第八十話 大きな懐
今週もよろしくお願いします。
この回からは梨奈の視点になります。
「なかなか良いところね」
「思っていたよりも、悪くはないな」
私は、マンション『ベルフラワー』の尚哉と私の部屋のキッチンで、コーヒーを入れながら聞くともなしに父と母の会話を聞いていた。
実家で母に尚哉のことを相談した後、母から話を聞いた父に問われ、私は尚哉からのメールを父にも見せた。
その後、両親が揃ったところで、尚哉と出会ったきっかけから今日に至るまでの過程について、根掘り葉掘り問い質された。
聞かれて困るようなことは何もなかったけれど、それを両親に改めて言葉にして伝えることには気持ちの上で抵抗があり、私は簡単にできるだけ簡潔に済ませようとして悉く失敗に終わった。
話し終えた後、気恥ずかしさでぐったりしていた私に、父は更なる衝撃を加えた。
「帰りも送って行って、ついでに部屋の中も見てくることにしよう」
「何を、言っているの。身体の具合はもう大丈夫だし、新幹線のチケットだってあるし、ちゃんと新幹線で帰るから。送ってくれなくても、大丈夫だから。第一、仕事があるでしょ」
父の言葉に焦ってなんとか思い止まってもらおうと言い募った私の言葉は、父の耳を素通りするだけだった。
「溜まっている有給は、こういう時にこそ使わなくてはな。若奈。お前はどうする」
「もちろん、一緒に行くわよ。自分の娘が、どんな所に住んでいるのか知らないなんて、我慢できないもの」
「同感だな」
今でもお互いを名前で呼び合うほどに仲睦まじい父と母は、息もピッタリで私の反論はなかったものとされた。
父の宣言どおり、両親に送られてマンション『ベルフラワー』に戻って来た私は、尚哉に断りもなく父と母を部屋へ招き入れることに戸惑いを感じた。
でも、尚哉も私も不真面目な気持ちで一緒に暮らしているのではないことを、分かってもらいたいと思う気持ちが沸き二人を部屋の中に通した。
部屋の中に入った父と母は私の案内など必要とせず、二人で仲良く話をしながら部屋の中を見て回っていた。
私はそんな二人を横目に、コーヒーの入ったカップを四人掛けのダイニングテーブルの上に並べて父と母に声を掛けた。
「梨奈」
黙ったまま、何も言わずコーヒーを飲んでいた父に名前を呼ばれて、父の顔を見た私を見据え父は穏やかな口調で話し始めた。
「梨奈は、もう大人だ。梨奈が真剣に考えて決めたことなら、お父さんもお母さんも反対はしない」
父の言葉を聞いて、尚哉からのメールを見ても何も言わなかった父は、全てを把握した上で判断しようとしていたことに私は漸く気が付いた。
「だが、この先、どんなことがあっても、決して自分は独りぼっちだなどと思うなよ。いつだって、どんな時だって、梨奈にはお父さんとお母さんがいるんだということを忘れるな。駄目だと思ったら、戻って来ればいい。梨奈には、ちゃんと帰る家があるんだからな」
父の言葉に目頭が熱くなり、唇が震えた。感謝の気持ちを伝えたいのに、言葉より先に涙が零れ、私はただ『うん、うん』と頷くことしかできなかった。




