第八十一話 見送り
私のお正月休みが終わる前日の一月六日に私を送って来た両親は、昨日の夜はそのまま尚哉と私の暮らす部屋に泊まり、今日のお昼前に帰って行った。
父と母への感謝の気持ちを言葉では伝えられなかった私は、心を込めて夕食を作り、今朝は早起きをして帰りの道中で食べてもらおうと思いお弁当を詰めて渡した。
車に乗り込む両親を見送っていた私を、母は何も言わず優しく抱き締めてくれた。
そして、父は爆弾発言を落とした。
「何も、今の仕事にこだわる必要はないぞ。仕事を辞めて帰って来たら、お母さんと二人で料理教室でも開けばいい」
思い掛けないことを言われた母と私は、思わず目を見合わせてしまった。
それから、母はふわりと笑い『それも楽しそうね』と言いながら車の助手席に納まり、父と母を乗せた車は立ち去った。
私は、車が見えなくなるまで見送った後、マンション『ベルフラワー』の部屋へ戻り、真衣にメールを送った。
年末に父が迎えに来た時と状況は何も変わっていなかったけれど、私の気持ちは明らかに変化していた。
尚哉を失うかもしれないという恐怖が何よりも勝り、自分の気持ちさえ分からなくなって、怯えて前にも後ろにも進めなくなっていた私だったけれど、今は気持ちが軽くなっていた。
達樹さんから尚哉のメールの存在を知らされてから、真衣は何度か電話を掛けてきてくれていた。
でも、その時の私は真衣からの電話に出ることができず、『尚哉からのメールは見ないことにした』と嘘を吐こうかとも考えた。
けれど、両親と一緒に過ごしているうちに少しずつ気持ちが落ち着いて考える時間がほしいと思うようになり、『風邪を引いて喉を痛めて声が出なくなり、父が迎えに来て実家に連れ戻された』とメールを入れた。
真衣からはすぐに私の体調を心配する返信メールが入り、その後、何度かメールのやり取りをして、マンション『ベルフラワー』に戻ったら連絡をすると約束をしたのが昨年の暮れだった。
約束通り、マンション『ベルフラワー』に戻ったことを知らせるメールを送ると、少しの間の後『今日の夕方、そっちへ行く』という返事が真衣から帰って来た。
私はそのメールを見て、急いで買出しに出掛けた。
真衣は、私が具合が良くないと送ったメールに対して、尚哉のことも尚哉からのメールのことも一言も触れなかった。
そのことが逆に、体調を崩した原因が尚哉からのメールだと分かっていながら『風邪』だと言った私のことを思い、それをそのまま受け入れたのだと伝わってきていた。
そして、『私から連絡をするまで待っていてほしい』と言った、私の言葉も受け止めて今日まで待っていてくれた。
真衣から送られて来たメールを見てそのことを改めて感じた私は、そんな真衣の気遣いを嬉しく思い、真衣の好きなものを作って夕食の用意をして待っていることにした。
すっかり準備が整った頃、訪ねてきた真衣を迎え入れようと玄関のドアを開けると、真衣の後ろに達樹さんが立っていた。




