第七十九話 上下動
達樹は、あの夜から俺の顧問弁護士としてかなり頑張ってくれていた。
「話しがあると、言ってなかったか」
達樹の家へ来ることを迷っていた俺に、達樹は電話越しに話があると言って家へ来るように話していたことを思い出し水を向けた。
「どれがいい。良い話と悪い話と役に立つ話がある。どれから聞きたい」
今し方まで思うように俺の力になれないと暗い表情で話していた達樹だったが、気分を換えるように軽い口調で話を振ってきた。
座っているソファに沈み込んでソファと一体化しそうなほど酷い疲れを感じていた俺は、直感的にこれ以上の悪い話は必要ないと思ったが、気持ちが上がり下がりしては余計に疲れるかもしれないと思い直し、悪いことから片付けてしまうことにした。
「悪い話でいい。手短に頼む」
達樹は、緩んだ表情を引き締めて言葉を紡ぎ始めた。
「残り三人となった子供の父親候補のうち、一人が外れた」
「ハズレ、だったのか」
美咲と親しい関係にあったとして名前が挙がった人物は、両手の指の数では足りないほどだった。
中には噂だけで実際には無関係だった者も含まれていたが、達樹は僅か一ヶ月半で父親候補と目される人物を三人に絞り込んでいた。
三人のうち一人は違ったと知らされた俺は、足踏み状態が続くことに焦燥感を覚えたが、これ以上は望むべくもないくらいに、よくしてくれている達樹には悟られないように言葉少なに返した。
「関係があったことは間違いないようだが、子供ができた時期とは合わなかった。正月休みが明けたら、次の奴に当たってみるつもりだ」
俺は『分かった』と応じてこの話は終わりにし、次は役に立つ話を聞くことにした。
「横田教授を覚えているか」
「俺たちが出た大学の横田教授か」
横田教授は、ずっと法律畑を歩んで来た人物で法律に対する造詣も深く、俺たちが司法試験を受ける際にもお世話になった恩師でもあった。
「その横田教授がイギリスで催されるニューイヤーパーティに招かれて、そこで余興として行われるパネルディスカッションのパネリストの一人として参加する予定らしいんだが、急遽決まった話で教授の助手をしてくれそうな人物に心当たりはないかと聞かれたんで、お前を売り込んでおいた。三十一日の朝に空港で待っているそうだ」
「えっ。おいっ」
「正月くらい仕事から離れてのんびりしろよ。イギリスならハワイとは懸け離れているし、ついでに観光でもしてきたらどうだ」
『ハワイ』と聞いて、マンション『イリス』の部屋で待っていた美咲の姿を思い出し、俺は了承の返事をした。
「それからな、今日、梨奈さんと会った」
溜息混じりに最後の話は何だと尋ねた俺の目を見て、達樹が梨奈の名前を口にした。
「梨奈は……。どうしていた」
梨奈の名前を聞いただけで胸の鼓動がうるさいほどに高鳴り、口にした言葉が震えていた。
「真衣を通してお前がどうしているか知りたいと言って来た。だから、予定通りメールの存在を伝えた。まだ、見たかどうかは分からないが、お前のことを心配していた」
久し振りに触れた梨奈の情報に会いたい思いが膨れ上がり、俺は組み合わせた両手をきつく握り締めた。
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