、父親としての責任を果たすように求める権利が生まれるのではないかと、途切れ途切れに達樹さんに問い掛けた。




一言一言、言葉にして発するごとに、その言葉が刃となって私の心に傷を付ける。


心が『痛い、痛い』と悲鳴を上げていた。




「梨奈」


ダイニングテーブルを挟んで、私と向かい合うように達樹さんの隣に座っていた真衣が席を立ち、私の隣の空いていた椅子に腰掛けてサワーの缶を握り締めていた私の手を取り、左の手のひらに載せて右手でいたわるようにゆっくりと撫でてくれた。


いつの間にか冷えたサワーの缶に熱を奪われ、すっかり冷たくなっていた手に伝わる真衣の手の温もりが、私の心を包み込んでくれているように感じられた。


ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


来週もよろしくお願いします

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