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第六十八話 葛藤

今週もよろしくお願いします。

 それまでこらえていた吐き気が実家に着くと我慢できなくなって、私はトイレへ駆け込んだ。


一頻ひとしきり嘔吐してトイレから出ると、表情を曇らせた父と母の顔が目に入り、大丈夫だからと伝えようとしたのだけれど、身体に力が入らず口が重くて上手く言えなかった。


それでもなんとか、『車に酔っただけだから』と話すと、父に抱き抱えられて私の部屋へ連れて行かれた。


 子供の頃から私専用の部屋として宛がわれていた部屋の中は、家で待っていた母の手によって整えられていて、私は倒れこむようにしてベッドへ横たわった。


実家へ戻り両親に見守られて、尚哉が帰って来なくなってからずっと張り詰めていた気持ちが緩み、私は夢を見ることもなく久し振りにぐっすり眠った。




 私の体調を心配した父と母に甘やかされ、私は寝たり起きたりの時間を過ごし、気が付くと年が明けて一月二日になっていた。


朝、目覚めると昨日までとは違って身体がスッキリし、声の調子も元に戻っていた。



 両親と一緒に朝食を摂った後、私は自分の部屋へ戻り、持って来た荷物の中から尚哉のパソコンを取り出した。


予定外に父が迎えに来ることになり、慌てて荷物をまとめていると尚哉のパソコンが目に付き、そのまま置いて行こうかと迷いながら気持ちとは裏腹に持って帰る荷物の中に押し込んでいた。




ベッドに背を預けてカーペットが敷かれている床に座り、部屋の中に置いてあった小さいテーブルを引き寄せ、その上に尚哉のパソコンを置く。


ノート型のパソコンを開き、電源ボタンを押そうとして私の中の何かがそれを引きとめた。


それは、再び嫌な思いを味わうことを避けようとする嫌悪感や、強い衝撃を受けたことに対する恐怖心といったものだった。




でも、いつまでも逃げているわけにはいかない。尚哉の帰りを待っていようと思うなら、なおのこと向き合う必要があった。


私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着け、それから、尚哉のパソコンの電源ボタンに向けて右手の人差し指を伸ばす。


あと少しで電源ボタンに触れるというところで指が止まり、そこから動かすことができなかった。




伸ばしていた指を握りこみ、左の手のひらで覆う。


そのまま、まだ電源の入っていないパソコンのモニターを見ていると、頭の中に記録されたメールの内容が投影されて浮かび上がる。


私はたまらなくなって、開いていたパソコンを閉じた。




 でも、尚哉のパソコンをそのまま放り出すことはできなかった。


ここできちんと向き合わなければ、私は居心地のいい父と母が住む実家に引きこもってしまう。そうなったら、尚哉と二度と会わないまま離れ離れになってしまう。


そんな事態になることだけは避けたかった。自分の人生が終わるその瞬間まで尚哉と一緒にいたいと本気で思っていた私は、どうしたらいいのかとぐるぐる考えていた。




しばらくそうしていると、甘い匂いが部屋の中に漂ってきて私の鼻をくすぐった。


朝食の時、元気になった私を見て、母が『お祝いにケーキでも焼こうかしら』と言っていたのを思い出し、私は尚哉のパソコンを持ってキッチンへ向かった。


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